第56話 登場と撤退

 「目立つな、その光をひっこめろ」

 「えっ、でも……」

 やり方が分からない。勝手に光る。森の闇の中に気配。こっちが夜襲されようとは。


 やおら、アートが唸り声を上げて白銀手甲を発動させた。夜の闇に虹色の長方形が明滅し、目をくらませる。そこにいたのは、


 「また、バグルス!?」


 修羅場は続く! 主戦竜かと思いきや、明らかにバグルスがアートの光の楯に押さえ込まれている。背の高い痩身のバグルスは長い腕をクモのように曲げ、アートと力比べに入った。眼が青白く光る。短い角の生えた長い顔がゆがみ、赤い鱗の混じった白い肌が、虹色を反射していた。


 「……くっそお、さすがバグルスだぜ!」


 なんとアートが押し負け始めた。攻撃、攻撃をしなくては! カンナは焦るばかりで、何もできない。


 「たあああ!」


 ふいにバグルスの耳の後ろでカンナの雄叫びがして、バグルスは反射的に身をよじった。それはクィーカの音の玉だった。


 「そらよお!!」


 機を逃さず、アートがバグルスを押しつけた。ずるずるとバグルスは後退する。カンナは剣と共鳴しようとしたが、やはり、まるでだめだ! 些少の稲妻がほとばしるだけだった。それでも無いよりマシと、再びアートと膠着こうちゃくしたバグルスめがけ、回りこんで後ろから雷撃を放とうとした瞬間、森の中から音を立てて巨大な塊が突進してきた。


 「危ない、主戦竜だ、逃げろ!」


 バスクといえども、一撃で蹴り殺される場合もある。壊れた拡声器じみた割れた咆哮がして、地面を踏み鳴らす足音と、巨体の移動する気配と影。カンナはパニックになりそうになった。


 「クィーカ、クィーカを下がらせて!」

 「心配するな、とっくに下がってる! 自分の心配をしろよ!」


 アートの声だけして位置もつかめない。その通りだった。落ち着ついて観察しなくては。長い首に長い二本角、巌のような巨体、丸太のような脚。そして灌木をなぎ倒す巨大な尾。こんなものがつっこんできたら、農家など一撃でバラバラだ。地鳴りめいた鳴き声に猛然と炎を吹き上げ、辺りをオレンジに染めた。バグルスがけたたましく笑い、一足飛びで下がるとその主戦竜・猪突の背中に乗った。


 しかも、そのまま森の奥へ帰ってしまった。

 三人とも呆気にとられた。

 「な……なんだ? 逃げたのか?」


 アートが慎重に楯を消した。ガリアである完防彩白銀手甲かんぼうさいはくぎんてっこうはまだ解除していない。カンナもわけが分からなかった。


 「どうなってるの?」

 「わからん。クィーカ、無事か?」

 「無事です、ふご……」

 どこからともなくクィーカが現れた。アートはガリアの手甲のまま頭をかいた。

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