第106話 ガリアムス・バグルスクス

 「落ち着け……マレッティ……ガリアの強さは心の強さだ。知っておろう。やつめの底力は、これから発揮される。あのばかばかしいまでの、ダールに匹敵する恐るべき力は、表層的なものでしかない。そこを見極め……まだ未熟なうちに、そこから攻めるのだ。心をつぶせ。さすればガリアもつぶれる。正面からぶつかっては、勝てんぞ」


 「わかってますう」

 マレッティが頬を膨らませる。


 「それにしても……いったい、何者なんですのお? カンナちゃんはあ。ただの人間が、ダールに匹敵するガリアを使えるなんて、聴いたことないわあ」


 「そこだ」

 デリナが身を乗り出す。

 その顔がにわかに厳しくひきしまったので、マレッティは何事かと緊張した。

 「よいか……良く聴け。あやつめ……八人目のダール」

 「まさかあ!!」

 マレッティが半笑いで言葉を遮った。


 「何をおっしゃるかと思ったら……世界に七柱ななはしらいらっしゃる竜皇神様の、それぞれ一人ずつの子孫、ダール。つまり世界で七人だけっておっしゃったのはあ、デリナ様ですう」


 デリナが、やれやれといったふうで息をついた。


 「……話の腰を折るな。ダールは、一人死するとまた一人生まれる理だが、神のなさることゆえ、生き死にが重なることもある。記録では、四人しかいなかったこともあれば、十人いたこともある。知らぬ間に八人目がいたとて、不思議ではないということよ……」


 そこでデリナはしばし、呼吸を整えた。これから放つ言葉に、躊躇しているのだとマレッティはわかった。いったい、何事だろうか。マレッティも、動悸が高鳴る。体温があがり、この冷えきった洞穴で汗が出た。


 マレッティはしばらくデリナの発言を待ったが、デリナはきびしい表情のまま、まるで時間が止まったかのごとく制止していた。いよいよ耐えられなくなって、マレッティが何か云おうとしたころ、やおらデリナが口を開いた。


 「……我はな……やつとの戦いを通じ……」


 そこでまた黙る。こんなデリナは、想像もできない。マレッティはもう我慢できなくなって、話を遮っても良いから声を出そうとして、またデリナが話し始めた。


 「よいか……あやつは、八人目のダール……か……あるいは……」


 デリナはある種の決意をこめ、間をとり、短く息を吸った。いまから発する言葉への決意だった。


 デリナが重々しく、決然と云い放った。

 「ガリアムス・バグルスクス……」

 聞き慣れない言葉だった。古代の言葉に似ていた。さすがにマレッティが反問した。

 「なん……ですか?」

 「バグルス完成体だ」

 マレッティの顔が、凍りついた。



  ∽§∽


 サランの森の、サラン湖のほとりに、古代サティ=ラウ=トウ帝国時代よりサラティスを守護するサティス神の神殿がある。この時代の人間はさほど信心深いというわけではなく、ひっそりとその古く荘厳な閑散とした神殿はあった。


 その苔むした神殿の裏に、墓地がある。市民の共同墓地や、古帝国から連合王国時代の古墓地や地下墳墓のほか、バスクたちの墓が並んでいた。セチュとモクスルは記念碑のようになっている共同墓地だが、コーヴとカルマは、個人の墓を作ることができた。遺体が残っていれば。

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