(仮)

結月齋

(仮)

「これは由々しき問題だな」


 突然、男が呟いた。男の名は橋谷恭司はしやきょうじ、ここ二路橋高校ふたじばしこうこうの生徒会長である。

 

 二学期も中盤にさしかかり、色づいた葉がそろそろ散り始めようとした頃。文化祭を間近に控え、生徒会の面々もその対応に追われていた。


 そのせいもあって生徒会の面々は、誰一人「どうしたのか」などと尋ねようとはしない。それぞれ慣れたもので「また始まったか」、と言った表情を浮かべつつ、目の前の作業に没頭する。


 橋谷には悪癖があった。自身の仕事が一段落すると、周囲の人間に、たちの悪い悪戯を仕掛けるのだ。


 一学期を経た生徒会の面々は、誰しもそのことを知っており、それが声をかけない一因でもあった。


 そんな中、「さっさと相手しろ」と言うプレッシャーを、一身に浴びるものが居る。副会長の渡辺翔馬わたなべしょうまだ。


(俺だって嫌だ)


 周囲のプレッシャーを自覚し、翔馬は心中で毒づく。


「俺、ちょっとトイレ」


「ヤダな先輩、そんなの私が代わりに行ってきますから、先輩はゆっくりしていてください」


「それによって俺の何が解決するって言うんだよ」


「先輩の趣味嗜好的な何か……でしょうか?」


「そんなものはない!」


 席を立ち、逃げ出そうとする翔馬を、書記の若葉凛わかばりんが呼び止める。勢いのまま立ち去ろうとする翔馬に、若葉が必死にしがみつく。もみ合っている最中、翔馬と橋谷の目が合った。


「渡辺、ちょっと良いだろうか」


「トイレにいくって言ってんだろ! よくない! よくないぞ!」


「この本によると、世の生徒会は絶大な権力を保持しているそうだな」


 そう言って橋谷は何かの漫画を掲げてみせた。翔馬自身はその内容をよく知らないが、話の流れから察するに、そう言った生徒会が出てくる本なのだろう。

 先程まで翔馬にしがみついていた若葉は、既に翔馬から離れ、自分の仕事へ戻っている。


「それは作り話だ。知っての通り、生徒会は一般生徒から突き上げられ、教師からは抑えつけられる、そんなしがない中間管理職だ。言わばこの学校で一番の下っ端だ。ほら、いいからさっさと仕事しろ。文化祭も間近でただでさえ仕事が多いんだからな」


「今日の仕事ならもう済ませている。何なら君らの分も代わりにやっておこう」


 見れば橋谷の机には、終わった書類の山が築き上げられていた。作業量は他の面々よりむしろ多かったはずなのだが、一つも残っていない。


「ならもう帰れよ、邪魔だから」


「お前は時々私に対して容赦が無いな。まぁ聞け、ちょっとこれを見て欲しい」


「文化祭のパンフ? ああ、そう言えば実行委員が、今日刷り上がるって言ってたな。どれ」


 翔馬はパンフレットを受け取り、中身を確認する。しかし、パンフレットは表紙のみで中身が印刷されていない。ただ、扉にのみ印刷がなされている。





| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

|         |

|         |

|   (仮)   |

|         |

|         |

|         |

|_________|



「……なんだこれ」


「冗談だ、そっちは確認用の白紙サンプルだ」


「おい待て、それ製本されたもんだろ。なんでそんな嘘ついた」


「…………」


「おい!」


「こちらが本物だ」


「聞けよ!」






| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

|         |

|         |

|   かっこかっこ   |

|         |

|         |

|         |

|_________|



「恐らく原稿を差し替えるのを忘れたのだろう」


「嘘つけ、よりによっていらない所にルビついちゃってんだろ」


「はっはっは」


「笑ってごまかすんじゃねぇよ」


「そしてこちらが教員用だ」


「何で刷り分けた」






| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

|         |

|         |

|    かっこ かっこ   |

|         |

|         |

|         |

|_________|



「印刷にミスがあったようだ」


「今にも羽ばたきそうになってんじゃねぇか」


「そしてこちらが私用だ」


「お前それ当然実費なんだろうな」






| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

|         |

|         |

|     かり       |

|         |

|         |

|         |

|_________|



「…………」


「おい、なんか残して羽ばたいちゃってんぞ」


「…………」


「原型どころか弁解もなしか」



「それで、話は戻るのだが、生徒会は――」


「…………ああ、ちゃんとできてる。俺の見間違いだったわ」


 翔馬はパンフレットを若葉に押し付け、自分の仕事に戻る。


「ちょっと先輩! 何諦めてるんですか!」


「……いや、あれは無理だから。お前に頼んだ」


「嫌ですよ、先輩は会長と私達を結ぶ中間管理職じゃないですか。これは先輩の役目です」


「なんだそれ、俺が一番の下っ端だって言ってんのか。ぶっとばすぞ」


 そんなやり取りの中、他にいる三人は我関せずを貫く構えのようだ。黙々と自身の仕事に没頭している。


(あいつら後で説教してやる)


「やむを得まい。職員室で土下座してくる」


 そう言い残し、橋谷は生徒会室を出て行った。


「あいつまさか悪戯用の原稿と間違えたんじゃないだろうな」


「……ああ」


 その後、休日にバイトに精を出す会長を見た、と言う噂が校内で囁かれるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(仮) 結月齋 @widemoon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ