011 愚者の言葉5 神の使途
「聖十字教会のディラルドだな? これは一体何の真似だ」
膝を地面に付け、こめかみの辺りから一筋の赤い血が流れる。
最も単純な衝撃だけを込めた術。だが界素を感じることの出来ないアルンにとって、その不意の一撃は避けることのできない不可視の攻撃に等しい。
ディラルドはアルンを一目見ただけですぐにラルバに視線を移す。
「ラルバ市長、いくらなんでも王国の騎士団長を一人でどうにかできるわけありませんよ」
「ああ、少し甘く見ていた」
アルンは理解する。
「さて、アルン騎士団長。分かったと思いますが」
頭から流れる血を乱暴に拭きとり、
「アカディア王国所属レゾスタと私達聖十字教会は、このように」
大きく後ろに跳躍した。
「繋がっているのでございます」
その言葉と同時にアルンのいた地面が大きく陥没した。
舞い散る石の破片の隙間に見えるのは、五指が大きく開かれ何事か呟くラルバと、石の地面に手をつけ顔に大きな笑みを浮かべるディラルド。
(させるか!)
アルンは片足で着地してすぐ重心を前に落とし強く踏み込むと、その勢いそのままにさらに踏み出し、一気に速度を上げる。顔を向けたのはノータイムで術を発動できるラルバではなく、ディラルドだ。
一瞬の時間でアルンの刀はディラルドの目の前まで迫ったが、顔の前数センチで弾かれる。だが背後からの術の発現はない。当然だ、ラルバの術は規模が無駄に広い、今俺に向けて放てば目の前にいるディラルドも巻き添えをくうことになる。
「なぜ魔剣を欲しがる!?」
ディラルドはその名前を聞き一瞬驚くが、すぐに笑みを浮かべ大きく後ろに引き口を開く。
「
突如、アルンとディラルドの間に白い円が出現する。その円の一点が光ってすぐそれは縦に伸び同時に現れた横に伸びる線と交差し円の中に十字を描く。その瞬間、白銀の鎧が円の僅か上空に音もなく姿を現した。
アルンにはこの鎧に見覚えがあった。
「これは…… まさか」
「見覚えがあるだろう? ただ目の前にいるのは、まぁどうやってアルン騎士団長が倒したかは知らないが以前のものとは大きく異なるがね」
「倒した?」
「やれ、神の使徒」
「オォォォオオォオオ!」
中身のない兜の奥から聞こえる獰猛な叫び声と共に、本来は手があるだろう空間に三メートルはある巨大な剣が出現し大きく振り上げられた。
恐らくこの鎧は術によって命令通りに敵を自動で攻撃するように設定されているにすぎない。それは以前の小さな森で出会った鎧達の攻撃能力が、お世辞にも高いとは言えなかったことからの推測。だがいくら攻撃しても崩れるだけで倒すことは出来なかったはずだが。
(ま、何にしても狙いは)
大きく振りかぶられた大剣、を左にわずかステップしてかわし、一歩踏み込む。中身のない鎧を横目にすぐに視線を前方、未だ笑みを浮かべるディラルドに向け距離を詰める。
「なぜお前達、聖十字教会がアカディア王国に所属する街と手を組む!? お前達が欲しいのは魔剣だろ?」
アルンの刀をディラルドは難なく物理障壁術式で防ぐ。
「アルン騎士団長が箱の中身をご存知なのは驚きですが、ラルバ市長と手を組んでいるのはまた別の理由があるのですよ」
距離を空けようと後ろに下がるディラルド、そこにさらに一歩踏み込み刀を振りぬく。
「ただ今この時において、アルン騎士団長を殺す、という目的は一緒ですがね。ラルバ市長は実験素材として、そして私達はあなたの持つ箱を」
「甘く見られたもんだな」
腰を落とし体を回転させ走らせた刀は再び物理障壁術式によって弾かれる、が弾かれた刀の握りを一瞬で逆にしディラルドの頭上から突き刺すように振り下ろす。
物理障壁術式は確かに強固だが発現は一瞬という短い時間、そして連続での使用はほぼ不可能だ。
これには驚きの表情を見せるディラルド、だがアルンの刀は髪の数本を捉えただけにとどまる。
大きく後ろに距離を取ったディラルドは落ち着きを取り戻した表情で一息つこうとして、だが風を切る鋭い音をさせながら迫る刀に目を見開く。
ディラルドは上体を後ろに反らし何とか回避する、がすぐにアルン騎士団長の背中が一瞬だけ見え、息をする間もなく一回転してきた刀が風を切り迫る。
「全て説明してもらおうか」
その言葉に対する反応はない、いやできない。
まるで嵐のような斬撃の連続にディラルドは息も出来ないでいた。
「ディラルド!」
アルンの刀がついにディラルドの利き手の右側、右肩を斜め下から切り裂いた。
刀は真っ赤な血を引きながら振りぬかれ、肩から吹き上がる血のすぐ隣には苦痛に歪むディラルドの顔。
「知りたいなら……」
よろめきながら叫ぶ。
「その身をもって知るがいい!」
アルンは背後に巨大な質量を感じ振り向く。
目の前には巨大な鉄の塊、鎧の持つ三メートルの大剣が空気を突き破る轟音を発しながら迫る。危ない、と考える前に足は動きバランスを崩しながらも回避する。
アルンはすぐに態勢を整え反撃を、するつもりだったが、その前に頭上に巨大な質量の落下する音が響く。
息を呑む、間もなく巨大な大剣が巨大な質量を伴い振り下ろされた。
凄まじい音と振動。
三メートルもの巨大な大剣はアルンの僅か右を通過し、地面に深く突き刺さり止まっていた。
「フム、まだ調整が必要の様だな」
アルンは大きく息を呑み戦慄を覚える。
三メートルの大剣を振り回しているにも関わらず、恐ろしいほどの切り返しの速さだ。
一体どんな高度な術式を込めれば、
「アルン騎士団長、こう思ったのではないですか? どんな術式を込めればこんな強力な人形ができるのか、と。答えは簡単です。ですがあなたにはきっと理解できないでしょう」
再び鎧は大剣を振り上げる。
「そうそう、城の方にはラルバ市長が、アルン騎士団長はレゾスタに行く道の途中で行方不明になりました、と伝えておきますから安心して死になさい」
巨大な質量の大剣がアルンの頭上から振り下ろされた。
アルンは大きく横に回避する、とすぐに後を追うように大剣が迫ってくる。それを刀で止めようとして、姿勢を下げ回避する。
こんなもの受けたら刀が折れるどころか俺が真っ二つにされかねない。
頭上に空気を突き破る轟音を聞きながら視界の隅に映るディラルドを見る。
かといって三メートルもの長さを避けるだけでも厄介なのにこう簡単に振り回されたら術者であるディラルドを狙う事も難しい。
幾つもの迫る巨大な斬撃を紙一重で避け、なんとかこの打開策を探るアルンの耳に異様な音が入ってくる。
燃え盛る音を響かせ、空気を熱しながら迫る実態のない火の槍だ。
幾つもの爆発する音を聞きながら前方に飛び込む。だが目の前に見えたのは手を向け構えているディラルド、次の瞬間には見えない衝撃により大きく吹き飛ばされた。
ぐっ、という短いうめき声。
アルンは痛みに顔をしかめながらも、舞い上がる土煙を切り裂き、迫る巨大な大剣を視界に捉え姿勢を低く大きく飛びこむ。恐ろしい速度の大剣、その僅か下を地面を滑るようにかわし、地面に手を叩くようにつけ回転、流れるように立ち上がり、そして戦慄した。
待ち構えていたかのようにアルンを中心とした地面に赤く光る円が浮かび、逃げる間もなく地面から炎の柱が天井まで噴き上がった。
「ラルバ市長、これは? かなり高度な術のようだが」
未だ地面から天井まで巨大な火柱が消えることなく激しく燃え続けている。
「最近完成した記譜結晶だ。今までの物よりも二つか三つ高ランクの術を刻むことに成功したよ」
「素晴らしい、この技術がさらに進歩すれば……」
「しかし、少し強すぎたか。これでは君達の目的とする箱の中身は」
ディラルドは徐々に弱くなっていく火柱を見つめ、
「問題ありませんよ、この程度でどうにかなるものでもない。それにどこか別の場所に隠している可能性の方が」
だが、ふと違和感を感じ眉をひそめた。
炎の柱に僅か、そして一瞬だけ銀色の光が煌めく。
「高いでしょう」
それは突然。
炎の柱が大きく揺らめき、弾丸の様に一つの影が飛び出した。
燃え盛る火の粉をまき散らし銀色に光る尾を引きながら、それは炎の柱から真っ直ぐと伸びラルバの左脇腹を貫いた。一瞬遅れて真っ赤な血が流れ落ちる。
ラルバは無言で、目を見開き目の前にいる少年を見る。
そしてその目は徐々に違和感を感じる自らの脇腹に向けられ、力無く非常にゆっくりとした動きで動き出した左手は次第にその震えを強くし脇腹を貫く刀に触れる。閉じていた口は限界まで開かれ、
「ギャアアァァァァァアア!」
悲鳴があがった。
歯をガチガチと鳴らし、その目は焦点が合わず忙しなく動き回る。
「バ、バカな! ありえない! なぜだ! どうして! ありえない! ありえない!」
ディラルドは大きく動揺し単語のみの問いをひたすらに喚き散らす。
そこにいたのは服を所々焦がし、顔に僅かな火傷しか負っていないアルンだ。
目にかかっている黒い髪を二、三度頭を振って払い、露わになった光のない真っ黒な目で、目の前、悲鳴を上げ続けるラルバ、次いで動揺を隠せないでいるディラルドを見る。
「お前ら、地面に穴空けすぎなんだよ」
「あ、穴だと」
ディラルドは目だけ動かし辺りを見回す。すると地面の至る所に石の破片が散らばり、同時に陥没している部分が多く見られる。
「ほ、炎の柱は地面から噴き上がったはずだ! 穴で回避できる術などではない!」
「今の術はすごい威力だったな。まともに食らってたらやばかった」
アルンは笑いながら続ける。
「記譜結晶は慣れていない術であっても即時発動を可能とする。なんせ元から術の譜は刻んのであるんだからな、念じるだけでいい。だがそれが仇になったな。いくら術が即時発動できても狙いはどうやってつける? 即時発動故にその狙いも即時でなければ意味がない。それを補うため、つまり狙いの正確性を高めるために術の発現に円形の印を用いたんだろうが」
ディラルドは気付き、怒りで顔を歪ませる。
「円形の印という術の発現地点を用いたことで、炎の柱が吹き上がるというその術の特性上、炎の柱は印から上に吹き上がる。理解したか? 記譜結晶で用いた術である故に、その術は回避されたんだ」
「や、やれ! 神の使徒!」
動きを止めていた鎧が大きな大剣を振り上げ凄まじい速度で走ってくる。
「いくら便利で強力な記譜結晶でも使い手が未熟なら役に立ちそうにないな、ラルバ市長」
声をかけられ焦点の合わない目がゆっくりと声の主、アルンへと向かう。
「ラルバ市長、考えろ。脇腹に刺さったこの刀、払われたらどうなる?」
ヒッ、という短い悲鳴を発し目からは涙が溢れだす。
口は震えながらパクパクと上下するが嗚咽する声がもれるだけで言葉は出ず、しかし顔を左右に振りながら震える右手を突き出した。
次の瞬間、赤い円が、人一人を対象とするような小さな円は描けないのか、アルンの一メートル後ろを中心として描かれた。そう、その円はアルンだけでなく、走り迫る鎧を囲みながら。
やめろっ、という悲鳴にも似たディラルドの声をかき消し、燃え盛る炎の柱が大量の火の粉をまき散らしながら天井まで一気に噴き上がった。
アルンがいるのは円の内縁だ、外までたった一歩、一歩踏み込むだけで円の外に出られたが、鎧はそうはいかないだろう。走り込み大剣を振り上げていた鎧は円の中心、逃げることはできない、そもそも命令を聞くだけのただの人形にそのような知識はない。
「おのれ! アカディアの騎士め!」
ディラルドは再び地面に手を付ける。
「二度は」
崩れ落ちるラルバを横目にアルンは地を蹴った。
「ねーよ!」
アルンの蹴りがディラルドの顎を蹴り上げ、上体を無理やり起こしたディラルドを回し蹴りで吹き飛ばす。石の壁に派手な音を立てて激突し、そのままディラルドは力無く沈みこんだ。
「ひとまず」
地面に力無く横たわるラルバとディラルド、そして炎の柱のすぐ近くの地面には巨大な大剣の切っ先の部分、それだけが術の発現外に出ていたのか、落ちていた。
「終わりかな」
燃え盛る炎の柱は次第に消えていき、後に残るのはアルンの静かな息遣いだけだ。
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