005 追憶 ー 98戦98敗 ー
縦横10メートルほどの空き地に三人の人影があった。
周りを森に囲まれたその空き地は、朝早いこともあってか人はもちろん生き物の音は全くなく、朝独特の匂いと静寂さに包まれ、散歩するならこれ以上ないというくらいの気持ちいい場所である、普通なら、だが。
笑い声に怒声、荒い息遣い、地面を蹴る音や木刀と木刀のぶつかる音。
今は様々な音がその空き地を満たし、静寂さとはかけ離れた様を呈していた。
と、不意に音が変わる。
スコォォォン!
という軽快な音と、少女の元気な声が響いた。
「これでノークの98戦98勝だね~」
ノークと呼ばれた少年、ノーク・ティンバートは照れ笑いを浮かべながら前にうずくまる少年を見る。
「アルもよかったよ、次は負けるかも」
アルと呼ばれた少年、アルン・フェイドは頭を抑え涙ぐんで呻いていた。
「いってぇ……」
「アルが勝つ日なんて絶対に来ないって」
「うるさいぞっ、シャル!」
シャルと呼ばれた少女、シャルナ・ルルはニヤニヤしながら首を横に振り、頭の大きな白いリボンがその動きを余計大げさに見せた。
「うう、今日は勝てると思ったのになぁ。何がいけないんだ」
「アルは動きが単純なんだよ、読みやすいっていうかさ」
三人は幼馴染である。
いつの間にか仲良くなっていて、同じ夢をみている。
アルンとノークは強くなりたくて、シャルナはそんな二人を見るのが楽しくて、いつの間にか一緒にいた。同い年が他にいないといった理由も大きいが。
「よーし、もう一回勝負だ! ノーク」
「うん、受けてたつよアル…… て、そろそろお昼だね」
「あ、そんな時間か。じゃあ、いつもの……」
と、背後に妙な気配を感じ振り向くとシャルミが不気味な笑顔を浮かべているではないか。
「ど、どうした? シャル」
「アル~、勝負する前に言ったよね」
「へ?」
「アルン「今日は自信がある!」」
「あ……」
「私「そうなんだ、じゃあ、負けたらお昼おごりね」アルン「ああ、いいぞ」」
「おお……」
「やった!」
俺の落胆ぶりを尻目にシャルミは小さなガッツポーズを決め満面の笑みで走っていった。
◇ ◆ ◇
村の外れに今にも潰れそうな、本人曰くお洒落な食事処がある。
安い! 速い! 心意気! をモットーとする中年のはげオヤジ、ゲンさんの店だ。
夜は酒場として繁盛しているようだが、今の時間帯はガラガラなので俺達はよく来ていた。
「あいっかわらずガラガラだなー」
「今にも潰れそうだね」
「時間の問題じゃない?」
いつもの口癖のように好き放題いいながら、いつもの席である窓際につく。するといつものように奥の厨房から光る頭をぬっと出したゲンさんが怒鳴り声をあげる。
「好き放題言ってくれるじゃねーか!」
きっといつかその手に持つ包丁を振り上げることになっても不思議ではない。
「で、いつものやつでいいのか!?」
三人とも声を揃えて、うんと頷く。
すぐに厨房の奥から何かを叩く音や熱する音が聞こえてくる。
「フフ、アルのおごりだと一層美味しいだろうな~」
「うれしそうに言いやがって…… それにしても98敗かー、俺強くなってんのかなー」
「なってるよ。いつも打ち合いしてる俺が言うんだ間違いないさ」
「えー、見てる分にはそんな風に全く全然見えないけど~」
ニヤニヤしておどけるシャルナをギャフンと言わせたい衝動に駆られつつ、
「でもホント、ノークは強いな。これだけ強けりゃ案外夢も早く叶うんじゃね?」
「うんうん」
「まだまだだよ。沢山の人を助ける。そのためにはもっと頑張って、まずはどっかの国の騎士団に入らないと、てアルは約束忘れたわけじゃないだろね」
「忘れるかよ。俺ももっと強くなるさ」
「私も覚えてる! 私も付いていくからね、どこまでだって!」
そこで厨房から美味しそうな匂いが近づいてきた。
「ゲンさん特製定食だ! 存分に味わって食えっ」
三人は、いただきます、と声を上げ食べ始めた。
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