第3話
「ミカロ、どう行きます?」
「考えても始まらないよ! 私が炎を何とかするからシオンは援護して!」
僕は彼女の命令に従い、敵の鎖の目線を引き付けるように彼らを裂いてゆく。
ミカロはクエスターの先輩だ。例え間違っていても、考えの浮かんでいない僕にはそれに従うほかない。
鎖たちは9方向に分かれ僕を取り囲もうとする。それを僕はジャンプで円から外れ20mはあるロビーを駆け回る。
まだクエスターの人数が少ない時間帯でよかった。もしたくさん人がいたら自爆を起こしかねない。特に僕のように距離を瞬時に詰めるタイプなら、なおさら参加せず逃げた方が得だっただろう。
「面倒くさい。ぽいっ!」
僕は地中に仕掛けられていた鎖に気が付かず、壁にたたきつけられた。変に考え事をしている場合じゃない。今は戦いに集中しよう。
「抵抗をしてくれなければ、被害も少なくて済むのにね」
「そんなこと言って、実は全員を倒すことが目的なんじゃないですかっ!」
「あ、わかっちゃった?」
僕をおもちゃで遊んでいるかと思わせるように、女の子の言葉が僕の頭に残る。誰かを犠牲にすれば助けてもらえる。そんなことをしてもらえるわけがない。倒さない限り、彼女は鎖に指示を送るのを止めない。これだけは間違いない。
「ずいぶんと素早いね。おかげで少し疲れてきちゃったよ。ふ~」
彼女の顔は笑っている。言葉で僕を油断させようとしているのだろう。とはいえ守ってばかりではいられない。
僕は手摺の上でくつろぐ少女の元へ、鉾の刃を突きつけ飛びだす。彼女は鎖のボールを作るように僕を囲む。
彼女の考えは思っているよりもシンプルだ。捕まえて投げ飛ばす。強いからそうなってしまったのだろうけれど、それなら弱点も丸わかりだ。
「こんな攻撃でやられるほど、僕は甘くないですよっ!」
鉾の持ち手底部分を足越しに蹴り進む。鎖は避けるように僕の周りへと飛び散り、彼女の正面を無防備にした。
「狼(ウルフ)――」
「あまい甘い。ぼくの正面は絶対不可侵なんだよ?」
気が付き避けようとしたときには、すべてが物語っていた。僕は天井のシャンデリアとともに吊るされ、彼女の僕を捕らえられたことに対して嬉しそうな表情をただ睨むことしかできずにいる。
これが経験値の違いなのか?
いやそんなハズはない。そう信じて僕は鉾の刃で鎖を切り、着地し態勢を整え直す。
金髪の少女は驚いたように体を固まらせ、ショックを受けているようだった。
切られるわけがない、そう思っていたのだろうか。なら良い意味で好都合だ。その間に僕は彼女との距離を詰め、彼女の目の前に鉾を見せつける。
――ウルフ。そう僕の記憶に残っているような、不純物として存在しているような言葉を放とうとしたとき、左目に強い光を受けた。
それと同時に自分の元へ何かが飛びついてきた。
弾丸。さっきの敵で間違いないだろう。僕は2対1の状況を避けるために、金髪の少女から距離を取った。
弾丸は鉾で弾いたから外傷はない。けれど、明らかに金髪の少女の顔つきは元に戻ってしまった。顔で悟られないように地面を覗き、周囲の鎖たちを引き上げていく。
怒りとも感じ取れる行動に僕の身体は自然とより多くの距離を取った。彼女は僕よりも力・場の使い方で勝る。そう感じていた。
「バイバイお兄さん。今度は別のところで会えるといいね」
彼女はそう言い残し鎖で自分を覆い、ボールとなって空へ飛んで行った。今度は別のところで。また狙いにくる、そういう意味とも思える言葉に僕の頭は何度も回想している。
あたりの音が忙しくなくなったとき、時計秒針音のようなものが耳に入ってくる。おかしい、確かここはいつもデジタル時計を......
“01:00”。その数字が見え“00:59”となったとき、状況が嫌でも理解できた。僕は考えるまでもなく外へと飛び出す。けれど、僕の背中に銀髪の彼女が落ちてくることは想像していなかった。
「シオ......」
彼女から伝わってくる胸の柔らかさと声は、爆風と土煙によってすべて吹き飛ばされた。壁やガラスは飛び散り、僕は彼女に抱き着き背中を守る。
土煙が収まったとき、そこにあったのは整備されていない跡地。そういうのが一番正しいだろう。このホテルは高さが150m以上はあった。けれど、今の高さは最長でも50cmといっても過言でないほど、何もかもが姿を消していた。
これが敵の戦い方。理解したくなくても、これは納得するしかなかった。
――消滅。それを使う敵が相手にいるということだろう。
「し、シオン?」
彼女の手が震えているのが肩から伝ってくる。彼女は怯えている。もし外に出ずにそのまま中にいたら自分がどうなっていたのか、嫌でも頭の中に入り込んでしまったのだろう。例えクエスターという戦う職業であっても、死は怖いというところだ。
「立てますか?」
「う、うん。だいじょうぶ、大丈夫。ちょっと驚いちゃっただけだから。アハハ......」
彼女はどんな時でも意地を張ってしまう。例え怖がっていようが、うれしい事でもなんでも皮肉を言って自分を誤魔化そうとする。
僕は恩人にとっては、そうあってほしくないと思う。たとえそれがミカロを否定することになったとしても。
僕はファイスやナクルスたちが正星議院に避難したことをミカロから聞き、僕たちも彼らに続くことにした。
戦い事に熱心なファイスなら、きっと参戦してくると思ったけれど、緊急事態なので“正星騎士団”という政府公認の治安部隊を呼びに行ったのだそうだ。他にも僕の戦っている裏でホテルの係員の救出などを行っていたらしい。
あのファイスを3人の誰が納得させたのは、嫌でもわかる。きっと青髪のメガネの彼だろう。
僕はまたセレサリアさんと顔を合わせた。辺りは忙しなく騎士の鎧の擦れる音や勢いづいた男たちの声が響き渡っている。
ミカロの右手は僕の右袖へと移り、今も握っていた。不安は削がれたようだけど、やっぱり心細い。そんな感覚だろうか。
「ずいぶんと派手な宣戦布告だったみたいだね。ケガはないかい?」
「はい。相手もそこまで僕に興味はなかったみたいで助かりました。本気で戦うとなると少し力差を感じましたけど」
そう、嘘だ。僕はここで事実に釘を刺さざるを得なかった。もしここで“また会おう”と言っていたことを告げれば、チームにも記憶探しにもより時間をかけることになる。
ここは無茶万来でも、先に進むしか道はない。
「……なるほど。とりあえず今回の件についてはボクたちに任せてくれ。その方が君にとっても都合がよさそうだ」
やっぱりセレサリアさんは侮れない。言葉では甘く言っているようにも聞こえなくない。けれど、彼の僕に対する目線が僕の考えを既に読んでいるような、そんな上から目線を感じた気がした。
「はい、お願いします」
ここは考えても仕方ない。僕は僕の道を、彼は彼の道を進むのが正しいだろう。
「それじゃあまた。ガールフレンドには用心した方がいいよ。なんてね」
彼は僕には100%理解のできない言葉を残し、その場を後にした。まぁ僕には関係のない事だろう。ガールフレンドと言っても覚えているのは“ミカロ・タミア”ただ1人だけだし。
「ミカロ、大丈夫そうですか?」
「う、うん......まぁちょっと驚いただけだし、そこまで怖かったわけじゃないし」
素直に言えばいいのに。
恩人という思いがその言葉を詰まらせる。けれど、彼女にとってこれは必要な事かもしれない。しょうがない、今回はじっくりと時間をかけていこう。
……とはいえ記憶探しの時間を削るわけではないけれど。
「行きますよ、ミカロ」
「うん!」
僕が彼女の手を握ったとき、そこにもう震えや自信のなさはなかった。あったのはほんのりとした暖かさと、柔らかい感触だった。
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