コマーシャルの記憶(五)コマーシャルが残したもの
そもそもコマーシャルとは商品やサービスへの販売促進を目的に作られるものであり、もっと端的に言えば、視聴者の欲望を煽ることを狙ったものだ。
「アヨネ」のコマーシャルは特定の商品やサービスへの購入を勧めるものではなかったが、
「日本人として何らかの寄付を求められたら応じよう」
と感じさせる効果はあった。
名前を失念した映画の予告編も
「いつか手懸かりが掴めたら本編を観たい」
と思わせた。
「きりりの夏肌」ポスターや「ピエヌ」のコマーシャル動画も小中学生の私には大人の美への憧れを呼び起こすものだった。
話は変わって、まだ四、五歳でコマーシャルを「繰り返しよく見る短い番組」としか認識できなかった頃、ユニリーバ社の柔軟剤「ファーファ」とシャンプー「ティモテ」のコマーシャルが好きだった。
「ファーファ」は愛らしい白熊のぬいぐるみが洗濯物のタオルが置かれた部屋に出てきて可愛い声で商品の説明をする内容だった。
当時の私には柔軟剤より可憐な声で柔らかそうなフォルムをした白い小熊ばかりが目に入り、
「あの熊さんが欲しい」
と母親にねだった記憶がある。
「あれはコマーシャルだけのお人形さんだよ」
と説明されても納得できなかった。
店で白熊のパッケージ付きの柔軟剤が売られているのを目にする度に、
「ぬいぐるみも一緒に売ってないかな?」
と周辺を探し回った記憶がある。
大人になった今も、柔軟剤の「ファーファ」は一度も買ったことがないまま、
「あの白熊のぬいぐるみがどこかで売っていたら買いたいな」
という願望だけが漠然と残っている。
「ティモテ」のコマーシャルもソプラノの女声が商品名を連呼するBGM(これは当時よくパロディされた)と共に金髪の白人女性モデルが緑豊かな自然を背に髪を洗う、どこかヨーロッパのメルヘンを思わせる映像が好きだった。
「ティモテ」がシャンプーの名前であることは当時の私にも理解されていたが、
「ああいう外国の綺麗な女の人が使う物なんだな」
という認識であって自分の日常に欲しい物にはなり得なかった。
しかし、タイアップ商品としてタカラ社から着せ替え人形の「ティモテ」が売り出され、それを近所の一つ上の友達が持っているのを目にすると事情が変わった。
この着せ替え人形「ティモテ」はジェニーのフレンド人形として発売され、ジェニーに似てもっと優しく儚げな顔立ちに一際長いプラチナブロンドの髪を備えていた。
淡い若草色のロングドレスにもリカちゃんやジェニーとは一線を隠す大人の雰囲気に見えた。
これは大人になってから改めて検索して知ったことだが、ジェニーの友達「ティモテ」は北欧の某国の王女という設定だったそうだ。
「お忍びで現れた某国の王女」という設定は「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンから拝借した感があるが、ティモテの腰下まで届く長い金髪は明らかにアンデルセンが描いた「ラプンツェル」のイメージであり、「北欧の某国」もアンデルセンの出身地であるデンマークを連想させる。
「私もお人形のティモテが欲しい」
と感じた。
しかし、その時点でもリカちゃんやジェニー、バービーといったメインのお人形は持っていたし、子供の目にもスタイリッシュなティモテはそれらの人形よりいかにも高そうに思えた。
「あの子が持っているから、私も欲しい」
と脇筋の高額なフレンド人形を親にねだっても、
「もうリカちゃんもジェニーもあるでしょ」
「よそはよそ、うちはうちです」
と突っぱねられる展開しか想像できなかった。
また、幼い友達同士の空気としても、
「私も買ったよ」
と全く同じ人形を見せるのは何となく相手に対抗しているようで嫌な感じを与える気もした。
結局、シャンプーも人形の「ティモテ」も買うことはないまま、いつしか人形遊びをする時期を過ぎてしまった。
大人になった今、「懐かしのCM特集」といった番組やネットの記事で「ティモテ」シャンプーのコマーシャルを目にすると、
「そういえば、あのティモテのお人形も買わずじまいだったな」
と微かな後悔と痛みを覚える。
記憶に残るコマーシャルにはかつての憧れや手に入らなかった何かへの愛惜が纏いついているのかもしれない。
*monogatary.com のお題「思い出のCM」からの起稿です。
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