002 蠢く影
三大国の一つに数えられるアカディア王国の中心、アカディア城は王族の住まう中央塔を五角形の建物が五層に囲む。それは王族を守ることを目的としていたが、今ではそれよりもアカディア王国の中心に王族がいることを示す、という意味合いの方が強くなっている。
一番外側の建物を第一層、その内側を第二層、そして順に第三層、第四層、第五層となっており第三層までは城の関係者であれば入ることが出来るが、第四層以降はその入場が厳しく制限されている。そして王族の住まう中央塔を唯一結ぶ空中回廊は騎士団長であっても通ることは滅多に許されない。
その第四層の建物の一角にある小さな部屋に、レゾスタから戻ってすぐ休む間もなく連れてこられた少年、アルン・フェイドはいた。
アルンの顔は少々不機嫌だ。
なんせ少し休ませてほしい、と言う間もなく引っ張られるように連れてこられ、ならせめて呼び出した奴に文句の一つでも言おうと部屋のドアを開けたら、そこにいたのは右目に傷を持つアカディア王国騎士団総団長ルウァイト・ランベルトだ、開きかけた口が速効で閉じたのは言うまでもない。そもそも城に急いで戻って来いと言ったのはこのルウァイト騎士団長なのだから、部屋の中にいるのも当然と言えば当然だが。
「なるほど。レゾスタ市長ラルバは魔族になるために実験を繰り返し、その最中偶然に生まれたのが記譜結晶。そしてその記譜結晶の技術に目を付けたのが聖十字教会司祭ディラルド、か。それで記譜結晶の生成法についてだが」
「具体的な詳細については、レゾスタの地面の下なので、もう誰も生成することはできないと思います」
ルウァイト騎士団長は僅かに目を伏せ、
「お前が知らなくてよかった」
「え?」
「いや、何でもない」
ルウァイト騎士団長は立ち上がり窓から見える中央塔を見上げる。
「人の命を使うなど、許されるものではない……」
アルンもルウァイト騎士団長の視線を追う。
王族の住まう中央塔。何人も入ることは許されない、ルウァイト騎士団長でさえ入ることが出来ないこの世と隔絶した空間、見えているのにこの手が届くことはない。
だけど俺の目指すものはきっと届く、いつかきっと。
「わかった、もう行っていいぞ。今回はよくやってくれた」
「はい」
「ゆっくり休むといい」
◇ ◆ ◇
自分の部屋に入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、
「アールーン」
この聞き覚えのある声に軽く頭を抱え、思いっきり嫌な顔をして応えた。
「何よ、その顔は!」
「何か用かラナ? 俺は疲れているんだが?」
第二騎士団団長ラナ・フォードだ。
「あ! お、お土産は今回は頼まれてないからな!」
前回はお土産を忘れたせいで思いっきり床に叩きつけられたが、てかそもそもお土産を買ってくるなどの返事はした覚えはないのだが。
何があっても対応できるように構え警戒するアルンに苦笑をもらし、
「違うわよ」
「じゃ、じゃあ、あれか。今からお土産買ってこい的な」
「アンタは私を何だと思ってんの! 今回の事件のことよ。大体は聞いたけど…… 多分この事件まだ終わらないわよ」
「どういう事だ?」
「後で正式に伝えられると思うけど、円卓の間に騎士団長全員が呼ばれることになってる」
「円卓の間に騎士団長全員が…… 一体何を」
円卓の間は重大な、アカディア王国の行く末にとって重大な事を決める、もしくはそれについての意見を聞くために使われる、とても重要な意味を持つ部屋だ。
ラナは少し考え込んだ様子で、ゆっくりと口を開く。
「これは私の憶測だけど、アカディア王国と聖十字教会は不可侵条約を結んでるじゃない?」
「ああ、無駄な争いを避けるためだろ? アカディア王国は戦力を消耗したくはない、聖十字教会は自らの教えを布教するために。て待てよ、まさか今回の事件が聖十字教会の一方的な不可侵条約破棄になるって言うんじゃないだろうな? そもそも今回の事件の原因はレゾスタ市長の、身内が起こしたものだぞ? 確かに聖十字教会も関わってはいるが、不可侵条約破棄に繋がるとは」
「そうじゃない。むしろ破棄するのは私達かもしれないってこと」
一瞬アルンは言葉に詰まり、
「何を」
「考えてアルン。記譜結晶の生成法は本当にレゾスタの地面の下に消えていったの? 聖十字教会司祭のディラルドがその生成法を誰にも言わずにいたと思う? 違うわ。すでに生成法は聖十字教会の中心まで伝わっていると考えるべき、そう考えない?」
「つまり…… ラナはどうなると考えているんだ?」
「記譜結晶の生成法はアカディア王国がずっと知りたがっていた技術。生成法についてはラルバだけしか知らなかった時は手が出しづらかったけど、今だったら捕えたディラルド司祭に吐かせればそれで済む。そしてこの技術は独占したいはず。そうね…… 記譜結晶の非人道的な生成法は許されるものではない、という正義の名目を掲げ…… 下手したら戦争になる」
(なんだこれは……)
「ちょっ、何その顔は。まだ戦争になると決まったわけじゃ」
「俺のとった行動が戦争に繋がったのか?」
「何言ってるの、アルン」
(この気持ち悪い感覚はなんだ……?)
「だから戦争になるかもっていうのは本当に最悪なパターンで、アルンがラルバ市長を止めなかったらもっと多くの人が死んでいた。そうでしょ? 今の結果だって幾つもの偶然が繋がったにすぎないわ」
少し考えた様子で、
「ディラルドは今どこにいる?」
「彼だったら地下の牢に入ってるはずよ。ただ、今は会えないわよ?」
「何でだ?」
「さぁ、なんか王族からの命令らしいけど」
(くそ…… 何か引っかかる。一体何が)
「ねえ、アルン」
アルンは考え込んだ様子で一切反応を示さない。
うりゃっ、とラナの手がアルンの頭を軽く叩いた。
「痛て!」
「屋上行かない?」
「屋上? 何で?」
「いいから」
頭を抑え、目をパチパチとさせて困惑するアルン、その手をラナは有無を言わさず掴み引っ張っていった。
◇ ◆ ◇
城の屋上から見える景色は雄大だ。
眼下には多くの人の行きかう中央アーフェリア大陸最大の街、その向こうには緑生い茂る広い広い森、そしてその先には幾つもの巨大な山が連なりそびえる。
「今日は風が強いね」
栗色の髪が風になびき、その一本一本が陽光を反射し絹の様な光沢を放っている。
「ああ」
それに比べて俺の髪は真っ黒だ、何の面白味もあったもんじゃない。いや、それよりも嫌なのは光を全く宿さない眼、時折自分でも気味が悪いと感じる。こればかりはどうしようもないのだが。
「覚えてる? 一年前の騎士団長任命式のこと」
「忘れるかよ。俺の夢へ一歩大きく前進した日だ。その夜の事も覚えてるぞ。お前、間違えて酒飲んで庭の噴水に飛び込んだろ」
思わずその時のことを思い出し吹き出しそうになる。
「いいから、忘れなさいよ」
ラナは少し頬を赤らめ、睨んできた。
「本当にうれしかったのよ。あんたとは騎士団候補生の時から一緒だったし」
「ああ、一年先輩だからって散々こき使ってくれたなぁ」
「感謝しなさいよ。一人ぼっちだったあんたに声かけてやったんだから」
「ヘイヘイ」
風の音だけがしばらくの間、二人の間を流れた。
「姉さんは見つかりそうなのか?」
ラナは無言で否定する。
「助ける手立ては見つかりそうなの?」
アルンも無言で否定する。
と、同時に二人は笑みをもらす。
「お互い大変よねぇ」
「ハハ、そうだな」
「いい? アルン、あんたにはやらなきゃいけない事があるんでしょ? だったらそれまで絶対に立ち止まっちゃだめよ? 進み続けなさい、どんなことがあってもね」
「ラナ、お前こそ、あきらめるんじゃねーぞ」
言われるまでもないわよ、と再び目の前に広がる雄大な景色にその視線を向けた。
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