第2話 10ぺん射

 ──「おうい、ヤクさん」「……なァんだァい……キチさん」「お、今日はダウナーかい?」「……変なキマりかたァ……しちまってよ……ウフッフッフヒッヒッヒウヒヒヒヒヒイッヒ……」「さっき毛ェ拾ったんだがよォ」「お……そりゃ……あれかい……クリ毛かい?」「どうにも判別がつかねえ」「こりゃちぢれてねえなあァ……」「じゃあただの毛かァ……なかなかねえもんだなァ、オレはクリ毛に醤油ぶっかけて食うのが何より好きなのによォ」「俺ァ……塩だ」──


 ──カリカリカリ……カリカリカリカリ……

 イックは書いていた。

 相変わらずカケてはいないが、書いてはいた。

 まったく、こんな文章が大ヒットとは、よくわからねえもんだ……と思いながら、チラリと机の横に目を向ける。

「……」

「……」

 待ち続ける原稿受取人と目が合った。

「……」

「……どうしました? 先生、手が止まってますよ」

「いや……、あのさ……便所とか行かないのかい?」

「さっきすませました」

「えっ! いつ!」

「先生は集中しておられたようですね」

 クソッ! しまったァ……小説なんか書くんじゃなかった!

 イックは自慰がしたいのだ。

 したくてしたくて狂いそうなのだ。

 きっと自分は、自慰をするためにこの世に生まれてきたのだろう。

「どうして先生がアッシのお通じのことを気になさるんです?」

「いや……」

「早く書いてください。書かないと年内に出せませんよ。別にアッシはそれでも構いませんけどね。時流というのは移り変わるものですから、売れてるうちに出さないとすぐ飽きられますよ。その辺意識してくれないと困りますよ。もっと勉強してください……」

 ──カリカリカリカリ……カリカリカリ……カリ……

 筆を進めながら、策を練る。

 自慰をするための策を。

 かの諸葛孔明も、自慰をする時間を稼ぐために天下三分の計を編み出したというではないか。

 この原稿受取人は確か、オカルトが好きだった……よし!

「あっ!」

「どうしました!」

「窓の外に虚舟UFOが飛んどるぞ!」

「なんですって!」

 受取人が、窓の外を見た……

 今だ!

 ガタガタガタ……もう少し……ガタガタ……もう少しで……

「先生、どこですか!」

「そこだよ、そこ……アッそこ、そこ……ここ……この辺……」

「──先生!」

「ハイッ!」

「何もないじゃないですか」

「え、そう? おかしいなあ……」

「早く書いてください」

 イックは、遅いのである。

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