「キヨハラくん」の肖像(三)反「官軍」の智将・野村克也氏

 さて、「ON」と同時期に活躍した大選手でかつ指導者としても名を上げた人と言えば、野村克也氏を忘れてはならないだろう。


 この人は現役時代、南海ホークス、ロッテ・オリオンズ、西武ライオンズで活動していた。

 いずれも、巨人軍が独走していたセ・リーグではなく、パ・リーグの球団である。


 今でも多少そうだが、パ・リーグはセ・リーグよりややマイナーな感触がある。

 野村氏の現役時代は「人気のセ」「実力のパ」と言われたそうだが、こうした形容をされること自体、パ・リーグの認知度がセ・リーグより低かった証左である。


 加えて、大選手とはいえ、結果として三球団に所属した経歴を見ると、「ON」の二人のように一つの球団でずっと重宝されたのではなく、野村氏はより高い評価と活躍の場を求めて転々とせざるを得なかった印象を受ける。


 指導者としても南海ホークス時代に選手と監督を兼任し、専任監督としてはヤクルトスワローズ、阪神タイガース、社会人野球のシダックス、そして、楽天イーグルスを指揮している。


 選手・指導者時代を合わせれば、プロ野球六チームのユニフォームを着た計算になる。

 着せ替え人形さながら、転変の多い野球人生だ。


 同じ名誉監督の称号を与えられても、選手としても監督としても巨人軍の人であり続けた長嶋氏とは対照的である(共通点があるとすれば、二人が指導者になってからそれぞれの息子たちもプロ入りしたものの父親たちには遠く及ばない結果に終わったことくらいだろう)。


 実際、金田氏や張本氏のような荒っぽさや暴力性はないものの、マスコミが取り上げる野村氏のイメージは「陰気な理論家」といったもので、これも長嶋氏とは対蹠的だ。


 野村氏は一時期、夫人がメディアに頻繁に露出して物議を醸し、夫妻を巡る過去のトラブルも含めてバッシングされたことがあったが、その以前から長嶋氏ほどマスコミに好意的に扱われてはいなかった。


 また、野村氏の方でも長嶋氏や巨人軍への揶揄・挑発的な発言を公然と繰り返す等、敢えて憎まれ役になろうとする面が見られた。


 野村氏はホームラン記録では六五七本、王氏に次いで二位である。

 打点の通算記録でもやはり王氏に次いで二位。

 安打記録でも張本氏の三〇八五本に次いで二〇九一本で二位。


 この他にも多くの記録を残しており、記録の上では長嶋氏を総じて上回る選手だったと言えよう。


 野村氏の長嶋氏・巨人批判には、記録の上では明らかに劣る長嶋氏が優遇され続ける状況への反発、もっと身も蓋もない言い方をすれば嫉妬心があると見られても不思議はない。


 だが、巨人軍の選手と他球団の選手との間には現役中はもちろん引退後の人生においても待遇に歴然とした格差があり、そうした不公平さに当事者として苦言を呈する意味合いを込めての批判であるようにも思う。


 そもそも冒頭の清原氏からしてもそうだが、有名どころの選手であっても、プロ野球選手の引退後が悲惨になる例は枚挙に暇がない。


 覚醒剤で逮捕された先例としては名投手で鳴らした江夏豊氏が有名だ。


 清原氏に覚醒剤を渡したとマスコミに証言したのも元は巨人軍に在籍し、一時はメジャーリーグにもいた選手だという(ただし、私は今回の報道で初めてこの元選手の顔と名前を知った。また、証言内容そのものよりも、彼の異様な風体にまず衝撃を受けた。報道する側もこの元選手自身の奇異さをクローズアップしていたように思う)。


 ロッテのエース投手として活躍し、メジャーリーグでも投げた伊良部秀輝氏は自殺した。


 活躍した時期は異なるもののやはりロッテの投手だった元選手が強盗殺人事件を引き起こして世間を騒がせたこともある(事件が事件だけにこの元選手の名前を出すのは躊躇われる)。


 ただし、このように悲惨な転落振りが全国ニュースにされる元選手はむしろ一時期でも陽の当たる場所にいたからこそ取り上げられたのであり、現実には一軍登板することもないまま戦力外通告を受けて人知れず球団を去っていく選手もいる。


 宝くじさながらの高額年棒で活躍する選手たちにばかりスポットが当たるが、一握りのスター選手に与えられる光が明るく華やかであればあるほど、周縁に生じる影もより暗いというのがプロ野球の世界なのだろうか。


 その中にあって、野村氏は名選手として輝かしい記録を数多く残し、かつ指導者として現場で求められ続けた事実からして、むしろ十二分に恵まれていたと言える。


 それはそれとして、「ON」の二人は指導者としても成績が奮わず辞任を余儀なくされても、彼らを切った球団側にファンやメディアの批判的な目線が集まり、また、後任の監督への風当たりが極端に強くなったといった記事からして、引退後も完全に別格扱いの観がある。


 これは二人が指導者になる頃には彼らに憧れた団塊世代が社会の中核になっていたことと無縁ではないだろう。


 私が三十を過ぎた大人になっても清原氏を呼び捨てに出来ないように、子供の頃に「ON」の活躍に歓声を上げた人々もまた二人をヒーローの位置から根本的には引き摺り下ろせなかったのである。


 そして、その団塊世代の子供の世代にとって、「KKコンビ」こと清原和博・桑田真澄の両氏は崇め奉るヒーローにはなり得なくても、「その喜怒哀楽に共感したアイドル」ではなかっただろうか。

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