第4話

 今回の一件で僕の少しずつかき集めていた情報たちは全て炎に飲み込まれてしまった。そのせいで僕は以前から書いていた日記を思い出さなければならなくなった。


 確かあれは僕が船で寝ていたときのこと......



★☆★



 ……カモメたちが朝を告げる声が聞こえる。うるさい。まだ眠っていたいのに彼らや朝日がその邪魔をする。


 けだるい体にムチを打つように手で太ももを叩き、目覚める。体を伸ばしつつも僕は町の風景を眺める。子供たちがひっきりなしに走っていく姿が見える。


 なんだか懐かしい。僕も昔はこうやって......アレ? 昔、誰と遊んでたっけ? マズい、本気で忘れた。まぁいいか、今を考えよう。


 僕は町を歩き、探す。何を? アレ? 何を探そうとしているんだ? わからない......

カモメのせいだな。おかげで今日は最悪の日になりそうだ。


 僕は出店の多い道を訪れ、何かを探し始めた。そうだ、パンを探していたんだ。朝食も取らずに何かをしようなんて無理な話だ。おかげで昔のことすら思い出せやしない。


 道は人で埋め尽くされ、互いの位置を入れ替わるようにしてしか移動がきかない。パン1つを買うのにも一苦労だ。野菜や魚が僕の買い物を邪魔しようと先に姿を見せる。その道から離れようとしたとき、僕は女性の背中を押し出してしまった。



「ととっ! 危ないでしょ!」


「す、すみません......」



 彼女の顔は怒りを見せていたが、僕は風に揺らめく銀色に光る髪に目を奪われる。キレイだ。珍しさもあるけど、それ以上に出ているところは大きく、ちゃんとしまっているところは抑えられている彼女の姿に、僕の頭の中は彼女でいっぱいになってしまった。


 そんなことを考えているうちに、僕たちは流れから外れ建物の隙間に追いやられていた。



「あ、謝らなくていいよ! ここ、混雑してて最初は私もいろんな人にぶつかっちゃったりしてたし!」



 どっちなんだよ......


 怒りを見せて僕に文句を言ったさっきの彼女にそう言ってやりたい。けどやめておこう。これ以上話をこじらせると何を言い出すかわからない。



「僕の方こそすみません。ケガはなかったですか?」


「うん、問題ないよ! それにしてもホント人気だよね、ここの出店。まぁと言ってもピントレスにはここしかお店がないからだけど」



 へー。と僕は特に面白味もない素直な回答彼女に返した。言動が時々よくわからない彼女にとってはこれが妥当だろう。それよりもここはピントレスと言うらしい。どこかで聞いたことがあるような......いや、ないな。


 そう安心したとき、僕のエネルギー生産所は燃料がなくなったことを彼女にも聞こえる音で告げた。僕は彼女から目を逸らし、さりげなく言わないでほしいと伝えたかったが、彼女は案の定素直に僕がお腹を空かせていることに気が付いた。


 彼女はさきほど怒ってしまったことに対して僕をレストランに連れて行った。正直なところ僕は断りたかったが、彼女が僕の手を離すまいと力強く袖を握って離さないので、仕方なくそれに従うことにした。


 パンにありつけたのはうれしい限りだが、少し変な飲み物を飲まされた。黒くて苦い飲み物だ。ミカロが白い粉を入れるといくらか飲めるようにはなったものの、あれは間違いなく人の飲むものじゃない。そう思った。


 彼女は自慢の胸をテーブルに乗せつつも、僕の食べっぷりをまじまじと見ていた。彼女に見られていると緊張して胸が高鳴る。なぜだろうか。


「そういえば名前聞いてなかったね。私はミカロ・タミア。あなたは?」



 僕の名前。あれ、なんだったか。えーとん、いや違う。むーてな......違う。みかろ......いやそれは彼女の名前だ。



 僕は彼女から目を逸らし名前を探す。そうか、さっきから名前を探していたのか。彼女は不思議そうに僕を見つめる。無視しているわけではない。そう言いたいところだけれど、実際わからないのだから仕方ないじゃないか。


 僕はメニューを見ながら自分の名前を考える。何かいいものが思い浮かばないか。そうだ!



「フェイリス・カーナリオンです。よろしく」



よし。これで問題ない。僕はフェイリスだ。フェイリス、フェイリス、フェイリス、ふぇ......なんで僕は自分の名前をわざわざ考えているんだ?



「ウソつかないでよ。バッグのホルダーに写真付きの身分証明証、さっきから見えてるよ、シオン・ユズキって」



 身分証明証? 本当だ、僕の顔に間違いない。シオン・ユズキか。フェイリスの方が好きだな、なんてね。


 僕は彼女に冗談だと一応言ったが、彼女は嬉しそうには見えなかった。むしろ僕を警戒しているようにも見える。何か話そう。そうだな......


 大きい胸ですね。殺される。


 可愛らしいですね。何がだ具体的に。


 綺麗な銀髪ですね。それならまだ何とかなりそうだ。よし、それに......



「ひょっとして騎士団の人?」



 彼女は僕に身を寄せ耳元でそっと唇を震わせる。そのくすぐったい感覚に僕は耳を守り彼女から距離を取った。な、なんだいきなり。ひょっとして僕は彼女に好かれているのか?

出会って20分だぞ、勘弁してくれ。


 騎士団? 騎士団とはなんだろう。鎧を着た集団ということならわかるが......

しかもこそこそとした様子、もしやミカロは彼らに世話になっている、ということなのかな?

彼女の話し方からしても、そう思える気がする。

ここは少しそういう話から騎士団のことを聞き出そう。



「僕は騎士団じゃないですよ。安心してください」


「そっか。でもそうだよね。友達が騎士団は忙しくてしょうがないって言ってたし」


「ミカロさんは騎士団の知り合いがいるんですか?」


「ミカロでいいよ。たぶん年もそんなに変わらないと思うし。そう、騎士団に知り合いがいるんだ。あれ、これ言っちゃって大丈夫かな......」



 彼女の話し方はとても素直だ。思ったことを自由に口に出し、自分はこういう人間なのだと語ってくれる。僕としてはとても都合がいい。どうせなら聞けるところまで語ってもらおう。


 僕は彼女に騎士団のことを問い、彼女は包み隠すことなく彼女の知っている全てを語ってくれた。


 騎士団。本当の名前は正星騎士団。正星議院と呼ばれる場所を拠点として各地で平和のために交渉や交易、敵の制圧などを行っているらしい。騎士団というだけあってやはり鎧と剣で戦うらしく、ミカロは何度か会ったことがあるという。


 僕も会ってみたいが、今はそれどころじゃない。探すんだ、何かを。僕が忘れてしまっている何かを。


 僕は彼女が飲み物を飲み終えた段階で席を立った。彼女はその意味を理解すると、手を出し握手を交わした。彼女のような親切、いや心の広い女性は珍しい。僕は彼女に感謝の言葉を述べ、その場を後にした。


 ……ミカロ・タミア。なぜだろう、この胸が高鳴るような感覚は。彼女が女性らしいから興奮してしまったのか。はぁ。何を考えているんだ僕は。



「待ってシオンー!」



 彼女の声が耳に届き、僕は手を握られ後ろを振り向く。そこには髪を振り乱す銀髪の彼女がいた。


 それにしても息が荒い。いったいどうしたというんだ? もしかして騎士団に会わせてくれる、ということなのか?


 彼女は呼吸を落ち着け深呼吸すると、僕の右手に何かを勢いよく押し付けた。

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