第61話 バグルス打倒

 その一瞬の隙に、バグルスがその長い手を伸ばす。障壁が楯となって舞ったが、バグルスはなんとその障壁を両手で押さえつけた。光がほとばしり、バグルスの手も焼けるが、かまわず力任せにカンナから引き剥がす。そして、なんと! 肩の付け根よりもう二対の腕が出現し、四本腕となった。それが脇からカンナを襲う。カンナは片方の手を剣で振り払った。バチッと電気が走り、その爪を防いだが、もう片方の手ががっちりとカンナの脇へ食い込んだ。


 かに見えたが、それはアートの楯が飛んできて護った。アートはもう木の陰になって見えない。振り返ると、クィーカが自分の分の楯を飛ばしたのだった。


 「クィーカ、いいから、下がってて!」

 「ガキ……!」


 バグルスがいったん離れ、クィーカへ飛びかかった。カンナの反応速度では到底ついてゆけない。


 「クィーカ!!」

 バグルスへ意識が飛ぶ。バグルスの動きへ意識とガリアが重なる。

 瞬間、周囲を圧する爆音がした。


 空気が揺れ、波動が植物を舐めた。剣が鳴った。黒剣が連続して空気を引き裂く。クィーカは耳を抑え、たまらず草むらに臥せた。バグルスが驚いてカンナを凝視した。


 「…………!!」


 バグルスの威嚇の咆哮も聴こえない。カンナは驚きも恐怖もなく、これまでに無いたかぶりを感じたが、黒剣がそれを全て吸い取ってゆくような感覚に驚いた。竜を倒す想いは変わらないが、それが純粋な殺気となって眼前のバグルスへ突き刺さる。鼓動が高鳴るが、頭痛はしない。カンナの血流の奥から沸き上がる衝動は、さきほどのような動揺から、完全に攻撃の意志へ変換された。身体の芯まで響く轟鳴が心地よい。


 「ふああああああ」


 自然に声が腹から絞り出された。カンナの眼が鋭く猛禽めいて見開かれ、蛍光翡翠に輝く。バグルスを視線で刺した。そのどうにも放出できずに葛藤していた気持ちが、今は全て黒剣を通してバグルスへ向けられた。地鳴りのように黒剣が震える。電流が吹き上がる。


 バグルスが眼を血走らせ、カンナへ突進した。ズガア! 空気が破裂する。バグルスは衝撃波で吹き飛ばされ、地面を石ころじみて転がった。閃光が走って雷撃が立ち木を襲い、一撃で裂いて倒す。木から火が上がった。


 凄まじい力だった。稲妻ではなく、その轟音が。


 バグルスを睨みつけながら、さらに音は大きくなる。ゴゴゴ……ズズズズ……!! 通奏の持続低音からますます音量と音圧が膨れ上がり、岩を砕いたような音がひっきりなしに続き、やがてズガッ、ドゥガッ、とけたたましい爆裂音がして、カンナの気合と共にまさに天地鳴動! その一帯が火山の噴火か大地震のごとき複雑な重奏的地鳴りと揺れに襲われる。森がざわめき、大小の生き物が一斉に逃げ、いつのまにやら低く垂れ込めた雲までが渦巻いて見えた。カンナから、プラズマ流が縦横無尽に溢れ出ていた。


 これが全て、カンナの黒剣が鳴り響いて顕れた現象であった。

 バグルスはもう何もできずに、ただ立ち尽くすだけだった。

 と。

 カンナは、轟音がふいに何も聴こえなくなって、視界が真っ暗になった。

 「あれっ……!?」

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