過去と現在と
時の止まった日
001 失ったもの
アカディア王国第三騎士団団長アルン・フェイド。
歴代最年少で騎士団長に昇りつめた天才、その剣の腕はあの“不可視の刀神”と呼ばれるアカディア騎士団総団長も認める程だと聞く。
前に一度、秘薬の調合のために村を訪れ行動を共にしたことがあったが、確かにその時見た彼の戦闘は、術も使わず黒書の障壁を破壊するというとんでもないものだった事はよく覚えている。
とはいえ彼の性格は印象とは異なるものだった。騎士団長というよりその年相応の普通の男の子のもの。私と同い年ぐらいか、もしかしたら年下なのかもしれない。
そんな彼が今、ベッドで目を閉じ眠っている。
川のほとりにうつぶせに倒れていた彼はとても衰弱した様子で、何より体中が傷だらけで、特に左肩の傷はとても深く一歩遅かったら壊死していてもおかしくないほどだった。騎士団長の、彼ほど力を持った者が一体誰に、どうして……
「アルン騎士団長様……」
「ああ……」
何気なく漏らした騎士団長の名前に、反応する声。
「アルン騎士団長様!?」
かすれた声を発し、弱弱しく瞬きをした少年の顔がこちらを向く。
「アーティ、か久しぶりだな」
そう言って微笑をもらした少年は顔に痛みを浮かべながらも起き上がろうとする。しかしそれはアーティが肩に手を当て制した。
「横になっててください」
「ああ、まだ少し痛いな…… 悪いな、助けてもらったみたいだ」
「また会うとは思っていましたけど、まさか傷の治療をすることになるとは思いませんでしたよ」
「ハハ、そうだな。ところで」
アルンは辺りを目だけで見回し、
「ここはローグの…… アーティの家か?」
「村の近くの川のほとりで倒れていたんですけど、覚えていませんか?」
「そう、なのか。あの時は何も考えていなかったな、ただ走って…… 気が付いたらここだ」
窓にかかるカーテンが風になびき、差す陽の光がアルンの目を細めさせる。
「俺は運がよかったな。いや必死に、助かるためにアーティを当てにしたのかもしれない」
「その……」
アーティは言いづらそうに数秒口を閉じて、
「アルン騎士団長様、聞いてもいいですか?」
「もう違うんだ」
「え?」
「俺はもう騎士団長じゃない。だからそう呼ぶのはやめてくれ」
「何が、あったんですか?」
アルンは手で目を覆い、
「親友が殺された」
アーティの胸に小さなトゲが刺さったような痛みを感じた。
胸の前に両手を重ね、つい先日あったことを思い出す。
「一体何が?」
アルンは何かを考え込み一度頭を振ると、顔をしかめながらもどうにか半身を起こした。
「ありがとな、俺はもう行くよ」
「ちょっ、何考えてるんですか!? 死にますよ!?」
「城は今頃反逆の罪で俺を追っているだろうからな…… 迷惑をかけたくはない」
「は、反逆って…… どういう」
「そのままの意味だよ」
近くに立てかけてあった刀を確認したアルンは立ち上がり、しかしバランスを崩すとそのまま力が抜けたように床に倒れ込む。がその前にアーティがその体を支えた。立ってるだけでも辛そうに荒い呼吸を繰り返すその姿は以前の騎士団長とは似ても似つかないものだ。
「君が何をしたとしても今出歩くのは私が許しません。助けた命をわざわざ消させはしません」
「俺は王に剣を向けるという最悪な罪を犯したんだぞ。かくまってるだけでも…… 罪になるぞ」
「ここは城から遠く離れた位置にありますし、数日は大丈夫です。せめて私に体を預けなくてもいいようになるまではいてください」
そう言って笑いかける。
「言ってくれるな」
アルンは少し笑うと、目を閉じ静かな寝息を立て始めた。
◇ ◆ ◇
「
アルンの顔は納得いっていないといった顔で目の前で考え込むアーティを睨んでいる。なぜなら治療の料金として、言うつもりのなかった事情を全て無理やり吐かされたからだ。笑顔で、誰のおかげで助かったんでしょうね~? 結構貴重な薬も使ったんですけど~? と、言われたら言う以外の選択肢はないに等しかった。
「俺は術には詳しくないが…… 影に干渉するなんて界素で可能なのか?」
「<木>の性質が一番近いかもしれません。ですが恐らくそれだけでは不可能です。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「いえ…… なんでもありません。すみません、私も初めて聞く術式なので何とも」
と、言ったところで、鈴が鳴った。
次いで、扉を開け入ってきたのは白い髭に白い髪の村長ギドだ。
「アルン騎士団長様、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。この度は魔物の集団に襲われるとは何とも大変な事に…… 傷が癒えるまでどうぞこの村で休んでいってください」
「え、何言ってヴッ」
と、村長の見えない所でアーティの肘がアルンの脇腹に食い込む。
「アルン騎士団長様は疲れていますので、後ほど村長の家にうかがうそうです」
「い、今アルン騎士団長様に何かしなかったか?」
ギド村長は不自然に体勢を傾けているアルン騎士団長をいぶかしみ近寄ろうとしたが、アーティがその進路を無理やり塞ぎアルン騎士団長を背後に隠すようにそそくさと移動する。
背中越しに、どいうい事だよ、と小さな声で訴えてくるアルン騎士団長を無視して笑顔で応える。
「いえ、何もしてませんよー」
「む、そうか? いやまぁ確かに少し早かったかもしれんな。後でぜひお立ち寄りください」
そう言ってギド村長は帰っていった。
「な、何すんだよ!? もしかしてお前」
「いろいろ面倒だったから、アルン騎士団長様は任務の途中魔物の集団に襲われこの村に立ち寄った、そういう話になっていますから」
「俺が魔物の集団なんかでこんな怪我するわけないだろっ」
アーティは目をパチパチさせて、
「え、そこなの?」
「他に何があるんだよ」
途端に笑いだすアーティ。
「ね、ねぇアルン騎士団長様って歳いくつなんです?」
「なんだよ急に。17だよ」
ああそっか、同い年なんだ。
「やっぱり気が変わりました。少し外を散歩しません?」
「外? さっき出歩くなつってたろ」
「肩貸しますから問題ありません」
◇ ◆ ◇
やや沈みかけている太陽が二人の影を大きく伸ばす。アルンの歩き方はぎこちなく、私に体重を極力かけないようにしているようだがうまくいっていないらしい。
「大丈夫ですよ? 私に体を預けてもらっても」
「そんなこと、できるか」
変に意地っ張りなとこあるんだなーとすぐ横、必死な顔をしている騎士団長様を見て思わず笑いそうになった。
風が吹くと少し肌寒い。それでも肩に触れるお互いの手は暖かく人の温もりを感じることができた。
前を見ると、陽が深い森の中に沈みかけ橙色に空を染め上げている。遠くの方ほどその色は濃くなっていてとても綺麗だ。
夕日と言えば、アルン騎士団長の顔が少し赤らんでいる気がして熱でもあるのかと尋ねてみたが、それは夕日のせい、と何故か強く言い張っていた。少し腑に落ちないけど、まぁそれなら心配ない。
それから村をゆっくりと歩きながら他愛のない話をした。
この村の家は綺麗だなと言うので、ほとんどの家は村の外に生えるアルデネの木で出来ていて木目が美しいのが自慢だ、と話した。規則正しい金属を叩く音が聞こえてくると、鍛冶屋のロイウッドさんはすぐに金槌を壊す困った人だ、と話した。前を歩いてきた仕事帰りの人に恋人に間違えられてからかわれると、見ているこっちが恥ずかしくなるような仲のいい夫婦がいる、と話した。
そして村一番の親友がいる、と話した。
「ああ、あの面白い子だろ?」
「あまりからかわないでくださいね。怖い人だって思われてますよ」
「まじかよ、ちょっとショックだ」
ふふ、と微笑を漏らし、自業自得です、と言う。
「……アルン騎士団長様はこれからどうするんですか?」
「だからもう騎士団長じゃないって。そうだな…… 正直わからない。今の俺には何もないからな」
「それは嘘ですね」
アーティの視線がアルンの左手、未だ強く握り続ける一本の刀に向く。
今まで自分で握りしめていた事に気付いていなかったのか、アルンは立ち止まり左手に握る刀を見つめ立ちつくす。
口を閉じたまま数分。
「約束、したんだよ」
アルンは力無く膝を折り、一人の少年の体重が肩にかかるのを感じた。
「俺は誰に背中を任せればいい……?」
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