第50話 接触

 何を云いたいのか、さっぱり意味が分からない。カンナはもう湯から出ようとしたが、マラカががっちりとカンナの腕をつかんだ。


 「ちょっと、放してください。わたし、あなたに用なんかありません」

 「カンナどのにはなくとも、拙者にはあ、る、ん、です」

 「にやにやするのやめてください」


 「カンナどのにお話が。ここだと人も少ないし……なにより裸と裸のおつきあい。余計なものは寸鉄ひとつ、持っていません。お互い、身一つ。信頼の証です。これは、重大なお話なんです」


 「勿体ぶってないで。わたし、頭が悪いから、回りくどい話は苦手なんです」

 「そいつはどうも……では遠慮なく」


 マラカが真面目な顔になり、さらに声を低くする。伸びをして、くつろいでいるようで、自然にカンナにだけ聴こえる距離を保ち、素早く話し始めた。


 「拙者、モクスルに所属はしていますが、都市政府お抱えの情報収集専門の斥候バスクです。斥候は本来セチュの仕事ですが、敵陣の奥深くへ忍び込むには危険が伴います。拙者のようなバスクも必要なのです。カンナどののことも、カルマに登録された瞬間から、全て知っています。なぜなら、そう依頼されたからです。カンナどの、うすうす聴いているとは思いますが、いま、竜属の遠征軍が、サラティスへ本格的な侵攻をかける前段に来ています。敵はバスクの数を減らすため、長い時間をかけて、サラティスはもちろん周辺の農村や、交易街道へ竜を大量に送り込み、バスクの戦力をまんまと分散させました。いま、サラティスの防備は完全に手薄状態。その指揮をとっているのが、竜属に与するダールであり、サラティス侵攻軍総司令官のデリナです。もちろん、強力なガリア遣いです。カルマ級のね」


 カンナは口をと開け、眼を瞬かせた。勿体ぶらずに話せとは云ったが、話が直球すぎてついてゆけない。思わずマラカの顔を見ると、口づけするかのごとき近さで、マラカもカンナへ鼻を寄せた。


 「な、な……」

 「カンナどのの疑問は全て、わ、か、り、ますよ……分かりますとも」

 再び、楽しそうに含み笑い、カンナの腕と腰へ手を回した。

 「ちょ、ちょちょ、やめてください……気持ち悪い」

 「み、ん、な、見てますから、イチャイチャするふりをして……」

 「うっそだ」


 しかし、何人かのバスクは間違いなく聞き耳を立てていた。いつのまにか、浴場には数人しかいない。


 カンナは咳払いをし、仕方なくマラカへ寄り添う。マラカがカンナの耳へ口を近づけ、囁いた。くすぐったいのと、気味が悪いのとでカンナは困った。


 「カンナどのに頼みがあるのです。拙者の頼みではありませんよ。拙者の依頼主の頼みです。都市政府もからんでいます。なにせ、まんまと策謀によってサラティスの戦力を半減させる相手……ただ竜を率いているだけではなく、戦略的に攻めて来ています。竜の味方をするダールのデリナに対抗するためには、こちらも遅ればせながら、対策を練らなくてはいけません。サラティス大侵攻の日は、もうすぐそこに迫っています」


 「は、はあ……」

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