第93話 アート対デリナ

 アートが走りながら云った。

 「ど、どういうこと!?」


 「ただでさえ何を考えているか分からないうえに、人間離れした強さで、しかも半分が竜。いつまでも歳をとらずにバスクの頂点へ君臨しているアーリーは、実はあまり評判が良くない。あんな姿を見られたら何を噂されるか、知れたもんじゃない。街を追われるかもしれない。それだけは避けたい。サラティスのために!」


 そんなばかなことがあるのか、とカンナは思った。

 「……どうしたらいいの?」

 「とにかく急げ急げ! デリナを倒すんだ、あんたがな!」


 これまでならば、気後れして逃げ出したくなる気持ちが勝っていたが、いまは、ようしやってやる! という思いがふつふつと血液の底から沸き上がった。地を這う地鳴りと、電流と共に。バチッと、カンナから電気がほとばしり、アートは驚くと同時に頼もしく思った。


 (カンナの強い気持ちに、ガリアが応えている……これなら、やれる!)

 アートは自信があった。

 (そのためにカンナは……カンナカームィは生まれた!)


 走りながら遠眼鏡で索敵する。目ざとく、アートは輿を背中へつけたひときわ大きな猪突竜を発見した。


 「あそこだ!」

 アートが走る速度を上げた。カンナも懸命について行く。

 近づくにつれ、漆黒の女性が立っているのが分かった。デリナ!


 「度胸ありやがる! ……何か企んでいるかもな。俺が露払いだ、あんたはまだ下がって、デリナの攻撃をよく観ていろ! 観察が、全てを決める! 頃合いを観て挟撃しろよ!」


 「……分かった!」

 「頼んだぜ!」


 さらに走る速度を上げ、アートが先行する。完防彩白銀手甲かんぼうさいはくぎんてっこうを装備し、四枚の障壁が展開する。デリナが漆黒の手槍を構えた。


 「うおおおお!!」


 障壁が捻じり畳まれ、両手に装着された。回転し、アートが走り込んで右手からまずそのドリルを飛ばしつけた。デリナは槍を突き出してその軌道を変えた。拳が弾かれて大きく弾道を変え、アートの元へ戻る。アートは走りを止め、迂闊に近寄らなかった。


 「どうしたえ、アート」


 にやにやと笑いつけ、デリナが槍先を揺らして挑発する。アートの後ろのカンナにも眼をむけた。


 「女連れでいくさとは、いい御身分ではないかえ?」

 「ぬかしていろ」

 「逆か、バスクス! 男連れでガリアの戦いにおもむかんとは、いかなる存念か!」

 「ガリア遣いに男も女も関係あるか!!」

 カンナがデリナの誘いに乗って応える前に、アートが再度突進した。

 「我に同じ手は通じぬわえ!!」


 デリナが槍を振りかざす。漆黒の蒸気が噴霧され、煙幕めいてデリナを囲った。猛毒ガス! うかつに近づけない。アートが舌を打って走り込み、風上を探す。

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