004 軋む心
俺はどこに向かって走っている?
そんなのわからない。
宿舎にはいなかった。
行く当てがあるのか?
そんなものない。
屋上にはいなかった。
食堂にも、大広間にも、大庭園にも、
「いない」
どこ行ったんだよ、と荒く息をつきながら辺りを見回す。
すると、真っ黒なローブを揺らしながら歩いてくる人物に気付く。
半年前から王族お抱えの術師として城に出入りするレーデ・オニキス、俺はこいつを見るたびに何か嫌な気分になる。底知れない何かを俺は恐れているのかもしれない。
「どうしたのです? そんなに慌てて?」
腰まである真っ黒な髪を掻き上げ妖艶な笑みで歩み寄ってくる。
「レーデ……」
「またそんな顔を。ところで円卓の間にて重大な会議が開かれたようですね? 一体何を話し合われたので?」
「お前ならそんなこと聞くまでもないだろ」
フフ、と微笑を浮かべる。
「悪いが今お前と話している暇はない」
再びアルンは走り始めようと顔を上げた。
「アルン騎士団長、いくら体を鍛えているとはいえ、走ったら思わぬ怪我を負いますよ?」
「お前に心配される覚えはない」
アルンが走り始めようとした時だ。
大慌てで前から一人の騎士が走ってくる。
「ア、アルン騎士団長! い、いい所に」
「どうした? そんなに慌てて」
「そ、それが、た、たた大変なこと、に」
「いいから落ちつけよ。聞きづらいぞ」
は、はい、と息を整えること数秒、騎士は大声で叫ぶ。
「ディラルド司祭が牢の中で舌を噛み切り、じ、自殺を!」
アルンは目を見開き、
「なん、だと!? 監視は何をやっていたんだ!?」
「そ、それが、王族の命令で誰もディラルド司祭の牢には近づいてはならない、と」
「それは大変ですね~」
その言葉とは裏腹にレーデの顔は笑みを浮かべたままだ。
「くそっ、すぐに医療専門の術師を、それからお前は急いで他の騎士団長に知らせろ!」
「は、はい!」
(なんなんだ! これも偶然の連鎖だっていうのかよ、ラナ!? これで俺達はディラルドを引き渡すという選択肢が無くなり交渉に着く前提がなくなった! しかもディラルドが知っているはずの記譜結晶の生成法を知るすべもなくなった、聖十字教会から奪う以外に! これじゃ戦争になるのは避けられないじゃないか!)
「ああ、そういえば……」
レーデはわざとらしく今思いだした、という素振りを見せながら、
「第五層の地下へと続く階段で騎士を一人見ましたよ? 今思えば、騎士団長ではありませんでしたね、
騎士団長でもない一般の騎士が入ることが許されない第五層、しかも地下に一体何の用があったのでしょうね?」
息が詰まるのを感じた。
「あんなに走って、ね」
心臓の高鳴り以外の全ての音が消えた。
「レーデ…… 何が言いたい」
「何も。ただ私は不思議に思っただけですよ?」
◇ ◆ ◇
第五層の地下。
昔は拷問に使われていたと聞くが、今はただの用具置き場になり果て使われていないと聞く。
光はなく、数メートル先が見えない。だが、ずっとほったらかしのせいか置いてある物も少なく、暗くとも注意すれば何かにぶつかることはなかった。ただ歩くたびに床に積っている埃が舞い上がる上、カビ臭いにおいが時折足を止めさせる。
「ウェンスいるのか!?」
しばらく歩いて、そんな時だ。
アルンは走った。
何かにぶつかり派手な音を立てて何かが崩れる。
埃が舞い上がり、喉に異物感を感じ咳き込む。
だがある一点を見つめたままアルンは走った。
ただ、走った。
やがて立ち止まり、動かなくなって、
アルンの目は瞬きせず、ただ一点を見つめていた。
―――― 俺はアルンの背中に立つ
俺は誰に背中を任せればいいんだ?
壁に背を預け、力無く手と足を投げ出し、頭は前に項垂れピクリともしない。
そして胸から床に流れる真っ赤な血。
―――― いつかきっと
強くなるんだろ?
アルンは微かに、そして掠れた声で何事か呟く。
嘘だろ?
なぁ返事してくれよ
嘘だろ?
なぁ……
「ウェンス……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます