第2章 「正星騎士団」

第6話

……思い返すとなんだかこう体が芯からほっこり温まるような、そんな気がする。僕はそんな出来事を全てきれいさっぱり忘れてしまった。


 ベッドの柔らかさだけが唯一僕を救ってくれている、ような気がする。身体が重たい。できることならこのまま眠ってしまいたい。けれどそんな暇は僕にはないだろう。目標のためにひたむきに走る自分。なんだかそう考えると悪くない、そう思える。


 僕たちはホテルがなくなってしまったこともあり、ミカロとは分かれ正星議院の地下に位置するトレーニングルームで生活を始めている。


 灰色の壁に囲まれた殺風景な部屋だけれど、風の通らない空間は今ここしかない。僕たちは本来クエストをするべきなのだけど、あのホテルには僕たち以外いなかったので、重要参考人とされたために身動きが取れなくなってしまった。


 そしてなにより記憶の手がかりや資料は燃えてしまった。けれど正星議院にいるのは好都合だった。


 セレサリアさんには忙しくなるだろうけど、ここはお願いするほかない。僕が情報をいじっていると、あっという間に犯罪者にされてしまうだろうし。


 僕はファイスやフォメアが今後をどうしていくかを考えているのを見つつも、正星議院の2Fのロビーへと向かった。昨日までとは違い、今度は大量の紙を持った人たちがひっきりなしに歩き回っている。


 襲撃を受けた影響だろうか。それともいつもこんな感じなのだろうか。



「やぁ。なかなか新鮮だろう? 普段入ることの許されていない時間帯の正星議院をみられるというのは?

 関係者以外はクエスターといえども今までいたことはない。まぁそれだけ今は警戒している、ということでもあるけどね」



 確かにここまで慌てている正星議院を僕は見たことはない。忘れているかはともかくとしても、今僕が見えている光景に、部外者が入れるような隙間の時間は全くない。それほど忙しく係の人たちが何百枚もある紙を一枚一枚チェックしたり、完了したそれを運んだりしている。

ただ一つ文句を言えば、セレサリアさんは全く僕の元を離れる素振りを見せない。

サボっているのかそれとも本当に仕事がないのか。



 ……今は言うのは止めておこう。ここで言えば状況が不利になりかねない。心の中にしまっておくのが得策だろう。



 僕はセレサリアさんの気持ちを害さないために、言葉は発さずうなずくだけにした。きっと普通に話していたら、ファイスやミカロと話しているときのように冗談を言ってしまう。それだけは何としても防いでおく必要があった。



「キミがボクを訪ねてきたのは、おそらく今は無き数々の資料だろう?」



 セレサリアさんは年長者だけあり、年下の僕の考えなど簡単に読み取ってしまう。それゆえ彼に話は良い意味で無用だ。僕は彼を敬い低い態度でいればそれでいいのだ。


 けれど、その言葉を聞き僕が微笑みの顔で返そうとした瞬間、彼の困っているような手に顎を乗せた状態に僕は動きを止める。ひょっとして誰かにバレたのか? それならマズい。僕から何かしらの謝罪と弁明をしなければ......



「だが困ったことにこれから議員会議でね。シオンクンと話ができるほど時間が余るとは思っていなかったから、渡すのは午後になってしまいそうなんだ」



 ふぅ。僕は安堵の息を漏らす。さすがに考え過ぎたかな。セレサリアさんは僕とは違いなんでも器用にこなしてくれそうだ。それに例えバレてしまったとしても、僕の状態のことを話せばきっと納得してくれるだろう。


 焦って損をしてしまった。これじゃあいくら緊張してもきりがないや。


 セレサリアさんは――それでもすることがなければ、ここに向かうといい。ただし彼女は警戒心が強いから、慎重にね――

そう告げ僕に白い紙を渡し、上の階へと向かった。


 とはいえ今僕に思い浮かんでいることは資料を見ること以外にない。僕は手紙に記された場所へと......

何だこれ?



「シオンー!」



耳を貫くような高声そして聞こえてくる高揚さ。そんな独特な人物は銀髪の彼女しかいない。僕は二人といない人物だと、そう信じている。



「何してるの?」



 なぜだろう。ミカロと一緒にいると体が勝手に疲れてしまったときのような、身に力の入らない状態になってしまう。まぁそこがある意味で彼女の魅力なのかもしれないけれど。



「先に行く宛てができましてね。ミカロも一緒に行きますか?」


「オッケー。昨日の出来事のせいで私たちだけクエストができなくなっちゃったし、ちょうどいい時間つぶしでもないかなーって思ってたとこだったから」



 僕は“ミカロがいると少し問題事になるのでは?”と少し警戒を持たなくもなかった。けれどセレサリアさんの言葉を素直に信じるとすれば、僕の話す相手は女性と言うことになる。


 無駄な警戒を持たれない為にも彼女と行動を共にするほかない。ミカロは僕の今憶えている唯一の女性なのだから。



「それってメモ紙か何か? にしてもずいぶんと小さいけど」


「いやこれは......」



 言葉に詰まる。―――白紙。これは絶対にセレサリアさんに非がある。きっと渡すものを間違えたに違いない。ひょっとしたら油で書いた、ということもあるかもしれないけれどきっとそうだろう。


 ミカロは僕の顔を見て状況を理解できていない不思議そうな顔をしている。きっと僕には何か見えている、そう思っているのかもしれない。


 その瞬間紙は輝きを放ち僕たちを包んだ。目を闇に隠し光が止むのを待つ。


 ……止んだ。そう安心して目を開いた先には、木々に囲まれそれらで作られた4mくらいの高さの家が見えた。僕たちは目で合図を送り、慎重に扉を開く。


 ゴトッ。しまった開け方が反対だったか。いつもホテルの扉は押す形だったから間違えてしまったのは仕方ない。……ミカロは僕のことを恥ずかしい姿を見られてしまった時のように、ものすごく睨みつける。僕は彼女のお気に入りの靴を踏みつけてしまっていた......


 すみません、すみません。そう伝わるように僕は3度頭を下げた。ミカロは――気をつけてよね――と言わんばかりに僕をまだ睨む。ここはこれからの行動で挽回しよう。


 中に入ると、ベッドから吐息が聞こえる。ミカロを連れてきてよかった。きっと僕だけでそこへ向かっていたら、きっと勘違いをされて捕らえられていたに違いない。


 ここは彼女に任せよう。そう言いたいところだけど、地雷を踏んでしまった僕にミカロは援助してくれるはずもない。とりあえず確認だけはしてみよう。


 ――そろり。僕とミカロの足が床の木をギィギィと揺らし鳴らす。こんな音が聞こえてしまうと、どこかに落とし穴に当たる部分があるのでは? と考えてしまう。けれど後ろにいるミカロの元へ戻ることは許されない。


 僕たちは音をたてないように1人ずつ動き、女性の寝ているピンクのベッドにたどり着いた。案の定、女性だったがためにミカロが毛布を剥ぐ。そのとき、僕たちの頭のてっぺんにはハテナが浮かんだ。


 ――何もいない。けれどかすかに寝息が家の中には響いていた。もしかして......



「人の寝込みを襲おうとはずいぶんと珍しいですね」



 僕は背中の殺気に気が付き変現して鉾を後ろの声のもとに突きつける。そこにいたのは柔らかそうなモコモコとした寝間着をつけた赤短髪の女性だった。


 剣を持ち僕の元へと突きつける。彼女の対応は一般的なものだ。知らない人が勝手に入ってくればそうするだろう。

……扉に鍵がかかっていないことを言い訳にしないのなら、だけど。


 僕は冷静に話をしようと考えた。

けれど、彼女の冷淡にも見える目つきからは、僕の話を素直に聞いてくれるとは思えないように感じる。


 しょうがない。少し面倒だけれど、ここは素直に戦おう。話はそれからだ。

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