第5話

「忘れ物っ!」



 ミカロの手を叩いた勢いに僕は身体を飛び上がらせる。なんだこれ? 星型のクッキーだろうか? ああ、そういえばさっきのお店でそんなのがあったような気がする。


 それにしては彼女は僕のことを睨むように見つめている。そんなにこれを口にしなかったことが嫌だったのだろうか。彼女が素直なおかげで不思議と反省したい気分になる。


 僕は顔に熱を感じ目線を逸らそうとした。

が、彼女は僕の服の襟をつかみ顔に近づけさせた。


 いたい、痛い。首がしまる。ひょっとしてこれは彼女がこのお菓子の発案者だったりするのだろうか。それなら彼女が怒らないのも無理はない。ここはおとなしく口にするとしよう。


「ご、ごめんなさい。せっかくごちそうしてもらったのにすみませんでした。いただきます」


 がりっ......


アレ、なんだこれ? 固い、というより手に血がある。


 手に血があるぅ!? なんだこれ!?


 彼女はさっきまでと違い体を固まらせ驚いた表情をしている。

――衝撃。彼女はそれを受けたに違いな......


 目の前が真っ暗になった。彼女は叫び声をあげ僕をどこかへと運んだ。なんだ今のは。もしかして彼女の策略? いや、そんなことはないだろう。


 僕が目を覚ました時、そこは白い壁の部屋だった。見ていても何も思い浮かばないほどに純粋な色のないものだった。思わず今までのことを考えてしまう。


 僕が目を覚ますと、それを待ち構えていたように女性が先生を呼び、僕はそれを静かに待つことにした。フカフカのベッドに思わず寝逃げしてしまいたいところだけれど、ミカロがいないあたり僕は問題を抱えているのかもしれない。


 扉を静かに開くと、僕の目にはミカロと銀髪の男性がいた。兄妹なのかな? そう思えるほどに2人の髪はそっくりでそう見えた。


 ミカロは僕の隣に、彼は僕の目の前の椅子に腰掛け、彼は足を組んで口を開く。



「まったくとんだ食わせ者だなコイツは。何をするのかわかったもんじゃない。戦場に出る者はこんなのが多いとは聞いているが......」


「そんなわけないでしょ! シオンのは、その......たまたまやっちゃった? みたいなそんな感じだよきっと! うんうん!」



 彼女の掴みようのない言葉に彼は言葉を詰まらせた。僕は口の中で舌を動かし傷を確認する。……穴のような目立つ部分はあるけれど完治したようだ。どうやらあれは食べ物ではないらしい。きっとアクセサリーか何かだったのだろう。そうだ。きっとこれを忘れていたのだろう。この星を。


 それにしては不便なアクセサリーだ。首にも巻けないし耳にもつけられない。きっと自分で外してしまったのかもしれない。後で材料を買おう。


 ……お金のない僕がそれを言うのは夢物語か。



「とにかく二度とこんなバカな真似はするなよ。こっちはいろいろと忙しいんだからな」


「すみません、以後気をつけます」



 忙しい、か。なんだか懐かしい。こんな言葉を使って誰かに怒られたような......アレ? 誰にだ? 本当に物忘れが激しいな僕は。 一応、聞いてみようか。


 僕は彼に手を挙げ質問しようとした矢先、彼はボードを眺めて僕を心配するような細い目で見つめた。


 な、なんだろう。彼の視線から伝わってくる悲しさともいえる冷たさは。彼のブレることのないまっすぐな目つきに、僕は目を逸らさずにはいられない。


 ミカロの顔が見えたが、彼女も僕と同じように顔をうつむかせていた。責任を感じているのだろうか。僕は彼女の肩に手を置こうとしたとき、彼の声が聞こえてきた。



「それよりも問題はこっちだ。いったいどうやったらこんなことになるんだ?」


「そんなに大変なことがわかったんですか?」



 なんだろう。あ、もしかしたら破片がのどに入っている、とかだろうか? だとすれば問題だ。……いや、僕の声に変化はない。そういうわけではないみたいだ。



「お前をストーリー記憶限定記憶障害、簡単に言えば記憶喪失だと診断する」



 きおくそうしつ? いやいや落ち着け。僕は何も忘れちゃいない。この星のことやよく考えていた何かを忘れてしまうことはよくあることだ。と、自分を落ち着かせたいところだったけれど、2人の真剣な表情に僕は言葉を飲み込み、それを理解した。


 僕は記憶がないのか。そうだったのか、探していたのは“記憶”だったか。体も理解してくれたのか、自然と無駄に入っていた力も抜けて心だけが重さを感じた。シオン・ユズキ。僕はいったいどういう人物だったのか、自信がないんだ。



「聞きたいことは山ほどあるが、メンタルが持たないだろう。今日は経過を観察するということでミカロ・タミアと行動を共にすることを許可する」



 僕は彼に礼を言いつつも、彼女とともに病院を去った。僕の考えているよりもミカロは事態を重たく考えてか、僕と何かを語ろうとはしなかった。けれどそういうわけにもいかない。過去のことはともかく、今は情報を増やそう。そうでもしないと退屈でしょうがない。


 僕はミカロがいつも寝泊まりしているというホテルへと訪れた。初めにその言葉を聞いた時は彼女がやけに社交的だったことに驚き納得がいかなくもなかったけれど、それは僕の思い違いだった。


 はぁ。記憶がなくても体は素直みたいだ。思わず悪い意味で考えてしまう。


 僕はベッドに座り、彼女からいろいろと話を聞くことにした。これだけは覚えている。“人は話したくないのではなく、自らを守ろうと心の壁を作るのだ”ミカロは今その状態にある。ちゃっちゃと壁を壊してしまおう。



「そういえばミカロが何をしているのか、聞いていませんでしたね」


「そうだったね。せっかくだから話そっか。もしかしたらシオンの記憶につながるものがあるかもしれないし」



 彼女の壁は案外もろかった。いや、オン/オフが激しいというべきだろう。


 彼女は僕と向かいになるようベッドに座ると、楽しそうに自分のことについて語り始めた。


 ミカロはクエスター、という職業なのだという。僕と同じ色・形の星を使うことで一定時間力を得て困っている人を助けている。簡単に言えば何でも屋、ということになる。そしてそのお礼として報酬を受け取り、生活しているという。


 そして何より1人では弱点も多いので、チームを組んで1つのクエストに挑んでいるのだという。ミカロのチームメンバーは全員で4人。考えなしの熱血漢ファイス。チームの頭脳担当フォメア。紅蓮の格闘家ナクルス。そして天真爛漫な美少女ミカロ。やけにチームの紹介に偏見を感じるけれど、まぁそこはおいおい聞いていこう。


 やっていることは乱暴だが、筋は通っている。これなら僕でもそんなに難なくできそうな気がする。


 そして彼女の星を見る限り、僕にもその力が宿っているということか。ひとまずそこから話を広げていくとしよう。



「ということは、僕のこの星もミカロと同じということですか?」


「うん、。確かフォメアの話だと区別のつかない星を作るのは禁止されてるから、間違いないよ」



 なるほど。確かにおもちゃと区別がつかなかったら大変だ。力を得た子供がいたら、それはそれで面白そうだけれども。とはいえ、いったいどうやってこれを使えばいいのだろうか? それが疑問だ。



「あのミカロ、これはいったいどうすれば......」


「とりあえずこの話はおしまい! まずは今日の内にいろいろとやらなくちゃいけないことがあるから、それから行くよ!」


「は、はい!」



 僕の疑問は置き去りのまま、僕たちは正星議院で手続きを行い僕はミカロのチームに加入した。お金もなかったしここは彼女に頼るほかなかった。彼女にもたれかかりっぱなしなのは納得がいかないが、冷静に考えても記憶が戻るまでは誰かを頼りに生きていくしかない。


 その代わり、彼女に気を利かせよう。お茶だったり熱さを凌ぐ風だったり、できることはなんでも援助しよう。これが僕にできる彼女への最善の恩返しだ。

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