彼女を訪ねて
もしや迷子?
「たしか…この道を…右いや…左か? どっちだ」
分かれ道で薄汚れた紙切れ一つと睨めっこする緋髪の青年が一人。右には平坦な道、左は森と続く道があり、看板も立っておらずその先は何処へ繋がるのか不明である。
青年は困り果てていた。
「八年前の俺を思い出すんだ、俺。どっちを行けばフュスト村へ行けるんだ……全く分からない!」
こういう時はと、青年は荷物袋から短刀を取り出して地面に刃の先を立てて、回す。すると左の方へ倒れた。
「よし! 左だ」森の方へ進む。
こんな単純な方法で行けるわけもなく、そしてそれを指摘する者もいない。
案の定、森の中で迷い、それに気づいたのは日が沈んで暗くなった頃だった。
遠くで獣の唸り声が聞こえる。夜の森は獣たちの時間だ。下手に動くのも危ないのでそこらで野宿することにした。
寄せ集めた木の枝に初級魔法の火を付ける。焚き火をぼんやり眺めていると炎の橙色があの日の夕焼けを思い出させる。あのセピア色の記憶を。
「メイ……」
メイこと、メイリズ・フィスリーアは海のように美しいコバルトブルー色の髪に、シアン色の瞳を持つ幼馴染の少女だ。
当時はツインテールヘアーの愛らしい少女だったが、今はきっと綺麗で艶やかなコバルトブルーのロングヘアーをなびかせているに違いない。
今年で齢18、ツルペタの幼児体型も大きな果実を実らせてお色気を放つナイスバディに成長していることだろう。
(そしてその美女をこの腕で抱くのは、俺!)
ムフフとニヤけて怪しい妄想を掻き立てる。
「メイは誰にも渡さない。俺の嫁だ」
だが麗しの美女を狙う輩多いはず。
だからこそ、早く村に行かねばならない。ならないのだが
「っつても、ここはどこなんだよ」
周りを見渡しても樹木しかなく遠くから奇妙な鳥の鳴き声が響く。出口の見えない樹木だらけの迷路である。青年は肩を落として大きな溜息をつきながら、荷物袋から干し肉を取りだす。腹が減っては戦はできぬ、と異国の名言を呟きながら干し肉を焚き火で炙る。香ばしい匂いがたちはじめる。匂いを嗅ぐとより一層空腹が増す。
「いただきまー、ん?」
ガサガサ、草陰から物音がした。
「獣か!?」と警戒して構えると、香ばしい匂いに釣られて白い毛並みの子犬が一匹よちよち歩いて寄ってきた。くぅーんと愛らしく鳴いては大人しくその場に座る。
「犬っころか」
クリクリっの黄色い瞳は青年の手元の干し肉をじっと見つめていた。青年も干し肉を見つめる。
「・・・・・・。」
数秒して青年はしょうがねえなと、渋々干し肉をちぎって子犬に分けてあげた。子犬は喜んで小さい犬歯で咬みつき始める。それを見て青年も干し肉に食い付いた。
「もぐもぐ乾燥食品は飽きたぜ。ちゃんとしたご馳走が食いた、ん?」
ガサガサ、また背後の草陰から音がする。青年はまたか、と振り向くと草むらから光る目が複数。
「勘弁してくれよ。もうお前らにやるご飯はねえよ。そこの犬っころで終わりだ。先着順だから、また出直してくれよ」
グウゥと、獣の唸り声が後ろで聞こえた。あれ?と瞬時に振り向くと大型のオオカミが数頭群がっていた。
「おいおい、嘘だろ。団体様はお断りだっつーの」
オオカミの一匹が襲いかかる。巧みに青年は荷物袋を掴んでかわした。
「しかっし恐るべし俺のお手製干し肉。その香しい芳醇な香りは肉食獣たちの胃袋も刺激してしまうのか」
青年は腰にぶら下げた剣を引いた。むやみに殺生するのも気が引けるがやむを得ない、殺らねばこちらが殺られるだけだ。
襲いかかるオオカミを切り裂いていく。だが、倒してもオオカミ達は減らず倍に増えていく。気がつくと全方位を大量のオオカミに囲まれていた。
「うっ。これはさすがの俺も魔法抜きではちょいと厳しいな、許せ」
青年は走りながら叫んだ。
「
青年の周りを囲んでオオカミたちの足元から炎が湧き上がる。青年とオオカミたちを隔てるように炎の壁が現れ、オオカミたちは一瞬怯んだ。
「よしっ」
と、思ったのも束の間。オオカミたちは足を止めることなく、炎を突きって近づいてくる。これには思わず青年から余裕の表情が消え失せて、焦りにかわった。
「ウソだろ!? ならこれはどうだ」
と思いつく限りの火炎魔法を唱えた。が、どんな強力な攻撃魔法を唱えてもオオカミたちはビクともしない。
絶体絶命、この一言に尽きる。
運が良ければ死なずに大怪我くらいで済むだろう…と諦めかけた時だった。
「お前、馬鹿か?」
オオカミだらけの唸り声が飛び交う中で微かに人の声を聞いた。だが声の主はどこにいるかわからない。
「!? 喋るオオカミでもいるのか!」
「阿呆。それは逆効果だ。生きて帰りたいなら持ってる食べ物全部捨てろ」
「っは、誰がお前らにただ飯食わせるか。嫌だね」
「なら死ね」
思いの外呆気なく見放されるとは思わず、青年は吃驚して慌てた。
「わ、わかったよ! おら!餌だぞ、くれてやる」
荷物袋に入ってる限りの食料を出来るだけ遠くに投げてやる。するとオオカミたちは分散して餌を探しに消えていった。
「あー助かった!」
緊張感が緩んで青年はその場で地面に大の字で倒れこんだ。
すると何者かが木の上から着地するのが見えた。濃紺の髪を持つ、軍人服を纏った背丈の高い男である。あの声の正体はこいつだったのか、と緋髪の青年は気づく。
男の顔には仮面をつけており素顔が見えなかった。その銀の仮面は月光の光を受けて反射して、より男から謎めいたオーラを感じる。男は青年に向かって口を開いた。
「あのオオカミは図太く執念深い。低級魔法はほぼ効かない」
「低級…?はぁ? これでも中級攻撃魔法だ!!」
「へぼい火力だな。あれで焼けるのはせいぜい目玉焼きくらいだろう」
「ふん、肉だって焼けるぞ!」
誇らしげに青年は言う。男は呆れてスルーした。
「料理人風情がこの森に入るのは危険だ。今すぐ立ち去れ」
「立ち去れって言われてもな……。道に迷っちまってな。フュスト村に行きたいんだが」
「フュスト村だと…?」
男が珍しく動揺した。今まですれ違ってきた人たちに聞いても誰一人知らないと言われ続けて正直辿り着けないのではないかと心が折れ始めていたのだが、この男の反応だと何か知っていそうで自信が湧いてきた。
「フュスト村知ってるのか?」
「あ、ああ。その村なら、この森を抜けたその先だ。だが」
「本当か!!!ありがとう!感謝するぜ!!」
「おい、ちょっと待て」
男の声は届かず、青年は夜の森を駆けて行ってしまった。
男はその場に取り残され、静かになった森には虫の鳴き声が虚しく響いた。
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