006 抗いの意思2 聖十字教会

 街の名はレゾスタ。

 アカディア王国に属している街の一つで、ここ数年で急激な発展を遂げた街である。と、いうのも記譜結晶の発明がその発展を可能にさせたといわれている。


 記譜結晶とは、未だ貴重品に分類されるが、陽譜の構成を可視化し結晶化させたもの。つまり、あらかじめ特殊な結晶に陽譜の構成を刻み、一から構成せずに術を発現できるという便利な物である。もちろん難度の高い陽譜は技術的、資金的な面から結晶化には成功していないらしいが、一般人でも簡単に術が使用できる点で、画期的な発明であった。まぁ、一般人がおいそれと買える金額でもないが。


 記譜結晶が未だに普及しない理由としては金額の面もあるが、一番は生成法である。

 単純な話、生成法が不明、なのだ。

 記譜結晶はレゾスタの独占状態で、王都からの再三の開示要求を全てはねのけている。故にレゾスタはその栄華とは裏腹に危険もはらんでいた。


 アーティはレゾスタの大通りを歩いていた。

 この街には商品の仕入れや素材を買いによく訪れていたのでこの大通りは見知った道であり、街の中央を貫いているため多くの人が行き交い、いつものように道の両脇には様々な店が並び客の取り合いに精を出していた。


「聖十字教会は、と」


 アーティは迷いなく歩き、しばらくしてから初めて周りをキョロキョロと見まわし始めた。これから向かう所は普段は近づく用も意味もないため訪れたことは一度もない。ただ、今回はその用があった。

 街に着く前の小さな森で傷だらけの男性の亡骸を見つけたのだ。

 その男性の首には銀色の、聖十字教会の紋章が刻まれたペンダントを下げていた。ミーシェルを急いで探したいところではあるが、ほんの十分程度、聖十字教会の者に知らせるぐらいはした方がいいだろう、という判断だ。


 街の大通りから入る一つの脇道。

 陽光が屋根で斜めに切り取られ石造りの道に光と影のコントラストを形作る。人通りもまばらで大通りの喧騒とは異なる静かな雰囲気が漂う。

 石畳の小さな階段の先にそれはあった。

 想像上の神の石造が見据える道を通り、正面に大きな銀色の十字架が飾られる木製の門。

 存在しない神を崇拝し、アカディア王国に属さず世界の多くの街や村にその教会を置く、世界的にも大規模な組織の一つ、聖十字教会だ。


 その白色の建物の大きさに思わず天辺を見上げる。

(一応何が起こるか分からないから注意はしとこう)

 警戒しながらアーティは門を2度3度ノックする。

 門から出てきたのは白いローブに身を包んだ背の高い痩身の男だった。


「これはこれは、旅の方ですかな?」


 首から下がる銀色の十字架が陽の光を反射し光っていた。


「はい、突然申し訳ありません。私はアーティ・フェンネルと申します」

「それで一体、我が教会に何の用ですか?」

「ええ、実はこの街に向かう途中、男性の亡骸を見つけまして。十字架のペンダントをしていたのでこの教会の方と思い、一応ご報告に」


 痩身の男は少し驚いた顔をして。


「そうですか…… ここではあれなので、中へどうぞ」


 教会の中は非常に殺風景だ。

 男性の案内で通されたのは簡素なテーブルとイスがある小さな客室だった。

 ここに来るまでにすれ違ったのは数人でこの教会の規模からすると少ないようにも感じたが……


「初めまして、私の名はディラルド・レギア。司祭を務めさせていただいている者です。それでその男性の方の名前は?」

「それがすでに…… 歳は30後半だと思いますが」

「そう、ですか」


 ディラルドは目を伏せ今は亡き者に黙祷を捧げた。


「そうそう、その方は何か持っておりませんでしたか?」


 アーティは首をかしげる。


「何か?」

「白い箱です」

「白い箱? 一体何の」

「……持っているのでしょう?」


 その瞬間、この小さな部屋に6人の白いローブを着た男が入ってきた。

 手には、教会に場違いな剣や槍といった刃物を携えて。


「これは何のおつもりです!? 司祭」

「隠しても無駄です。ただ素直に渡していただきたいだけですよ」

「ホントに持っていません。そもそもここはアカディア王国に属する街ですよ? そんなことをしてただで済むと」

「分かっていないのはあなたですよ。我々聖十字教会はアカディア王国と不可侵条約を結んでおります。故にここ教会内はアカディア王国内であってもアカディア王国には属さない、ここで起きることは全て我々聖十字教会内で起きた事にすぎないのですから、アカディア王国が関与する余地などあるわけないでしょう?」


 だからって、とアーティは反論しようとするが、

(何を言っても無駄かな、これは)

 ディラルドの目を見てその言葉を飲む込む。


「白い箱とか、仰っている意味がいまいちよくわかりませんが…… 私はここで時間を使う訳にはいきません」


 と、アーティは軽く笑い、<水>の陽譜を纏った右手を高く上に突きあげた。

 その瞬間、大きな轟音と共に木の床を砕きながら足元から大量の水が立ち上がる。

 司祭たちも驚いたようで悲鳴を上げる。


「な、なんだこれ!?」

「み、水? 何で!? どこから!?」


 アーティは水しぶき上がる小さな部屋を駆け抜ける。


「に、逃げるぞ! 追えー!」


 窓を叩き割り外へと脱出するが、そこには騒ぎを聞き駆けつけた白いローブの神官たちが大挙していた。

(なんでこんなことに)

 アーティは今のこの状況に顔をしかめ、全力で門の外へ走る。

 振りかぶられる剣を体を捻ってかわし、突き出される槍は一瞬の物理障壁術式で軌道をずらし空を斬らせ、次から次に来る刃物を巧みなステップでかわしていく。


「何をしている、たかが子供だろう!」


 ディラルドだ。

 そしてアーティは視界の隅に一瞬映ったディラルドの纏う陽譜を見て息を飲んだ。


「何、あの陽譜の構成……」


 アーティは目を見開き、思わず立ち止まって凝視しそうになったが、視線を無理やり門の方に向け直す。


「逃がすとでも思ったか?」


 と、そこに別の白いローブを来た神官がディラルドに近寄り耳打ちする。

 途端にディラルドは何を思ったか術式の発現をやめ、顔をしかめた。


「なんだと……」


 すぐにディラルドは門の外に逃げる少女から視線を外し背を向けると、周りの神官に声を上げた。


「お前たち、すぐに探せ」

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