少年を巡る罪と罰
*この文章は2015年3月2日に他サイトに投稿したものの転載です。
川崎市の沿岸で十三歳の少年の惨殺体が発見され、十八歳の少年を筆頭とする三人の少年たちが逮捕されたニュースが話題を呼んでいる。
川崎というと、個人的には「そういえば、駅前のラゾーナに何年か前に単発のアルバイトに行ったかな」程度の思い出しかない。
従って、普段は「東海道線で横浜の次に停まる駅」くらいの認識しかなかったが、それでも行こうと思えば電車で三十分も懸からない距離の土地でこうした事件が起きたことにはショックを受けた。
報道で出た写真を見る限り、被害者の十三歳の少年は小学校の卒業アルバムからとおぼしき写真を見ても、人懐こそうな、明るい男の子といった印象を受ける。
不良グループに入った後と思われる写真を見ても、本当の意味で荒んだ雰囲気の表情ではない。
「不良グループの年長の少年たちから万引きを強要され、断ったところ、暴力を受けるようになった」といった報道からしても、「本来は良い子だったのだろう」と思わせこそすれ、腐った非行少年の匂いは感じられない。
むしろ、この少年が万引きや暴力行為に平気で加担する性質であれば、却って、生き延びたかもしれないとも思う。
片目に黒紫の痣が出来た顔でも笑って映っている事件直前の写真は、本当に痛ましい。
むろん、明らかに失明の可能性も狙った上で思い切り殴りられたと分かる傷跡もそうだ。
だが、それ以上に、「写真を撮る時は笑顔で映りましょう」という大人の言い付けを疑問なく守っているとしか思えない表情に、この子の素直さや幼さが現れているのがやり切れない。
特に不良っぽいタイプでなくても、中学生くらいの男の子だと、写真を撮る時に、どこかふてくされた表情を作ったり、固いものが感じられる顔つきになったりする場合が多い。
死の直前まで、人懐こい笑顔をメディアに残していたこの子の姿からは、そうした反抗期の過敏な自意識にすら達していなかった感触を受ける。
中学一年生で十三歳という年齢は「少年」の枠には入るが、「児童」から格上げされたばかりの気配がある。
殺された少年も、まだ「児童」の面影が濃厚だった。
だからこそ、複数がかりでこの少年に犯罪を強要し、暴力を加え、そして死に至らしめた犯人たちの非道さが浮かび上がるのだ。
前述したように主犯格の少年は十八歳とのことだが、この年配では未成年とはいえ、一般的な感覚としても「少年」よりも「青年」に近い印象だ。
また、選挙権を十八歳に引き下げようという流れからすれば、「みなし成人」と言って差し支えない年齢だろう。
というより、政治的な権限が認められる立場ならば、同時に相応の責任能力も求められなければおかしいはずだ。
そもそも、これは高校二、三年生に該当する犯人たちが自分よりも体力的、判断力の未熟な被害者に暴力や脅迫を用いて犯罪行為を強要した挙句、虐殺し、その後も被害者の衣類を焼却する等の隠蔽工作を行った、執拗かつ悪質な犯行である。
証拠隠滅の手口からすれば、未熟さゆえの衝動的・短絡的な殺人というより、むしろ、成人相当の判断力があったからこそ成立した犯罪といえよう。
それなのに、なぜ、テレビや新聞の報道では、殺害された被害者は顔も名前も生前のプライバシーも逐一明らかにされる一方で、逮捕された被疑者たちは「少年だから」というただそれだけの理由で顔も名前も伏せられているのだろうか。
私はこの点に非常な不条理を覚えるし、そうした人は少なくないとも思う。
実際、今回の事件について、ネット上では、被疑者たちの拘束以前から、「犯人はこいつらだ」という風に名前や年齢、個々の関係性を特定する形で殊更、個人情報を流布しようとする動きが目立った。
現時点では拘束されている被疑者たちは逮捕前に流布されていた情報とは必ずしも一致しないようだ。
よって、拡散された事前情報は何らかの私怨によるデマ、流言飛語だったとも考えられる(ただ、この事件は複数の少年グループ間で起きたトラブルも一因のようなので、今後、新たな関係者が浮上する可能性もある)。
だが、こうした動きが起こること自体、マスコミの匿名報道に対する一般の反発の現われと言えるだろう。
この事件に限らず、少年あるいは少女が起こした殺人事件については、犯人が成人の場合よりも、ネットでは犯人やその家族のプライバシーを長期に渡って執拗に暴き立てて攻撃する傾向が強い。
昨年の夏、佐世保で高校一年生の少女が同級の少女を殺害した。
この事件においても、地元の名士の娘だという加害者とその家族のプライバシーがネット上ではかまびすしく取り沙汰された。
恐らくはそれが一因で加害者の父親が自殺しても、この一家に対する白眼視が変わることはなかった。
まだインターネットが今ほど普及していなかった一九九七年、当時十四歳だった少年による神戸連続児童殺傷事件が起きた。
これは、当時中学生だった私にとって、同い年の少年が犯人だった点でも衝撃的だった。
二人の児童を殺害し、一人の女児に重傷を負わせたこの少年は、その犯行の残忍さから、写真誌「FOCUS」に顔写真が掲載され、物議を醸した。
その白黒写真と彼の本名は、現在のネット上では簡単に見ることが出来る。
それより遡る一九八九年に起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件は、十代後半の不良グループによる殺人・死体遺棄という点で、今回の川崎の事件と似ているかもしれない。
見ず知らずの少女をレイプ目的に拉致監禁し、凄惨な暴力の果てに衰弱死させた犯人たちは、犯行時は十六歳から十八歳の少年であり、当時の報道の基本方針としてはやはり顔も名前も明かされなかった。
レイプという犯行一つを取っても、この犯人たちは「少年」というカテゴリで捉えるべきなのか非常に疑問を覚えるところだが、マスコミの慣行としては飽くまで年齢を優先したようである。
事件のウィキペディアによれば、当時の「週刊文春」では少年たちの実名を明かして非難する記事が掲載されたとのことだが、これは神戸の事件における「FOCUS」と同じ例外的なケースだろう。
それどころか、事件発覚時の報道では、これも慣例として被害者少女の顔と名前を明らかにする一方で、この少女もまた不良グループの一員であり、彼女自身にも非があったかのように書き立てる論調が主だったという。
当時のマスコミにとって十八歳の殺人犯は配慮すべき「少年」であっても、物言わぬ骸(むくろ)にされた十七歳の少女は晒し上げて貶めても構わない対象だったようである。
レイプ事件の被害者はしばしば本人に落ち度があったかのように第三者から中傷される、いわゆるセカンド・レイプ被害に晒されるとのことだ。
この被害少女には、死後もマスコミによる暴虐なセカンド・レイプが待ち受けていたのである。
この犯人たちの顔写真と本名(改姓した者はその改姓後の姓まで)、出所後の動向(これも再犯した者はその再犯の内容まで)も、やはりインターネットを検索すれば複数のサイトで知ることが出来る。
少年少女の殺人犯が法律上の罰を免れても、世間の目は決して彼らを許さないのである。
あるいはそうしたネット社会に晒され続けることこそが、成人として認められる前に許されない罪を犯した彼らに対する懲罰なのかもしれない。
だが、女子高生コンクリート詰め殺人事件の准主犯格で犯行当時十七歳だった元少年は、懲役八年という刑事罰とはいえ、誘拐や強姦殺人の刑としては明らかに軽い刑を終えて出所した後、新たに暴行・恐喝を働いて逮捕された。
そうした記事を読むと、少年法の本来の理念である「更生」の可能性にはどうしても疑問を持たざるを得ない。
二〇〇五年に二十一歳で大阪姉妹殺害事件を起こして死刑になった山地悠紀夫は、十六歳の時点で既に実母を殺害しており、少年院を出てわずか二年で今度は他人を手にかけたのであった。
成人ならば死刑相当の所業を働いておきながら、実質において軽い制裁で済んだことが、次なる犯罪の可能性を助長させる面は否定できないだろう。
そもそも、犯人が成人だろうが、少年少女だろうが、殺された人命の重さに変わりはないはずだ。
加害少年の更生を願う理念そのものは誤っていないとしても、理不尽に命を絶たれた被害者たちがその先の人生に本来秘めていた可能性はどのようにして償われるのだろうか。
少なくとも、コンクリ詰め事件の准主犯格や山地悠紀夫のその後を見る限り、少年時代の彼らに未来を奪われた人々への贖罪など全く感じられない。
もっと率直に言えば、彼らの復帰は、社会にとって有害以外の何物でもなかった。
今回の川崎の事件は、十三歳の少年の尊厳を踏み躙り、彼が秘めていた未来を断ち切るものであった。
十八歳という年齢は、もう自分の行為が社会的にどういうものであるかを十分理解出来る、そして理解していなければならない年齢だ。
そもそも、十三歳の少年が万引きを悪として拒絶する認識力を備えている状況で、どうして十八歳の少年に殺人を犯した責任能力が認められないのだろうか。
少年犯罪を巡るネットの加熱や少年法を巡る議論の激しさは、むろん罪を犯した人間が罰を免れることへの怒りを根底にしている。
しかし、究極的には少年自身に備わっている正義感や公共意識を軽視する法制度の現状にこそ起因しているように思えてならない。
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