002 騎士団長様

 空に浮かぶ太陽はちょうど真上にあり、雲ひとつない青空は心地いい。

 風もさわやかで、お散歩日和だ。


 白いコートを着た一人の少女、アーティが森を歩いている。肩から白いカバンを下げ、辺りをキョロキョロしながらお散歩、ではなく材料探しだ。

 先日、大量に商品を買ってくれたお客がおり、その商品の補充のため調合に必要な材料を探しに来ていた。

 材料は東の森にあるので、北の森のように魔物を心配する必要はほぼない。また、食材も豊富なので夕飯の材料も何かあればと辺りをキョロキョロしていた、というわけだ。


「えーと、レクノウァ薬の材料は、と」


 レクノウァ薬、傷薬のことで彼女オリジナル商品だ。それは材料の採取から調合、販売まで全て自分で行っている自慢の商品のひとつである。


「アロエナの花とクヌギの樹液は…… あったあった」


 目の前の大木、その根元に咲く小さな白い花を見つけて、アーティは笑みを浮かべた。

 そそくさと白い花を摘み、白いカバンに放りこんでいく。

 と、ふと視界の隅に何かを捉える。


「あれ、は」


 地面から申し訳なさそうに生える緑の四枚葉。


「ヨツバ!」


 アーティは思わず大声で叫んだ。


「ちょ、ちょっと何でこんなところに! い、いや、今はそれよりも私の幸運を褒めるべきね」


 ヨツバはその名の通り四つの葉をもつ植物で、とても小さい上にどんな環境を好んで生育するのか分かっていないため見つけるのが非常に困難だ。しかし強力な傷薬や高度な術の触媒にも使える素材としては超がつくほどの一級品なのである。


「今日はいいことがありそう」


 アーティは鼻歌交じりにヨツバへと手を伸ばし、

 その手がヨツバに触れる。

 その瞬間、それは起こった。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 悲鳴と轟音。

 アーティは目の前の茂みのざわめきに驚き、

 そこから飛び出してくる何かに戸惑い、

 その何かと目があったことにまた驚き、

 数瞬の内に予測違わず訪れるだろう絶望に顔を引きつらせ、

 わかっていながら何も出来ない自分に放心する。


 舞い散る草と葉。

 そして出来事は一瞬で、結果は単純だった。


「いててて……」


 ヨツバは見事なまでに粉々に粉砕されていた。

 飛び出してきた少年のお尻によって。


「お、村の人か? 悪かったな、怪我はないか?」


 少女の怒りはここ最近で最速で最大を記録した。


「何してんのよぉぉぉぉお!」


 ガッと少年の襟首を掴み引き寄せる。


「うお、な、なな」

「何してくれてんの、君は!」

「何って、俺が何かした」


 少女の凄まじい怒りに満ちた涙目が少年の口を全力で閉じさせる。 

 ビッと少女の人差し指が少年のお尻を指差す。


「へ……?」


 少年が自分のお尻の下を確認する。

 そこにあったのは粉々になった緑色の何か。


「この雑草がどうしたんだ?」


 何かが切れる音。

 少女の狙い違わず、左拳が少年の顔面を見事に捉えた。


 ゴッ


 という鈍い音に続いて、痛い、という短く悲痛な声がかすれて消えていった。


 ◇ ◆ ◇


 少年は頭をさすりながら、納得いかない、といったような表情を向けている。


「乗っていた馬が暴走、振り落とされて、茂みに突っ込んだところがまさにヨツバの真上だった、と」

「ま、そうなるな」


 てか、道じゃないとこを全速で走ったら普通そうなるでしょ、と未だに怒りがワナワナと燃え上がる。


「貴重な素材って言ってもただの草だろ? そんなに怒らなくても」

「君にとってはね!」


 少年の肩がビクッと揺れる。

 目が泳ぎ始めた少年が人差し指を立てて、まーあれだ、と話題逸らしにかかる。


「ここで会ったのも何かの縁だ。俺の名はアルン・フェイド、お前は?」

「アルン…… あのアルン?」

「俺を知っているのか?」

「アカディア王国第三騎士団団長アルン・フェイド。確か歴代最年少で騎士団長に昇りつめた天才中の天才、知らない方がおかしいよ」


 言われてみれば、彼の黒いコートの胸のあたりにある太陽の紋章…… アカディア王国のものだ。

(私と同い年ぐらいに見えるこの人が…… ハッ、てか私、今まで騎士団長様にあんなことを!?)


「で、お前の名前は?」

「わ、私はアーティ・フェンネル。ローグに住んでる、住んでいます」

(やっぱため口はまずいよね)

「おお、やっぱりローグか。丁度よかった案内してくれ」

「ローグに用ですか? アカディア王国の騎士団長様が?」

「まあな。なぁ、それよりもその様っていうのやめてくれないかな」

「なんでですか?」

「なんでも、だ」

「じゃあ、アルン殿?」


 とたんにアルンは嫌な顔をする。


「フェイド殿、アルン騎士団長閣下」

「ふざけてないか?」


 アーティは少し笑う。


「無理ですよ。大陸一のお城の、しかも騎士団長様なんですから」


 はあ、とため息をつくアルン。

(変わった人だなー)

 と、何気なく騎士団長様を見て目を丸くする。


「君……」


 思わず驚きの声をあげてしまい、すぐに両手で口を抑える。


「視えるのか?」

「え! いえ、何も……」


 アーティはすぐに目をふせる。


「君は視えるんだな。いや正確に言うと視えるから、視えない事に戸惑った」

「すみません。この事は他言しませんから」

「すごい界視力だな。意識しなくて普段から視えてるのか?」


 無言の肯定。


「それほどの眼は俺が知ってる限り騎士団の中にもいない」



 この世界は全て、界素で出来ている。

 それは大気中に存在しているのはもちろん葉や木、金属などの物質、そして術さえも界素で構成される。

 界素は五大界素と呼ばれ、<火><木><地><水>の四つと正体のわかっていない<五番目の界素>の五つが存在する。その五大界素の量や構成、組み合わせによってこの世界は成り立つ。



「その…… 全く界素を使えないんですか?」



 そのため、物質や術を構成している界素を“視る”力が“界視力”と呼ばれ、界素を感じるのではなく直接視ることができるので界視力が高ければ高いほど効率よく界素を操ることができる。この界視力は努力による向上はありえないので本人の資質がものをいう。



「ああ、界素を使えないどころか、視ることはもちろん感じたことも一度もない」



 また逆に本人の努力での向上が可能なものとして界素を“構成”する力、“構成力”がある。

 例えば術。高度な術であればあるほど、その用いる界素の量は多量で構成は複雑、時にその術の発現までの工程は万に及ぶことも珍しくない。そのため構成力が高いほど術の発現が早く、高度な術を用いることができる。

 本人の努力で向上する。それはつまり、誰であっても界素を使うことはできる、ということを意味する。そして同時に界素は常にこの世界の全てのものから感じることができ、大気に漂う界素は世界の全てのものに反応し、まるで守るようにそのものの周囲に集まる。



 思わず言葉に詰まる。

(普通なら大気を漂う界素はこの世界の全てのものに反応して集まる。だからこの世界のものであれば身にまとう界素を生命の息吹として感じ、視ることができる。けど…… この人には全く反応していない?)


「ま、そんなこと俺には関係ない」


 アルンはそう言って腰に下げる一本の刀を握る。

(界素に一切干渉できないなんて、そんなことありえるの?)


「しかし君は変わってるな」

「え!? 私ですか?」


 突然、投げかけられた言葉にビクッと反応する。


「俺の眼を見て何も思わないか?」

「眼、ですか?」


 数秒の沈黙。


「あ、いや、何でもない。それよりそろそろ村に案内してくれるとありがたいんだが?」

「え! あ、そうですね。今案内します」


(この人は一体……)


 ◇ ◆ ◇


「ちょっと、アーティ! その人どうしたの!?」


 それは村に着いた瞬間だ。

 たまたま外に出ていて、たまたま村の入り口に差し掛かったミーシェルにすぐに見つかった。


「まさかあのアーティが男を連れてくるなんてね~ で、どこで拾ったの?」

「違います! そんなんじゃありません!」


 アーティは少し頬を赤く染めつつも一生懸命否定する。


「またまたー 顔を赤くしちゃってうぶなんだから~」

「やめてください、ミーシェル! ほら、騎士団長様も言ってください」

「へ? 騎士団長、様?」

「アカディア王国第三騎士団団長を務めさせていただいているアルン。アルン・フェイドです」


 一瞬で、まさに時が止まったかのようにミーシェルは口を開けたまま固まった。


「ちょっと騎士団長様、面白がってません? 口がピクピク動いてますよ」


 ミーシェルの様子に必死に笑いを堪えている騎士団長様に呆れた様子で指摘する。


「毎回こうなんだ。俺が騎士団長とわかった時の顔ときたら面白くて面白くて、クク」


 そりゃそうでしょ、私達と同い年くらいのこんな人があの王国騎士団の、しかも騎士団長なんだから。



 アカディア王国と言えばここローグと共に中央アーフェリア大陸の東側に位置し、最大の規模を誇る三大国のひとつである。ちなみにローグもアカディア王国に属する村の一つだ。

 王都と呼ばれ、アカディア王国の象徴たるアカディア城にはこの大陸唯一の王族が住んでいる。またその城を守る王国直属の王国騎士団を保有しその戦力は他の三大国に引けをとらない、のだがその上にトリニティーという存在がアカディア王国には存在し、公式には認められていないものの戦力で言えばこの国は世界最大の国であることに間違いはない。

 その国の騎士団が動くとすれば、ただ一つ。

 アカディア王国に何かしらの危険が迫った時、だ。



「さて、村の長はいる?」

「あ、えっと、こちらです」


 村長の家へと案内しようと歩きだした時、すでに一人の老人がアーティの前に立っていた。


「それには及ばん」


 丸まった背をその手に持つ杖で支えた老人、ローグ村の村長ギドだ。

 白い髪に白い髭、そして顔に刻まれた深いしわが彼の生きた時の長さを象徴する。


「村長!」

「うむ、アーティ、ご苦労だった」


 ここで少年の雰囲気が変わった。


「私の名はアルン・フェイド。アカディア王国第三騎士団団長を務めさせていただいている者です。ローグ村の村長ギド殿で間違いはありませんね?」

「これは騎士様、はい、私の名はギドでございます」


 ギドはそう言うと片膝を地面につけ頭を深く垂れる。


「こんな小さな村に一体どのようなご用件でございましょう」

「ああ、顔を上げてください。話の方はここで言えるものではありませんので……」

「それでは私の家でするといたしましょう。こちらでございます」


 村長であるギドと共に、騎士団長のアルンが村の奥に消えていった。

 少しの沈黙。


「一体何……?」


 いまいち流れに付いていけなかったアーティは、嵐のように過ぎ去っていった少年に首をかしげる。


「あ、ミーシェル、いつまで固まってるの」


 と、未だ口を開け固まっているミーシェルの肩を二度、三度叩く。

 ハッ、と時が動き出したミーシェルは泣きそうな顔になる。


「ア、アーティ! 私、騎士団長様になななななんてことを!」

「ミーシェル、村長もそうだけど頭を下げるほどすごいの? 確かに騎士団長様だけどそこまで……」


 あの少年との衝撃的な出会いの後ではいまいち騎士団長としてあのアルンを見れない、自分の思う騎士団長とあの少年とのギャップがありすぎるのだ。


「アーティ! あの人は騎士団長で騎士団長様なのよ! 何言ってるの!」


 さっぱり意味のわからない返答で怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る