007 愚者の言葉3 ローブの男
濃青の空に二つの月が浮かぶ光景は幻想的だ。
アルンが散々迷い、レゾスタの街に着いたのはすっかり辺りが暗くなった後だった。
昼間は人の多く行き交う街の大通りも今は寂しく、時間を惜しみわざわざ危険な夜道を歩いてまで次の街に行きたい旅人や稼ぎたい商人は多くない。
(さて、どうするか)
大通りを見渡しても人はいないため、情報を集めようにも集めようがない。
(ひとまず宿をとるか)
今からとれるかなー、と大きな溜息をついていると、前から人影が三人近づいてくるのが見えた。
暗くて服装は分からないが真ん中を歩くのは背の高い痩身の男だ。
「これはこれはアカディア王国第三騎士団団長アルン・フェイド様、ですね?」
「お前は?」
「私の名前はディラルド・レギア。聖十字教会の司祭を務めさせていただいている者です」
よく見ると三人とも白いローブに、その首には十字のペンダントが下げられている。この十字のペンダントは聖十字教会を示すものだ。
「聖十字教会が俺に何の用だ?」
「この遅い時間ですし、宿をお探しかと。もしよければ私どもの教会にお部屋をご用意いたしますが?」
「わざとらしいな、ディラルド。聖十字教会がアカディアの騎士に部屋を貸す? 何が目的だ?」
「いえいえ、そんな滅相もない」
一瞬の沈黙。
「そうですね、余計なお世話でございました。私達はこれで……」
三人のローブの男達は元来た道を戻って行った。
(背には剣を隠していたな。襲いたくて仕方ないって感じだったが、俺だからうかつに手が出せなかった、てところか。だが目的はなんだ? 俺をアカディア騎士団の騎士団長と分かっていたのに手を出そうと考えた、そのリスクが分からない訳じゃないだろし)
何気なく歩いていると、ふと昼間に傷だらけの男から渡された白い箱の事が頭に浮かんだ。
白い箱を取り出し、
(まさか、これか?)
何かの術式が込められているだろう符に手をかけた。
と、突然、目の前の曲がり角からヒョイ、と男が顔を出す。
「お待ちください」
突然すぎる男の登場に思考が止まった。
「すみません、驚かすつもりはありませんでしたが」
「だ、誰だ!?」
服はボロボロでずいぶんとくたびれており、ローブらしいその服はゆったりしていて体を隠し、その裾は地面まで伸び足元が見えない。
「初めまして。私の名はレキ、と申します」
それは不思議な声だ。
まるで直接頭の中に語りかけられたかのような、そんな声。
フードを深く被っていて顔は見えないが、僅かに見える口元がニヤニヤと怪しく動く。
「怪しい!」
アルンは素直な感想を漏らした。
「怪しくありませんって」
大げさに両手を上げ首を振る。
動作一つ取ってもいちいち怪しい男だ。
「ふむ、では私はここから一歩も動きませんから話だけでも聞いてもらえませんかね~」
アルンは警戒しながらも尋ねる。
「話って何だ?」
「その箱の中身について」
「なっ」
「フフフ、いい反応です。けっこうけっこう」
(なんなんだこいつは)
アルンの驚きの反応が楽しいのか、僅か見える笑みをさらに増したレキは言う。
「さて打ち解けましたし。そうだ、立ち話も疲れるんで、あそこで話しましょう」
レキが指差したのは脇道に入口を構える、お世辞にもきれいとは言えない食事処。
アルンは思った。
もうどうでもいい……
◇ ◆ ◇
どこか暗い雰囲気が漂う店内はテーブルやイスが無造作に置かれ、店主は入ってきた俺達を一目見るだけの素っ気ない態度で迎える。客は予想通り誰もいなかった。
「さぁ遠慮せずに食べてください。ここはオムライスが美味しんですよ。あ、もちろんおごりではありませんよ?」
レキは笑みを見せながら陽気に喋っているが、アルンに睨まれていることに気付くと、
「早く話せ、て顔ですね。食べてからじゃダメですか~?」
「当たり前だ」
「あ、オムライス二つお願いします」
店主は無言で頷き厨房に入っていった。
「箱の中身ですが…… 魔剣って知っていますか?」
アルンは首を横に振る。
「では神族、については?」
「魔族と同程度の力を持った伝説上の種族だろ? 魔族はグリモワールの黒書っていう実在の証拠があるからいると言われているが、神族についてはその証拠が全くない」
「その通りです。伝説では神族は神器なる奇跡を起こす物を操ったと言われていますが…… その神器と同程度の力をもつ剣、それが魔剣です」
「その魔剣が箱の中身ってことか?」
「はい。魔剣レヴァンテイン、それが箱の中に入っている魔剣の名前です」
「魔剣レヴァンテイン……」
レキは、そして、と前置きし、
「またの名を神殺しの魔剣……」
「神殺し?」
「とはいっても、この名が指すのはもちろん聖十字教会が信仰する存在しない想像上の神ではなく」
「まさか神族という種族の方だと?」
「はい」
「おいおい、想像上のって意味では神族も変わらないだろ? 神族なんて存在しないものを殺す剣? なんだそれ」
「神殺しの真偽は定かではありませんが少なくとも聖十字教会はこの魔剣の力を信じているからその箱を狙いあなたに接触した。そしてそれはつまり聖十字教会は神族はいる、と考えているのでしょう」
アルンは少し考え込み、
「だとしても意味がわからない、聖十字教会は一体何がしたいんだ。殺したい神族でもいるのか? それにその神器と同程度、まぁホントにあるとするなら、だが、そんな物がどうしてここに」
「聖十字教会の目的は私にもわかりませんが、魔剣については全ては偶然だったらしいですよ、ホラこの街って記譜結晶の生産地でしょ? それに必要な金属の採掘中に見つかったとか」
「そんな偶然…… ん、待てよレキ、お前の目的はなんだ? この中身をなぜ知ってる? それともお前もこの魔剣とやらが欲しいのか?」
レキは不気味な笑みを見せ、
「いいえ」
否定した。
「私の目的はただ一つ。ただその箱の中身が何か、を知っていただきたかった。それだけです」
「なに?」
「実はその魔剣、私が作ったものでして。これから君がそれをどうするのかを考えただけで、こう笑みが…… ククク」
「これを作った!?」
「面白いじゃありませんか、ククク」
「一体どういうことだ……?」
「信じるかは自由です。とりあえず私のことは置いといてください。それでどうするのです? その魔剣。聖十字教会に渡します? 言っておきますけど破壊は無理ですよ」
そこで無愛想な店主が無言でオムライスを二つテーブルに乗せた。
「おお、来た来た。いつ見ても美味しそうですねー」
レキはオムライスを美味しそうに次から次へと口に運んでいく。
嬉しそうなレキとは対照的にアルンの内心は穏やかではない。本物かどうかも分からない危険な物がこの手にある上、これは本来の目的ではない。
本来の目的はここの市長が何をしているかを調べに…… そういえば。
「記譜結晶、か……」
レキは食べるのをやめずに視線だけ向ける。
「魔剣は封印する」
レキの手が止まりアルンをジッと見つめる。
「封印、ですか? まぁ、まず破壊なんて出来ないでしょうが」
アルンはオムライスを口に運び少しの笑みを見せる。
「無理ですよ。こんな強力な物を封印なんて、その白い箱の封印だっていつ壊れるかわからないぐらい消耗している」
「この街の記譜結晶。結晶に譜を刻むだったか、その技術を応用すればできるかもしれない」
「まさか、魔剣それ自体に封印の譜を刻むつもりですか?」
「破壊が無理なら、それが一番可能性の高い方法だと思うが?」
数秒無言でアルンを見つめるレキは、突然に大声で笑う。
「アハハ、すごいですね。まさか魔剣自体に封印術式を刻むのですか。面白い! これだからこの世界は……」
その後もレキは陽気に機嫌よくオムライスを頬張り喋り続けた。
「さて、私の用は済みましたので陰ながらあなたを見守ることとしましょう」
「いい趣味してるな」
「よく言われます」
レキは立ち上がり、一つ頭を下げる。
「それでは、ごきげんよう」
そう言い残し彼は突然に、その姿を消した。
「消えた!? 何かの術か?」
術に詳しくないアルンにはそれを知る術はない。
だがここでアルンは大事な事に気付く。
「あ、オムライスの代金……」
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