第66話 希望にして絶望

 「そうなるだろう。常に奇襲の機は伺っている」

 「あの斥候バスクを使ってるのか? あいつは危ういぞ、スネア族だ」

 「分かっている。お前の力も必要だ。アート」


 「カルマのお役に立てるとは思えないがな。俺は、防御しかできないバスクだぜ。楯バカのアート様だ」


 アーリーが微笑を浮かべた。そんなを顔を見ることができるのは、アートだけだった。


 「知っているか? 楯でも相手を殺せるのだぞ。叩き潰し、押し潰してな……。竜の一頭や二頭、軽くひねり殺せるはずだ。現に、カンナがバグルスと戦っているあいだ、あの猪突竜をどうした? ぬけぬけと、逃げられたとぬかしたそうだが」


 アートは笑みを浮かべて答えず、話を変えた。

 「カンナを……先に出すのか? まだ未熟な内に?」

 「む……」


 流石のアーリーも、口に出すのを躊躇しているように思えて、アートは辛抱強く待った。やがてアーリーが、絞り出すように声を出した。


 「……あれは……あれは、よくできている。感心した。まさに我々の切り札だ。まさか、あそこまでとは思わなかった」


 「我々の希望だよ」

 「希望……そうだな。希望だ」

 「希望にして絶望さ」

 「どういう意味だ」

 「そういう意味だよ」


 アーリーは視線を変えなかった。自らの髪や血と同じ色の太陽を見つめている。アートも、うつむいて石畳をみつめていた。


 「記憶はどうなっている。いつまで操作している?」

 そこでアーリーが、アートをしっかりと見つめ、云った。

 「いつまでというか……」

 アートはため息をついた。

 「いつからというなら、だ。そのつもりで接してくれ」

 「……分かった」

 「頼む」

 「それから……」

 アーリーがアートの肩へ手をやった。珍しい対応に、アートが戸惑った。

 「な、なんだ。どうした」

 「カンナが……竜との戦いで感情を制御しきれないところがある」

 アートは唸った。それは、彼も感じていた。


 「そうなんだよ……しかし、分からないな……いつの段階で、どういう感情が生まれているのか……竜への恐怖の裏返しか、憎しみか……純粋な殺意なのか……自分の使命を本能的に感じているのか……分からない。、な……」


 「そうか」

 アーリーは素っ気なく立ち上がると、夕日を背にした。

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