第3話 イック!

 ──「へッ! てめえらが集めたクリ毛は全部いただいたぜ!」「アハハッ……待てえ、クリ毛泥棒……アハッ!」「ヤクさん今日はアッパーか……」「アハハッ、おい……どうするキチさん、あいつが最近東海道で有名なクリ毛泥棒に違いねえぜ……アハハッ!」「許せねえ……下品な話だけど怒りのあまり勃起したぜ」「アハハッ!」「ヤクさん、粉をばらまけ!」「アーハ?」「俺が粉に火を点けて、粉塵爆発で木っ端みじんって寸法よ」「アハッ、なるほど! 風に乗れよ……バーッ!」「よし、これに火を点けて……ウフッ……」「ウヒッ」「アハハ」「ウヘッヒヒハヘヘハハハヒヒヒウヒヒヘヘハ」──


 ──カリカリカリ……カリカリ……

 イックは血走った眼で原稿を書いていた。

 もう一ヶ月もヌいていない。これは体感時間にして約十年となる計算だ。

 隣には相変わらず、原稿受取人が腕を組んで待っている。

 だが、イックはかつてない集中を見せていた。なぜかと言えば、完成が近いからである。

 完成したら、思いっきりヌいてやる。

 自慰をせんとて生まれけむ。

「──よしッ!」

 後はエピローグだけだ……

「もうすぐ終わります!」

 受取人に顔を向けて言うと、受取人は完成分の原稿を読みながら、渋い顔をしていた。

「どうしました?」

「うーん……先生、これはちょっと……」

「え?」

「いえ、いいんですよ? 先生がこれで行きたいっていうなら、別に私どもはそのまま出させていただきます。でも……私の判断ではこれは売れないですね」

「え……」

「まずギャグが一般的じゃないですから、変えましょう。キャラが立っていませんから、もう少し掘り下げたいですね。あと、このヒロインちょっと性格変えません? 胸も貧乳にしましょうよ。貧乳が最近の流行りなんで」

「え……え……」

「締め切りはもう少し伸ばしますから、直しませんか? いえ、先生がこれでいくというなら、別に構いませんよ。ただ、これは売れないと思います。版元としては、売れないかもしれないものはなかなか通せませんし。より大多数の人に向けて書かないとダメ。先生はそもそも……」

「オナニーがしたい」

 イックの唇が勝手にそう呟いていた。

「……え?」

「オナニーがしたい」

「な、なんですか、先生……」

 声はだんだんと大きくなる。

「オナニー! オナニー! 俺はな、オナニーがしたいんだよ! オナヌィーがな! 作家なんてみんなオナニー上手なんだよ! 皆オナニー上手いんだよ! 中にはセックス上手い人いるかもね? でも大体みんなオナニーだ!」

 イックの絶叫が響き渡った。

「せ、先生……先生! どうしよう、先生がおかしくなった……」

「オナニーさせろーッ! そんなに見張られてたらオナニーできねえじゃねえかよ! はやりすたりでオナニーできるかよ!」

「先生、それは人間としてどうなんですか!」

「人間であるまえに俺はオナニーする動物なんだよ! オナニーがしてえんだよ! お前は俺にオナニーするなっていうのか? そうだ、俺のオナニー見せてやるよ! ほら見ろ、見ろよ! 目の前でイッてやるからよ! イックだからよ俺は!」

「先生! うわ、何出してんですか! やめてくださいよホント!」

「うーわー右手が勝手に動き出すー前後に動き出すーシュッシュ! シュッシュ!」

「そんなリズミカルに……!」

「俺のオナニー見せてやるから金払え! 金払えよな! 俺のオナニー最高だろ! ほら見ろ、見てみろよ! 目ん玉かっぽじってよーく見ろよ、それとも俺にオナニーするなってのか? でも見たいって言ったのお前だぜ!」

「言ってないです……!」

 イックの目が濁ってくる。

「言えよ、言ってくれ……俺のオナニーが見たいと言ってくれ。誰か、それで俺をイカせてくれ。俺はイキたいんだ……ウッ!」

 イックは……ようやく、イケたのだ。全てを出して。

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