私を作った漫画たち(二)皇なつき作「燕京伶人抄」シリーズ

これは他所でも繰り返し書いたことですが、私は中学生時代に陳凱歌監督の映画「覇王別姫」に感銘を受け、主演の張國榮レスリー・チャンのファンになりました。


 また、大学時代に友人の紹介で皇なつきさんの「燕京伶人抄」シリーズを知り、こちらも繰り返し読みました。


 拙作に戦前中国を舞台にしたものが多いのは、陳凱歌監督の「覇王別姫」、「花の影」、そしてこの「燕京伶人抄」シリーズの影響です。


 この人の作品はまず作画が非常に艶麗です。「覇王別姫」のレスリー・チャンをモデルにした京劇俳優の男主人公はやや欧米的に端正な容姿や老成・達観し過ぎた性格等、必ずしもレスリーの演じた程蝶衣そのままではありません(『レスリーは『ラストエンペラー』のジョン・ローンなどと比べても東洋的な風貌ですし、チョウ・ユンファなど同世代の香港俳優と並んでも小柄で華奢、悪く言えば、貧弱な体格です。また、『覇王別姫』の程蝶衣はもっと神経質で情緒不安定な面も目立つキャラクターです)。


 しかし、京劇の女形としての艶やかながら気品ある佇まいや表情には相通じるものがあります。


 このシリーズは一話完結型の連作集です。


 京劇俳優が主人公の第一巻では、少年時代のライバル役者が再び主人公の前に姿を現すエピソードが印象に残っています。

 

 このライバル役者は訳あって北京での俳優業を諦めた後、上海で役者としての再起を懸けたが、北京と上海では芸能文化事情が大きく異なったため、そこでも挫折を強いられた経緯を語ります。


 こうした当時の中国の状況を示す描写にも読み応えがあります。


 二巻では一巻で脇役として登場した北京の上層家庭の少女たちがメインになっています。


 こちらでは、新しい時代を生きようとする少女たちと古い伝統的な家庭に閉じ込められた大人の女性たちを対比させたエピソードが印象に残っています。


 好色で暴虐な軍閥将軍の貞淑で心優しい正妻として生きてきた女性。


 親の命で嫁いだ夫を従順に支え、他の女性との間に儲けた生さぬ仲の娘も引き取って育ててきた女性。


 彼女らがいかに心の底に怨念を溜めていたかを明らかにした上でそこから彼女らなりの決着を付ける展開には引き込まれます。


 「転換期の中国女性の生き難さ」を物語として鮮やかに示してくれた点でも私にとって記念碑的な作品です。


 ただ、皇なつきさんのこのシリーズでは古風ゆかしい帝都の雰囲気が残る北京が舞台ですが、私としては「魔都」と呼ばれた上海やレスリーの故郷でもある香港など南方の都市に興味が引かれましたので、拙作の舞台ではこちらがメインです。

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