第62話 報奨

 そして、はたと気づくと、微かに震える両手に何も持っておらず、全ての鳴動も止んでいた。静寂にあわてて周囲を確認すると、自分の後ろでバグルスが背中を向けて立ちすくんでいる。突進をかけて、バグルスを追い越してしまったのか。そして、気づいたら己の右手にはちゃんと黒剣があった。


 「……シィィィィィ!」 


 血液の吹き出る音と、呼吸の漏れる音が同時に響き、バグルスは脇の下から腰にかけて真っ二つとなって地面へ崩れた。


 そして、倒れたまま、ややしばらく長い腕がバタバタと動いていたが、やがて動かなくなり、パタリ、と地面へ落ちた。


 カンナは、呆然とその様子をみつめた。

 「カンナ、カンナ……!」


 クィーカが後ろからカンナへ抱きついた。クィーカは泣いていた。恐ろしかったのと、カンナがバグルスを倒したのが嬉しくて。


 「ふごふごふご……ふごっふご……ふごごご」

 「なに云ってるか分かんないよ」

 カンナはクィーカの背中をやさしく撫でた。

 「おおっ! こりゃまた、すげえな、おい」


 声がして、振り返ると、アートが藪をかきわけて戻ってきた。服はボロボロで、顔や身体に擦り傷もあった。


 「無事なの?」

 「ご覧の通り」

 「主戦竜は?」

 「……あー、ま、その、なんというか……逃げられた」

 そう云って、アートは無邪気に笑った。

 「逃げられた!?」

 カンナは驚いてアートを見すえた。


 「だから、俺のガリアはトドメに向かないんだよ! あんたがいりゃ良かったんだけどな。……しかし、バグルスをぶっ倒すなんて、凄いな。まるでカルマじゃないか。初めて見たぜ、モクスルでバグルスをぶっ倒した人」


 カンナは何も答えなかった。アートは、呆れながら改めて周囲を見渡した。大木は焼け焦げ、何本かは稲妻の直撃を受けて裂けて燃えている。まだ耳の奥がジンジンと鳴っていた。腹にも重低音が残っている感覚だった。


 「おい、あんた、バグルスの首をとりなよ」

 「えっ!?」

 「報奨金をいただこうぜ。二百五十カスタはするらしいぞ」

 「二百五十ゥ!!」


 クィーカが引きつった。アートは笑みが止まらない。カンナは恐る恐るバグルスへ近づいた。その白い顔が今にも牙を向きそうで恐ろしかった。


 「何をびびってるんだ。あんたが倒したんじゃないのか?」

 「そ、そうだけど……」

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