コマーシャルの記憶(四)世紀末の三美人
前章では江黒真理さんの化粧品広告の美に衝撃を受けたと書いた。
だが、彼女は飽くまで静止画としての美であった。
動画としての美に引き付けられたのは、中学生時代に観た、一九九七年、資生堂「ピエヌ」のコマーシャルだ。
香港女優の
当時、陳慧琳は日本でもそれなりに知名度があったが、李嘉欣はそこまでではなく、また、緒川たまきも目立ってヒロインを演じる位置付けの女優さんではなかったように思う。
そんな特定の色の付かない顔合わせだからこそ「謎の美女三人組」というミステリアス、神秘的な雰囲気を出せたのだとも今になって見ると感じる。
B'zの炸裂するような「fireball」をBGMに銀色のメイクルームに集まった三人の美女が絡み合うようにして思い思いのメイクを施していく。
姿形もそうだが、三人がほっそりと長い腕をしなやかに動かしてメイクを施す、その動作そのものが挑発的で艶かしい。
そして、元から美しかった三人の顔にそれぞれ異なる色彩が加わっていく。
これは正に動画だからこそ表現できる美である。
三人の女優の具体的な特徴を述べると、このコマーシャルでは李嘉欣が中央に配されており、彼女が三美人の筆頭格という印象を受ける。
ミス香港出身の彼女は中華系とポルトガル人のダブルであり、日本の鶴田真由をもう少し白人的にしたような端正な風貌だ。
シルバーのアイシャドウやルージュを引いた上品でクールなメイクが実に映える。
日本の緒川たまきは香港女優の他の二人と比べるとやや童顔で、ショートカットのせいかどこか中性的で美少年じみた明朗な雰囲気が感じられた。
しかし、個人的には陳慧琳のアンニュイな表情が画面全体を引き締めていたように思う。
目のパッチリした西洋人形的な李嘉欣や緒川たまきと比べると、陳慧琳は切れ長い三白眼気味の目、やや角張った輪郭の個性的な風貌で、他の二人と比べて劣った容姿と評価する人も少なくないかもしれない。
だが、女猫じみた醒めた眼差しで黒いルージュを引く彼女の姿からは日本的な「可愛い」への従属を敢えて拒むプライドが見えるようで、個人的にはそこに一筋縄ではいかない「アジアン・ビューティー」の魅力を感じた。
一九九七年は香港の本土回帰の年であり、このコマーシャルが放映されたのは、正にその直前の時期であった。
それを踏まえてこのコマーシャルを見直すと、鏡を一心に見据えてまるで武装するように自分の美しさをより強固に作り上げていく香港女優二人の姿にはどこか悲壮なものも覚える。
「ピエヌ」はその後も香港女優二人はそのままで日本側は緒川たまきから中谷美紀に代えてコマーシャルが作られた。
しかし、個人的には美人でもやや暗鬱な中谷美紀より中性的で明朗な緒川たまきの方が三人で並んだ時に重たい雰囲気にならなくて良かったと思う。
話は変わって、二〇一六年、資生堂の「インテグレート」のコマーシャルが「女性蔑視」と批判を受けて放映中止になった。
このコマーシャルはミニドラマ仕立てで友人設定の三人の日本人モデルが登場する。
一人が二十五歳の誕生日を迎えるバースデーパーティ。
だが、三人の表情はまるでお通夜のように暗く、
「あんたはもう“女の子”じゃない」
等とネガティヴな台詞が交わされる。
バブル期、女性は二十五歳までが価値があるという意味で「クリスマスケーキ」と呼ばれたが、このコマーシャルは正に四半世紀前のエイジズムに基づく演出で撮られている。
「ピエヌ」のコマーシャルに出演した一九九七年当時、最年長の李嘉欣は二十七歳だったが、彼女に年齢を卑下させる演出など取られなかった(ちなみに緒川たまき二十五歳、陳慧琳二十四歳。黒猫のようにアンニュイな陳慧琳が最年少、二十代前半だったことに改めて驚く)。
誇り高い世紀末の「ピエヌ」の三美人と比べると、二十一世紀の「インテグレート」の三人は容姿そのものは魅力的であるにも関わらず、実に抑圧され、自己否定を刷り込まれた表情だ。
二十年足らずで何がそこまで三美人のイメージを萎縮させてしまったのだろうか。
資生堂には猛省して誇り高い女性の美を描いて欲しい。
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