第92話 カンナ再突入

 アーリーは炎をものともせず、斬竜剣を振りかざして対抗する。この並の竜なら魚のごとく切り刻むガリアすらも、大王火竜という怪物の鱗は容易にその刃を通さない。二度、三度と斬撃を叩きつけるも、大王のぶ厚い皮膚と鱗は弾き返した。


 そこへ背後よりバグルスたちが、決死の肉弾をしかける! 


 炎に巻かれながら、アーリーへしがみつくバグルスども。大王の、城壁をも崩す張手が炸裂、バグルスごとアーリーをその爪で引き裂いた。引き裂かれたのはバグルスのみだったが、アーリーが、二度、地面をなめる。


 それを上空から見下ろしたのは、アートの攻撃から逃れてきたデリナだった。

 デリナは、アーリーの姿に驚きを隠さない。

 「……みすみす寿命を縮めるようなことを……!」

 デリナの表情が悔しさにゆがむ。

 「ばか、アーリー……アリナヴィェールチィ」


 デリナはつぶやくと、決然と顔を引き締めた。もう下は見ない。デリナを乗せた軽騎竜は旋回し、大王とアーリーの戦いの場より離れたところに下りた。そこにはデリナが乗ってきた、平均より一周りも二周りも大きな猪突竜がまだいる。輿から箱を出し、デリナはボロボロに破れたドレスを脱ぎ捨て、代わりのドレスをまとった。近くで見ると刺繍や紋様が異なるが、傍目にはまったく同じ漆黒の絹のドレスだった。乱れた黒髪を梳かし、後ろできつく結んだ。そして、必ず追ってくるであろうアートとカンナを迎え撃つため、準備を始めた。



 7

 

 カンナとアートが森を抜けると、そこからも遠目にアーリーと大王火竜の激しい戦いが見て取れた。二人とも、アーリーの変貌した姿を目の当たりにして息を飲む。


 「なんなの……アーリー……!?」

 アートは、その拳を握りしめた。

 (やったか……アーリー……その姿を曝すか……)

 「ねえ、アート、アーリーが……」


 「ダールの真の姿だ。あれを見せなくてはならないほど、状況はされている。デリナめ……総掛かりをしかけているな。あの姿は長続きはしない……アーリーが持たない」


 「アーリーの加勢をしなきゃ!」

 「だめだ、そっちより、デリナが先だ。急ごう、カンナ、デリナを倒す!!」

 「そうなんだ……!?」


 カンナは不安だった。だがいまはアートに従うしか判断できない。判断するほど竜との戦いの経験がない。


 (もどかしい……)


 二人はアーリーと大王を横目に、平原を駆け抜けた。ガリアを出していないからか、駆逐竜もいない。いや、駆逐竜が何頭もアーリーの攻撃にぶっとばされ、火達磨で宙へ舞っているのが見える。大王火竜がアーリーへ迫るも、アーリーが巧みにかわして、周囲へ群がるバグルスや駆逐竜を片っ端からつぶしていた。


 (すごい……!)

 カンナは恐ろしいまでのアーリーの戦いっぷりに震えが来た。


 「……俺も初めて見る。アーリーがあの姿になるのは、話に聴く限りだが、三十年ぶりで……バスクの組織ができる前のことだ。今のサラティスで、アーリーのあの姿を見たことがあるのは、長老を除いてほとんどいないだろう。ましてバスクは。……街の連中に、あんな姿を見せたくない。思慮の浅いバスクやセチュたちに、どう思われるか」

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