006 記憶と約束

「ここは……」


 アーティは少し開けた草むらにいた。


 温かな陽の光、ゆっくりと動く雲が緑の芝生に大きな影を作る。気候的に春を思わせる暖かさで吹く風はとても心地いい。

 ゆっくりと辺りを見回すと視界を遮るものはほとんどなく木製の家がポツポツと建っているだけで、見える景色のそのほとんどが田畑である。人もまばらで田舎、ローグよりもさらに小さい村のようだ。


 と、そこでアーティは自分の体に傷がないことに気付き、それどころか着ている服がここに来た時と違っていること、また腰に一本の剣が下げられていることに大きく驚く。

(この服と剣は……)

 その服装は上質な布を重ねたようなゆったりとした淡い青を基調とした服で、それは袖口が広く、裾は地面につくぐらい長い。そして腰を囲む真っ白な広めの帯には派手すぎない洗練された太陽の刺繍が施されていた。

(そういえば狐の女の子は精神を転移させるって言ってたっけ、てことは今のこの姿が私の精神の形、になるのかな…… だとしたらなんて皮肉。てかホントあの子一体何者なのよ、こんな高度な術…… て、今は時間がないのよね、早くアルン騎士団長様を探さないと。そんなに大きな村じゃないしすぐ見つかるといいけど)


 のどかだった。

 木々は風に揺られ、鳥はさえずり、大人は笑いながら田を耕し、子供は駆け回る。

(ここがアルン騎士団長様の記憶の…… 最も見たくない過去なの? すごい平和に見えるけど)

 そこで一人のお爺さんが歩いてくるのが見えた。


「あの、すみません」


 と、声をかけたもののお爺さんは見向きもせず何事もなかったかのようにアーティの横をすり抜けていく。

(警戒されるのも当たり前、か)

 お爺さんの遠のく後ろ姿を見つめ、


「こうなったら全員に聞くしかないか」


 ◇ ◆ ◇

 

 アーティは歩きながら考えていた。

 誰に話しかけても反応は同じ、皆私を一目見ることなく、いや私などいないかのように僅かな反応すらしない。それはどういうことか…… ここはアルン騎士団長様の過去の世界、つまり私はその過去にいない、いるはずのない人間だから私が話しかけてもその反応は、当然だけどアルン騎士団長様の記憶には存在しないということ。あくまでここはアルン騎士団長様の過去を繰り返す世界でしかない。

 私が話すことが出来るとすれば、それは過去の記憶の住人ではなく私みたいに外の世界に生きる、アルン騎士団長様ぐらい……


「おい、お前誰だ?」


 その言葉に思わず顔を上げ、声のした方を向く。

 そこにいたのは一人の男の子。腕を組み目を鋭くしてこちらを睨みあげている。


「見ない服だな」


 歳は10歳に満たないくらいだったが、その声、顔はどことなくアルン騎士団長様を思わせる。


「アルン騎士団長様?」

「なんで俺の名前知ってんだ? てか何だその騎士団長様ってのは!」

「よかった…… まだ生きてたのね」


 アーティは思わず目尻から一筋の涙が流れ落ちるのを感じた。


「うお、ど、どうした! なんだ! 俺が何か言ったのか!?」


 突然泣き出した私を見てあたふたするアルン騎士団長様を見て笑みが自然と浮かんだ。


「ごめんなさい。アルン騎士団長様、じゃなくてアルン、よね」

「お、おう、びっくりしたぞ。ところで何で俺の名前を知ってんだ? 村の外なんて出たことないぞ」

「アルン、私は君をここから救い出すために来たの」

「ここから? 村からか? て誘拐か!? ま、負けねーぞ、俺は強いからな!」


 アルンは大きく後ろに下がると拳を握りファイティングポーズを取り始めた。


「違う違う。んーなんて言ったらいいか、ここはアルンの過去、記憶の中の世界。君は本当は17歳でアカディアっていう大きな大きな国の騎士団長になった天才で」

「ねーちゃん大丈夫か?」


 アルンは眉をひそめ警戒一杯に身構えている。


「そうなるよね、やっぱ。どうすればいいかな」


 と、そこで突然に白い綿の様なものが視界に映り込む。それは上から降ってくるようで、よく見ると空はいつの間にか灰色の雲に覆われていた。

 これは、


「雪?」

「え!? 雪!?」


 するとアルンは急に満面の笑みで灰色の空を見上げる。


「すげー、すげーこれが雪か! 初めて見た!」


 アルンは何度も飛びあがり、辺りを駆けだし始めた。

 まるで子供みたい、て今は子供か。


「あまり走ると危ないよ?」


 と、言ってる間にアルンとの距離が離れていく。


「ちょっ、アルン騎士だ、じゃなくてアルン!」

「ノーク! シャル! ハハ、どこだー雪だぞー!」


 そこで不意に、界素がざわめいていることに気付く。

 それは何らかの術の行使を意味しているわけで。

 ならば一体何の…… 痛っ

 突然感じた痛みに、手の甲に目を向けて驚愕した。

 いつの間にか吐く息は白く染まり、露出している肌の部分が急激に冷たくなっていく。そして何よりまずいのがこの雪だ。全て、ではないが雪の触れた部分、手の甲が僅かに凍ったのだ。それだけではない、雪は地面をも瞬時に凍結させ辺りを白い世界に変えていく勢いだ。

 それを見てアーティは一つの言葉が頭をよぎった。


 一夜にして全てが凍りついた、

 その地を踏んだ全てのものを瞬時に……凍らせる。


 これはまさか……

 白い街フィーグエンデ

 アルン騎士団長様の絶望、それは白い街フィーグエンデが生まれた日のこと!?


「アルン騎士団長様!」


 だとしたら白い街フィーエンデとは自然のものではなく、何者かの術によるものだということになる。確かに自然に出来たとは考えられず、可能性としては術によるものであったが、しかし実際に目にして恐ろしい程の巨大な術式の規模に驚かざるを得ない。小さいとはいえ村一つ丸ごと、こんな大規模術式、一体誰が……

(て、落ち着いて私)

 この雪の量と凍結効果を見るにまだ完全に術が発動しているわけじゃない。今のうちにアルン騎士団長様を!


 ◇ ◆ ◇


「ノーク何やってんだよ、雪だぞ雪!」

「待ってよアル、この荷物を届けたら」

「その頼みごとを何でも引き受ける性格なんとかしろよ!」

「ダメだってアル、ノークのその性格はいくら言っても治らないよ~」


 降る雪は次第にその量を増し、地面を雪と氷で覆う。いつの間にか腰ほどの高さの氷柱まで伸び始め、雪に触れる肌が痛みを増していく。村の人達も突然の雪にどうしていいかわからず、その様子から恐らくは見るのは初めてなのだろうが、誰もがこの異常な雪に疑問を抱いてはいてもどうしていいかわからず呆然と空を仰いでいる。

 三人の声が聞こえてきたのは走ってしばらくの事だ。

 いた! アルン騎士団長様。と他に子供が二人。


「アルン!」

「あ、ねーちゃん」

「ん? ねえアル、この人誰なの? 知り合い?」

「ああシャル紹介するよ、さっき道で会った、て名前まだ聞いてなかっ」


 アルンの言葉が終わるよりも早くアーティはアルンの手を掴み、その手を無理やり掴み引っ張る。

 が、走りだそうとした先を一人の女の子が遮った。


「ちょっと何してるんですか!?」

「そこをどいて」

「どきません、あなたが誰か知りませんけどアルをどうするつもりですか?」

「シャル落ち付けって、ねーちゃんも放してくれ」


 それでもアーティは手を放さない。


「あなたね!」

「シャルいいから落ちつけ、ノークも何とか言ってく」


 ノークは天を仰いだまま立ちつくしていた。


「おい…… この雪変じゃないか?」


 いつの間にか辺りには幾つもの氷柱が伸び、地面は愚か太い木や家さえも氷が覆う。

 不意にノークは手を伸ばし、空から降る雪に触れる、と瞬時に指先が凍りついた。


「逃げろ」


 それだけ言うとノークは走りだす。


「ノーク、どこ行くの!?」

「村の皆に知らせてくる!」

「待てよ! 俺も行く!」


 アルンはノークの背を追いかけようとして、だが背後に気付いたノークは振り向くことなく叫び、それを拒否する。


「ダメだ! アルは逃げろ!」

「嫌だ! 絶対に逃げない!」

「アル! これはとても危険な」

「あの時お前が言ったんだぞ!」


 アルンは力強く地を蹴った。


「ノーク、それにシャル、俺達約束したよな」

「……」

「いつか旅に出ようって、そしてノークはこう言った!」


 アルンはいつかの過去を思い出すように目を閉じて続ける。

 そして、その時の過去の言葉そのままに口を動かす。


「俺達ならどこでも行ける。俺達二人なら何だって出来るって!」


 え?

 それは微かな棘の様なものだった。


 アーティは一つの違和感を感じる自分に気付いたのだ。

 今の言葉と過去の言葉……


 二人…… フタリ……?

 ナゼ、オンナノコハ、ワタシト、シャベルコトガ、デキタ?


 アーティは瞬間的な戦慄に血の気が引き、

 刹那、自らの体を白銀の刃が貫いていた。

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世界終末のプレリュード アオソラ @koko7

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