003 難儀な調合依頼

 アーティは目を丸くする。

 自分の店のドアを開けたら、知らない女の子が店内をさも自分の店のように歩いていたのだ。

 棚から商品を取っては、数秒ジーッと見て、元の棚に戻す。また取って戻す。


 こんな子村にいたっけ、と記憶を探すがどうにも思い至らない。

 そうしてる間にも栗色の髪を揺らしながら棚から棚へ商品を見て回る。

 えーっと、迷子?

 それは背の低さから判断した結果。


「あの、女の子が一人で何してるのかな? どこの家の子?」


 女の子が少しムッとした顔でこっちを見た。


「女の子って私の事言ったの?」


 思わぬ鋭い返しに、一瞬言葉に詰まる。


「アンタいくつよ」

「え?」

「歳はいくつだって聞いてるの」

「えと、17だけど」


 と、途端に女の子の目が鋭さを増す。


「私の方が年上よ!」

「え…… えー!」

「何よその反応は!?」


 年上らしい女の子はアーティの両肩をガッと思いっきり掴み引き寄せ、顔の前数センチ、下から睨み上げる。だがその鋭い目はどことなく潤んでいるように見える。


「文句ある?」

「い、いえ」


 背伸びするところが可愛かった、という言葉をなんとか飲みこんだ。


「アンタがあの話題の雑貨屋の店主ね」


 まさかあの雑貨屋の店主がこんな若い子だと思わなかったけど、と付け加え、


「この店の商品って、ほとんど界素の構成に何かしら手を加えてるみたいね。なんか普通のとは違う感じがする」

「話題って、やっぱ村の外から来たんですか?」

「それより質問に答えて」

「え、えと、そうです。界素の大雑把な挿入とか。構成がわかっている物ならば挿入だけでなく抽出もやってます。でも構成がわかってても出来ない物もあるんですよね」

「構成ってマテリアルゲノムを!?」


 ある一つの物質を構成する界素の全配列をマテリアルゲノムと言う。一つの物質を構成する界素の数は億、もしくは兆に及ぶため、それを把握することは不可能に近い。そもそもいくら界視力が高いといっても物質を構成する界素一個一個なんて視えるはずがないのだ。


「それは界素を一個一個視ることが出来るってこと?」

「全てではありませんが、構造の比較的簡単な物なら」

「アンタ、本当にただの雑貨屋の店主なの?」


 と、言ったところでドアをノックする音が聞こえてきた。


「入るよ」


 ドア越しに聞こえてきたのはアルンの声。

 どうぞ、と言おうとしたアーティの横で女の子が突然声を上げた。


「アールーン!」


 ドアを開け入ってくるアルン。

 それと同時に女の子は走り、容赦のないタックルをアルンにぶつける。

 グフ、という肺から空気を絞り出したような声を上げたアルンは女の子と重なって宙を飛び、ドアを越えて草が短く生える地面に激突する。女の子がぶつかった衝撃で前のめりになっていた頭が地面にぶつかった衝撃で後ろに曲がり、地面に強打。

 そのままアルンは口を開けながら気を失った。


「私を置いて一人楽しもうなんて甘いのよ! アルン!」


 気を失った少年の上で高らかな笑い声を上げる女の子。


「ちょ、ちょっと何してるの!? その人騎士団長様だよ」

「何よ、そのくらいわかってるわよ。てか私も騎士団長だし」

「え?」

「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はアカディア王国第ニ騎士団団長ラナ・フォードよ」


 目を見開き、震える指をアルンに向け次いでラナに向ける。


「え、だって、騎士団長様って、え、えー!? こんな女の子が」

「アンタより年上って言ってるでしょ!」


 全くどいつもこいつも見かけで判断するんだから、とぶつぶつ言っていると、不意にラナの両脇にスッと腕が入り、そのまま抵抗なくラナが持ち上がる。


「え?」

「ラナ様、やっぱり来ていたんですね」


 ラナの両脇には白銀の鎧をまとった屈強な二人の騎士。


「ちょっとアンタ達放しなさい。てかなんでここにいるのよ!」

「それはこっちが聞きたいですね。城で待機するよう言われていたはずですが?」

「うっ、それは……」

「いいから、帰りますよ」


 騎士達は、なんで我々がこんなとこまで駆り出されなければ、と嘆いている。


「ご迷惑おかけいたしました」


 両脇の騎士が一つ頭を下げ、回れ右、と真ん中にラナを挟んだまま二人の騎士は村の入り口の方へ歩いていく。持ち上げられたラナは足をじたばたさせて抵抗するが、宙をただ蹴るだけのラナは成す術なく二人の騎士と共に村の外に去って行くのであった。

 放せー、という声が次第に聞こえなくなっていき、最後に、アルンだけずるい! と微かに聞こえたのは気のせいだろうか……とそこで考えるのをやめた。


「アカディア騎士団ってこういう人達の集まりなの……?」


 思わず苦笑いを浮かべるアーティ。


「うっ」

「あ、気付きましたか? 騎士団長様」


 半身だけ起き上ったアルンは周囲をキョロキョロ見回し、自分の頭をさすっている。


「頭がもうろうとしているが…… なんか巨大な牛の猛烈な突進を食らった気分だ」


 今あったことは言わない方がいいだろう。私にだってよくわからないし……


「と、ところで騎士団長様は何か用があったのでは?」


 えーと、とアルンはしばらく考え込む。


「そうそう、そうだ思い出した。アーティ、君に頼みたい事があるんだ」

「私に?」

「ああ、秘薬グリメリウスを調合してもらいたい」

「ひ、秘薬!?」


 突然の突拍子のない頼みごとに、アーティはただただ目をパチパチさせるほかない。


 秘薬の調合、精製は非常に難度が高く、それこそ作ろうと思えば界素レベルの緻密な操作を要求される。しかもその材料となる素材も一筋縄ではいかないものばかりで、とても高価かつ貴重、見つけるのも簡単ではない上に一つの秘薬に十種以上の素材を要求されるなんてことはざらにある、と秘薬とはとても難儀な代物なのである。


「秘薬……ですか」

「ああ、秘薬……だ」


 アーティは頬に指を当て考える素振りをしながら、首をかしげて困った顔で苦笑を浮かべる。


「さすがに秘薬は作ったことも作ろうと思ったこともないんですが」

「お金ならいくらでも出せる」

「そうではなくて……お城なら作れる方もいそうではあるんですが?」

「いないから、噂を信じてここまで来た」

「はぁ、噂ですか」


(噂って広がったら広がったでいい事ばかりじゃないんだね)

 と、ため息をもらす。


「俺も出来る限り手伝う。どうか引き受けてくれないだろうか」

「んー、まず問題点として素材の一つが……」

「何が必要なんだ?」

「言っていいですか?」

「なんだ言ってみろ」

「ヨツバが必要なんですが」

「ヨツバ、なんだそ……れ!?」


 アルンの頭の中をすごい速さで、あるシーンが駆け巡る。


「ヨヨヨヨツバってあ、あのヨツバか!?」

「はい、君が潰した、あのヨツバです」


 満面の笑みで答えてあげた。

 アルンの顔からゆっくりと血の気が引き次第に青ざめていく。


「君が、潰した、あの、ヨツバ、です」


 まさに止めの一撃。

 ウオォォォ、と唸りながら頭を抱え絶望的な表情で深く沈んでいくアルンであった。


 ◇ ◆ ◇


 アマイロ雑貨店のドアノブには“CLOSE”の文字が書かれたプレートがかけられている。まだ外は明るいというのに店を閉めたのは、ある難儀な調合依頼のせいだ。


 小さな店内に今いるのは一人の少年と一人の少女。

 普段であれば客の目を楽しませている多種多様な商品はテーブルからどかされ、また店内が狭いせいで使われていなかったイスは逆に用意されている。


 店の入り口側のイスに座ったアルンが、向かいに座って分厚い本に目を通しているアーティをジーッと見ている。


「あったあった」

「なんて書いてある?」

「秘薬グリメリウスの材料は…… ベルスコットの花、ベンジャムの花、パプリカ草、ロロクレの葉、ロロロクの葉、オルステアの樹液、ダイナモの牙、クロチョウの羽、シラウソの羽、ハッス液、シッフ液、そしてヨツバ」

「やっぱヨツバいるのか」


 と、アルンが残念そうな声を上げた。


「店の在庫にある素材もありますけど、貴重な、ベルスコットの花とオルステアの樹液、それにもちろんヨツバ、これらは探しに行かないとダメです」

「お、けっこう店にあるんだな」

「どれも貴重品だから高くつきますからね!」

「ヘイヘイ」


 とにかく、と一拍置く。


「その依頼、引き受けます。ただし成功するかどうかは運次第、もちろん騎士団長様にも手伝ってもらいますが」

「ありがとう。助かるよ」

「まずは北の森にベルスコットの花とオルステアの樹液を採りに行きましょう」

「ヨ、ヨツバはどうすんだ?」

「神様に祈ってください」

「運次第ってことか……」


 すぐさまアーティは立ち上がり、必要だと思う物を白い肩掛けカバンに詰め込んでいく。

(ベルスコットの花はロープが必要だし、オルステアの樹液は……)

 赤色の液体が入った小瓶を手に取る。


「騎士団長様」


 と、一言。

 どこに用意していたのか、とても大きなリュックをアルンに投げる。


「うお。な、なんだこれ、重!」

「それは騎士団長様が持っててください」

「何入ってんだよ、これ」

「必要なものです」


 ホントかよ、とブツブツ言いながら重く巨大なリュックを背負うアルン。


「あ、それと、ちょっと寄っていきたい所があるんです」


 そう言って、アーティは笑みをもらした。


 ◇ ◆ ◇


 二人はミーシェルの営むパン屋の前にいた。


「ミーシェール」


 店の奥からバタバタと騒がしい音がする。

 しばらくして、わずかに開いた引き戸の、その隙間からミーシェルが覗き込んできた。


「ど、どうしたのよ。ミーシェル」

「いるの?」

「え?」

「まだ、あの騎士団長様はいるのって聞いてるの!」


 ガラガラ、と引き戸が全開に開く音がして、引き戸に体重を預けていたミーシェルは転びそうになる。


「騎士団長のアルンです」


 と、眩しい笑顔でミーシェルの前に出てきた。


「キャー、ごめんなさいごめんなさい!」

「騎士団長様…… 怖がってますから」


 騎士団長様は笑いを堪えるのに必死なようで口がピクピク動いている。


「大丈夫よ、ミーシェル。さっきも言ったけどこの人そういう人じゃないから」

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね」

「うん」


 と、いう様子を見ていた騎士団長様はアーティに耳打ちする。


「……ここまで怖がられると、ちょっと複雑な気分になってくるな。て、なんだその目は……」


 騎士団長様を呆れた目で突き放す。

 それよりも、と突然アーティはニィ、とした悪戯っ子のような笑顔でミーシェルを見つめる。


「な、なに? アーティ」

「ミーシェルって、そういう女の子らしい顔もできるのね」


 途端にミーシェルの顔が真っ赤になっていく。


「な、何よ! アーティのくせにうるさいわよ!」


 アーティの頭をポカポカと叩き始めるミーシェルを笑いながら制す。

 

「ミーシェルミーシェル、いつものサンドイッチ頂戴」

「え! う、うん。てことは出かけるの?」

「うん、北の森までね」

「またー? 大丈夫?」

「うん、今回はこの騎士団長様もついてるから」


 アルンは自信満々にまかせろ、という表情を向けている。


「それなら、安心かな」


 と、注文の品を手渡され、お金をミーシェルに渡す。

 受け取ったサンドイッチを大事そうにカバンに入れた。 


「それじゃ、行ってくるね」

「うん、気をつけてね。行ってらっしゃい」


 北の森に行く二人をミーシェルは見えなくなるまで、その手を振り続けた。

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