003 円卓の間

 円卓の間、それはアカディア王国の行く末を決めるために使われる特別な部屋だ。場所はアカディア城の中央塔を囲む第五層、王族に近しい者もしくは騎士団長以上でなければ入ることは許されない所にある。

 アルンは緊張した様子で両開きの大扉に手をかける。というのもこの円卓の間が使われたことはここ十年ないと聞いている。少なくともアルンが入るのは初めてだった。

 滅多に使われていない証拠に扉は重く軋む音を響かせながらゆっくりと開く。


 窓の一切ない部屋、どころか装飾品の類も一切ない、がそれ以上に目を引いたのは部屋の中央にある円形の大きな木製のテーブルだ。見た目からしてとても古いようで、この城でこれ以上古く歴史を感じさせるものはないと言っていい、そんな印象を受けた。


「遅ーぞ、坊主」


 とても低い声、この声はアカディア王国第四騎士団団長を務めるグレイド・フィルゲイト。とてもガタイがよく、騎士団一のパワーを誇る肉体派。褐色の肌に鍛えられた筋肉の鎧、歳は確か50前半だったか、騎士団長になったばかりの頃は、なんだそのナヨナヨした体は!俺が鍛えてやるっ、と地獄トレーニングに夜な夜な連れて行かれたっけ、今でも時々あるから困る。

 よく見ると、円卓に並べられたイスは全部で七つだ。その内埋まっているのはグレイド騎士団長を入れて三つ。


「お前、うっせーよ。筋肉バカが」

「なんだと、オークス!」


 派手な音を立ててグレイド騎士団長が立ち上がり、オークスと呼ばれた男性、アカディア王国第五騎士団団長オークス・ロディオを睨む。

 アカディア王国第五騎士団は騎士団の中で唯一、術師を中心とする特殊な騎士団である。よって鍛える必要のないオークス騎士団長は肉体派のグレイド騎士団長がどうしても苦手、らしい。

 歳は確か30後半、いつもの袖のない黒いシャツに黒い革ズボン、確かこの革ズボンはクラウンボアとかいうとても高級な素材で作られたものらしく、会うたびに自慢されたのは正直うざかったな。悪い人ではないのだが。


「あんた達うっさいのよ! 喧嘩なら他でやりなさいよ!」


 先輩の騎士団長二人にこれだ。

 そう言い放ったのはもちろん第二騎士団団長ラナ・フォードだ。ホントに肝が据わってるな……


「て、てめ、毎回言ってんだろ、一応先輩なんだから敬語を」


 堪らずオークス騎士団長が指摘したが、


「同じ騎士団長なのになんで敬語なんか使わないといけないのよ。てかその服装だっさいのよ。もっとましな物着なさいよ!」

「おーーい、こいつ言っちゃいけねーこと言いやがったぞ。こいつ審理にかけるぞ、絶対かけてやるぞ」

「ガハハハハ!」


 と騒がしくなった所で、アカディア王国騎士団総団長ルウァイト・ランベルトが部屋に入ってきた。


「お前達相変わらずだな、大概にしろよ」


 そう言って、ルウァイト騎士団長は席に着く。


「アルンお前も座れ、適当でいい」

「あ、はい」


 ルウァイト騎士団長に促され、適当に、ルウァイト騎士団長の隣が空いていたので座った。


「ルウァイト騎士団長、こいつ言葉が全然なってないんだ、審理にかけてくれよ」

「こんなんでかけられるわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」

「元気がいいなっ、こりゃ騎士団の将来も安泰だな。ガハハハ」


 席はこれで五つ、残りは二つだが、


「ルウァイト師匠、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだアルン」

「この円卓はずっと昔からあるって事はこの古ぼけた色の感じで分かるんですが、だったらなぜ席は七つなのです? アカディア騎士団は全部で五つ、そしてそれらを総べる総団長をいれて六つ、六つあればいいのでは? それとも昔は第六騎士団まであったのですか?」

「この円卓は騎士団のための物ではないのだ」

「どういうことです?」

「私も詳しくは知らんが、いや知ってはならない事なのだが」

「禁忌、ですか?」

「なんでも“極の夜”を終わらせたという者達がこの円卓で話し合ったという言い伝えがあってな。このアカディア王国は歴史も古く、今では知る人も記録もないのだが、“極の夜”の時代からあったなんていう者もいるぐらいだ」

「てことは“極の夜”を終わらせたのって七人ってこと?」


 いつの間にか話を聞いていたのか、ラナが興味のありそうな顔で話しに入ってきた。


「たった七人で終わらせることなんて無理に決まってんだろ」

「何よ、アルンはだまってなさいよ」


 まぁそうだな、と苦笑交じりにルウァイト騎士団長は続ける。


「“極の夜”は神族と魔族の戦い。そんな人間とは次元の違う二つの種族が争っていたのだ。たった七人で終わらせることが出来るはずがない。非力な人間には尚更だ」

「遅れましたー」


 間の抜けたこの声は、間違いなくアカディア王国第一騎士団団長クロウ・サザランドだ。

 銀色の髪をだるそうに掻きながら、そのやる気のない目の通り、集合時間を一杯に遅れているにも関わらず急ぐ様子もなくトボトボと歩いてくる。


「“極の夜”なんて存在するかどうかもわからないことを話しても仕方ない。ちょうどクロウも来たとこだし始めるとしよう」

「なんだそのやる気のない目は! もっとシャキッとしろ!」


 早速グレイド騎士団長から喝が飛ぶが、それを一切意に反さずハイハイ、と流しながら席に着いた。


 ◇ ◆ ◇


「さて、皆知っていると思うが、先日レゾスタにて記譜結晶に関わる、我々アカディア王国にとって重大な事案が発生したわけだが、その首謀者、一級の権限を持つラルバ市長は死亡して一応の解決はした。だがラルバ市長の研究に目を付けた聖十字教会がその協力者として司祭ディラルドをラルバ市長に近づけていた。よって記譜結晶の生成法はすでに聖十字教会に伝わっていると考えるべきだ。我々においても生成法は、牢に投獄してあるディラルド司祭に対し近々取り調べが行われることから解明にはそう時間はかからないだろう」

「記譜結晶なんてそんな重大な物かね~」


 肉体派のグレイド騎士団長らしい意見だ。


「これだから筋肉バカは」

「なんだと!」

「いちいち譜を構成しなくとも術を発現出来るんだ。我々術師にとっては夢のアイテムさ」


 まぁ俺はそんな物頼る必要ないがな、とオークス騎士団長の顔は自慢げだ。


「ルウァイト騎士団長、ディラルドを牢に投獄して取り調べを行う、と言いましたが、そんな長い期間置いていけるものなのですか?」

「その通りだ、ラナ。先ほど、聖十字教会から引き渡し要求が来た」

「勝手だな。多くの人が死んだんだ。引き渡せる訳がない」

「私もアルンに賛成ね。そもそも今回の事件はアカディア王国の領地内だから不可侵条約も対象外だわ」

「俺も引き渡す必要はないと思うが? お前もいつまでボーっとしてる、参加せんか」


 グレイド騎士団長の太い腕が今にも寝てしまいそうに頭が上下しているクロウ騎士団長の肩を叩く。


「あ? 終わった?」

「寝てたんかい! お前は!?」

「ほっとけよ筋肉バカ、そいつに真面目にやれってのが無理な話さ。それよりもルウァイト騎士団長、無理なんだろ?」

「ここからが本題だ」


 顔の前に両手を組み少し考えた様子で、意を決したように息を深く吸い口を開いた。


「二週間後、我々アカディア王国と聖十字教会はいづれにも属していない街、ローメンスにて会談の場を設けることとなった」

「ガハハ、それはまた辺境にある街だな。だがうまくいくとは思えんな、その会談」

「その話し合いの如何によっては聖十字教会に戦争をしかけることになるだろう」


 グレイド騎士団長の目が鋭くなり、オークス騎士団長がかすれた口笛を鳴らし、ラナ騎士団長は息を飲み、


「ダメだ!」


 イスが倒れ、それでもアルンは円卓に両手を叩きつけ立ち上がり、叫んだ。


「不可侵条約を破棄したら、街の人の生活はどうなる!? それは今ある平和を犠牲にしてでもやるべきことですか!? そもそも、知っているでしょ? 記譜結晶は人の命を材料にする、そんな呪われた技術、いくら聖十字教会でも」

「アルン…… だからこそ、ではないか? 聖十字教会は巨大な組織だ、だが我々アカディア王国に比べたらそこまでではない、記譜結晶はそんな地位の向上を可能にする、可能性のある物だ。そんな技術を持っていたらどうする? 人の命を犠牲にしてでも使うかもしれない、その可能性があるのだ。それに上はそんな技術が他にあることを良しとはしないようだ。これは王族の命令でもあるのだ」

「……それが王族の意思ですか?」

「正確には、聖十字教会に危険な技術を持たせるな、だ」

「命より技術ですか」

「アルン、口がすぎるぞ。技術を渡さない、それはつまり後の多くの人の命を守ることに繋がっているのだ。王族は何よりも国を守る選択をせねばならない。そして我々は王族の、このアカディア王国の剣でなければならない。忘れたわけではあるまい?」


 顔を俯き、静かに頷く。


「坊主、考え過ぎだ。まだ戦争になると決まったわけでもない。それに例えなったとしても戦うのは我々騎士団だ。街の生活にそこまで影響はなかろうよ」

「そうだぜ? それに記譜結晶なんて危険な物を聖十字教会に与える方がどうなるか分かったもんじゃねーよ」

「アルン……」

「近々正式な発表があると思うが…… 二週間後の会談の如何によっては聖十字教会との戦争を覚悟せねばならない。各自準備に努めよ。以上だ」


 その言葉を合図にオークス騎士団長は立ち上がり円卓の間の外へそそくさと出ていき、グレイド騎士団長は隣で眠りこけるクロウ騎士団長の頭を思いっきり叩き、会議の終了を知らせる。

 未だ立ったまま俯き続けるアルンの元にラナが歩み寄る。


「会談がうまくいけば戦争にはならない。きっとまだ大丈夫よ」

「……違う。ホントに不安なのは」


 と、突然にグレイド騎士団長が低い声で声をかけてきた。


「そうだ、坊主、ウェンスがどこ行ったか知らねーか?」

「え? ウェンスですか?」

「ああ、今日の朝練にいなかったからよ。あいつが来ないなんてのは初めてでな、ここに来る前に宿舎の方を覗いて来たんだが誰も朝から見てないって言うし。実はこの会議が終わったら探そうと思ってたんだ。お前あいつと親しいだろ? 何か知らないかなと思ったわけだが」

「い、いえ。見ていませんが」

「そうか、悪いがお前達も探してくれると助かる。ホラ、終わったぞ、クロウ」


 おいコラ一人で歩け、と文句を言いながらグレイト騎士団長、そしてフラフラとした足取りでクロウ騎士団長も円卓の間を出て行った。


「ラナは見たか?」


 ラナは首を横に振る。


「なぁ、確かあいつ、俺が城を出ていく時、何か考え込んでる様子だったよな?」

「ええ、あれからもずっと考えこんでる様子で…… そういえばずっと何か調べてたような」

「調べてた? 何をだ?」

「さぁ、そこまでは」


 心臓の音が妙に大きく聞こえる。


「あの生真面目な性格のやつが朝練に来ないはずがない」


 アルンは走った。


「ちょっ、アルンどこ行くの!? 一回ぐらい休みたい時だって」

「あいつに限ってありえねーんだよ!」


 心臓の高鳴りは一向に収まらず、それどころか強くなるばかりだ。

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