006 眠る少女は穏やかに

「あ、あああ朝帰り!?」


 疲労の色濃い二人がやっとの思いで村に辿り着いた、その時。

 たまたま外に出ていて、たまたま村の入り口に差し掛かったミーシェルにすぐに見つかり、朝一に甲高い悲鳴じみた叫び声を聞くこととなった。

 しかも、顔を赤くし両手で目を覆いながら頭をブンブン振っている。また一人で暴走しているのは誰が見ても明らかだ。

 何かものすごい勘違いをしているであろうミーシェルを呆れた目で、再びの偶然の遭遇に待ち伏せしているんじゃないかと疑いの視線を向ける。



「ミーシェル、絶対に違うから…… この擦り傷とか、そっち注目して欲しいんだけど?」


 擦り傷のついた顔、所々焼け焦げた跡が残る服をこれでもかと見せつける。


「え、擦り傷?」


 ミーシェルはゆっくりと目を覆う指を広げていく、するとその視界に親指を立てたアルンが映りこむ。

 その瞬間、まるでゆでダコのように顔を真っ赤にしたミーシェルが、キャー、と叫びながら村の奥に走って行ってしまった。


「騎士団長様!?」

「あの子、本当に面白いな。何を勘違いしてるのかな~」

「騎士団長様、殴っていいですか?」


 アルンはすぐさま両手を上げて後ずさる。


「それはご勘弁を」


 はぁ、とため息をついて握りこむ拳を解く。


「後できちんと変な誤解を解いてもらいますからね」

「ハハ、いいよ」


 ところで、とアルンは尋ねる。


「秘薬はどのくらいで作れる?」

「その前にもう一つだけ必要な物があります」

「ん? 材料は全部揃ったんだろ?」

「秘薬なんて、材料が揃っただけでホイホイ作れませんよ。少なくとも私には」

「何がいるんだ?」

「触媒としてクロイツェルの水晶水が必要です」

「てことは、それもどっかから採ってこないと…… ダメ?」


 次第にアルンの顔から血の気が引いていく。


「いえ」


 と一言いって目の前の建物を見る。


「ここは?」

「ロイウッドさんの仕事場です」


 建物の中から規則正しく金属を叩く音が聞こえてくる。


「ロイウッドさん? この音を聞く限り…… 鍛冶屋か?」

「はい。私の勘ですけど、きっとここにあります」


 ◇ ◆ ◇


 フーと息をつき、ロイウッドは手ぬぐいを片手にドカッと座り込んだ。


「お前が噂の騎士団長様か。俺はロイウッドだ。よろしく頼む」

「私はアカディア王国第二騎士団団長アルン・フェイドです。よろしくお願いします」


 こんな子供がー? とジロジロとアルンを見ていたが、すぐにアーティに視線を戻す。


「どうしたんだ? アーティがここに来るのは珍しいな。か、金槌は無茶させてないぞ!」

「違いますよ。今日は別の用事で来ました」


 ロイウッドは首をかしげ、


「なら何しに?」

「先日、金槌を直すためにウチに来たじゃないですか。その時、確か珍しい金属が手に入ったって」

「ああ、あれか? ホラ、そこにあるだろ」


 ロイウッドが指差した方向を見ると、そこには拳程の透明な石が棚に大事そうに置いてあった。


「きれいだろ? なんだか気にいっちまってよ。飾ってんだ」

「触ってみても?」

「ああ、いいぜ」


 透明な石を手に取り、数十秒凝視する。


「どうだ?」


 と声をかけたのはアルンだ。


「やっぱりクロイツェルの水晶水に間違いないと思います。前に金槌を直した時に珍しい界素の構成が少し付着していたので、もしかしたらと思ったんですが」

「おお、てことはこれで出来るかもしれないんだな?」

「オイオイ、一体何の話をしてるんだ?」


 ロイウッドは怪訝な表情を浮かべている。


「ロイウッドさん、ぜひこの石を譲っていただきたい」

「なに!? いくら騎士団長様の命令でもそれは聞けないね~」

「タダとは言いません」


 アルンは指を一本立てる。


「なんだ? 一万か? 確かに魅力的だが」

「いえ、百万出しましょう」

「ひゃ!?」


 ロイウッドは途端に、その口を大きく開けたまま石像の様に固まり身動き一つしなくなった。


「ひゃ、百万って、騎士団長様そんなにお金持ってるんですか!?」

「俺が出すわけじゃないさ。城払いで」


 えーと、と呆れた声で一応確認してみる。


「……いいんですか、それ」

「俺、騎士団長様だし」


 案の定、そんな答えが返ってきた。


 ◇ ◆ ◇


 場所はアーティの店、そのカウンターの奥にある小さな部屋だ。

 棚に並ぶ色とりどりの液体や金属を珍しげに眺めるアルンと、小さなテーブルに十種以上の材料を並べていくアーティ。


「ここで作るのか?」

「はい、ここは私の工房ですから」


 アーティは材料を並び終えると、中心に置いてある一つの透明な瓶の中に、ニヤニヤと笑みの絶えないロイウッドが先ほど快く譲ってくれた透明な石を入れる。次いで透明な瓶越しに手をかざし、程なく石の端から一滴、透明な雫が湧く。それは重力にそって落下し、瓶の底を叩く小さな音が静かな工房内に響き渡った。

 そしてその音を合図としたかのように、すごい勢いで石の端から透明な雫が湧き始め、透明な石は溶けるように、ほんの数秒で瓶の中にあった石は透明な液体に変わってしまった。


「なんだ、何したんだ?」

「クロイツェルの水晶水って、形ある水、て言われてるんです」

「形ある水?」

「はい。石に見えてたと思うんですけど、実はあれ液体です。といっても界素レベルの話ですが」

「界素の構造が液体だと?」

「この石の界素配列は、個体を構成している配列のように界素同士がしっかりと結合しておらず、その構成はむしろ液体に類似している。けれど、液体のように流動性を持っているわけではない。つまり界素の構造は液体だけど、その物を見た時は個体なんです」


 不思議だなー、とアルンは感心したように、今は液体となったものを見る。


「そしてもう一つの特徴として、クロイツェルの水晶水から適当な界素を取り出すと構造のバランスが崩れて、あっという間に液体になっちゃうんですよ」


 と、瓶の中のものを見せる。


「さて、これから材料を決まった順番、決まった量、界素の構造に注意しながら溶かしこんでいきます」

「俺はどうすればいい?」

「三日後に来てください」

「ん? 手伝わなくていいのか?」

「騎士団長様には十分手伝っていただきました。ここからは界素レベルの精密な作業なので」

「そう、か」

「失敗しても怒らないでくださいよ?」

「ああ、後は頼む」


 アーティはいつもの笑顔を見せて、


「はい」


 と、頷く。

 そして工房のドアが閉まった。


 ◇ ◆ ◇


 三日後。


 アルンはアマイロ雑貨店の“CLOSE”というプレートがかけられたドアノブを回し店内に入る。そこには客を迎えるいつもの言葉と笑顔はなく、静けさが漂っていた。

 関係者以外立ち入り禁止のカウンターを越え、奥のドアをノックする。が、返事はない。

 仕方ないので無断でドアを開け、小さな部屋である彼女の工房に入った。

 まず目に入ったのはテーブルに置いてある一つの小さな瓶。その瓶を手に取ると無色透明の液体が入っている。

 そして瓶の隣に置いてあった紙切れが目に入る。

 紙切れには彼女らしい綺麗な字で文章が綴られていた。


  ――――――

 騎士団長様へ

 秘薬グリメリウスはなんとか完成出来たと思います。

 騎士団長様が動くという事は、この秘薬はとても大事な物なのでしょう。テーブルの上に置いてあるので私の事は気にせず急いで城に持って行ってください。

  ――――――


 と、読んだところで静かな寝息が耳に入ってきた。


「うおっ」


 アルンの足元、床の上でアーティが壁を背に寝ていた。


  ――――――

 私は三日間寝てないのでとても眠いのです。なので絶対に起こさないでくださいね。

 それではお元気で。

 騎士団長様とはまたどこかで会う。そんな気がします。

  ――――――


 どうやら三日間寝ずに秘薬の調合を行っていたらしい。

 その寝顔は穏やかで、静かな寝息と共に胸がわずかに上下する。

  

「ありがとな。俺もまた会う気がするよ、アーティ」


 と、棚にあった毛布をアーティに、起こさないように慎重にかける。

 そして最後の一文を読んでアルンは苦笑する。


「ああ、わかってるよ」


 寝息を立てるアーティを起こさないように工房を出るアルン。

 一度振り返り、


「じゃーな」


  ――――――

 追伸

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