第10話 花舞宴当日
『花舞宴』当日。
この日は通常の授業は午前のみで、参加する生徒及び一部の教職員たちは、午後から宴の準備に取り掛かる。
とはいっても、料理やセッティング等は、金持ちらしくすべて外部の業者がやるので、彼らがすることといえば主に『おめかし』である。
そして空の赤に薄闇が射す頃。
講堂に煌びやかな装いの男女が集い、『花舞宴』はようやく幕を開ける。
「おー、今年もカッコいいな、司郎のタキシード。流石、司郎のお母様チョイスだよな。良いセンスしてる」
開始時刻の15分ほど前。
タキシードに袖を通し、身形を整え会場に足を踏み入れた司郎は、先に来ていた徹に声をかけられた。
壁や天井が白で埋め尽くされた、広い講堂内。中心はダンススペースとなっており、それを囲むように周りには丸テーブルがいくつも配置され、飲み物や料理などが並べられている。すでに大半の生徒が揃っているようで、会場は豪華絢爛な色彩と明るい声で満ちていた。
優しげな風貌に合うグレーを基調とした装いの徹は、遅れて来た親友の姿を見回し、わざとらしく感嘆の息を吐く。
「そしてそんなお洒落なタキシードを、難なく着こなすとか、さすがは皇帝様だ。見ろよ、入って来た途端に、スゲー注目されてるぞ。イケメンの力って凄いな」
「茶化すな。別に普通だろ」
「……そういう全国のモテない男を敵に回すような発言は、くれぐれも控えような」
そういう徹も、決してモテないわけではないのだが。
それでもやはり、多くの着飾った人々の中でも、司郎の容姿は別格だった。
普段から人目を引く金の髪に、しなやかな体躯に纏う、深い青のタキシード。アクセントで光る襟のシルバーのトリミングは、全体を引き締める役割を成しており、彼の生まれ持つ気品を高めている。
日記の中の立華に言わせれば、『司郎様はまさに、神に愛された崇高なる存在』といったところか。
しかし、男女問わず熱い視線を集中させている本人の方は、そんなことは慣れっこといわんばかりに、平然と受け流している。
むしろ他に何か気になることがあるようで、司郎はアクアブルーの瞳を忙しなく彷徨わせていた。
「……なぁ、アイツはまだ来てないのか?」
「ん? アイツ?」
「ああ、姉さんなら、本当は一時間も前に会場入りしてましたよ」
背後から聞こえた、此処に居るはずの無い人物の声に、司郎は虚を突かれ勢いよく振り向いた。
少し目線を下げれば、無感情な瞳と視線がかち合う。
正装した周囲とは異なる、中等部の制服姿の彼は紛れも無く――――司郎が探していた相手の弟様であった。
「樹!? 何でお前が此処に……っ」
「ん? 誰だこの子?」
驚きの声を上げる司郎に、首を傾げる徹。
そんな二人に対して、至ってマイペースに樹は頭を下げる。
「こんにちは。俺は大道寺立華の弟で、大道寺樹と申します」
「え、立華ちゃんの弟? へー、そっくりだな。でも、どうして弟くんが此処に? 中学生は立ち入り禁止だぞ」
「実は司郎さんに、姉さんに関してお伝えしたいことがありまして。先生の許可を取って、ちょっと紛れ込んでみました」
『立華に関すること』という言葉に、司郎は眉をピクリと動かす。
実は昨日のホンネ日記を通して、司郎は立華の体調があまり芳しくない事を知っていた。
どうも彼女は、軽い風邪をひいている模様なのだ。
一週間ほど前の長文&ハイテンション日記に記されていたように、立華は本当に行事の前日に体調を崩すタイプらしい。
気をつけなきゃと言っていたわりに、肌の手入れやらダンスのレッスンやら、気合を入れ過ぎて無理をしていた節もある。
彼女自身も日記で、
『やらかした! 私の馬鹿!
でもでも、一晩ゆっくり寝れば平気よね?
咳も熱も無いし、ちょっと体が怠いくらいで……司郎様にうつす心配は無いはず。明日は例え全身複雑骨折しようとも、絶対に休みたくない。
ちゃんとあのブレスレットだって、つけていく準備はバッチリなんだから。
お願いします、最近私に出血大サービス中の神様。どうか司郎様と、無事に一曲だけでいいので踊らせてください! 後生だから、後生だからー!』
と、嘆きと祈り?を吐き出していた。
午前の授業では具合の悪そうな様子は無かったし、どうやら花舞宴にもちゃんと来てはいるらしい。それなりに気掛かりだった司郎は、表には出さないが落ち着かない心持ちで、樹の『立華情報』に耳を傾ける。
「えっとですね、姉さんは今、少し保険室で休んでいるんです。少し体調が優れないようで。俺は偶々、校内で保健室に向かう姉さんと遭遇したので、その旨を聞きました」
「え、立華ちゃん大丈夫なのか? パーティーは休んで帰った方が……」
「軽い頭痛がするだけなので、薬を貰ってソファで休んだら来るそうですよ。開始時間には間に合うようにすると言っていました。一応、婚約者であり、ダンスのお相手である司郎さんにはお伝えした方がいいかと思い、俺が馳せ参じたわけです」
「なるほど、気の利く弟君だな」
「それほどでもあります」
人当たりの良い徹と、以外にもコミュ力の高い樹は、やけに意気投合したようで、和やかに会話を繰り広げている。
司郎の方は「やっぱりアイツ、具合悪いんじゃないか」と小さく嘯き、その整った相貌に渋面を浮かべた。
そして要件を伝え終えた樹は、腕時計を確認して早々に退散していく。部活(弓道部だそうだ)のミーティングを抜けて来ていたらしい。
去り際に、「似合っていますよ、その姉さんがあげたポケットチーフ」と、さり気なく司郎に耳打ちしていくところが、なかなかどうして侮れない性格をしている。
そんな弟様を見送った後、難しい顔をして腕を組む司郎に、徹は促すように言った。
「司郎、お前さ。立華ちゃんを迎えに行って来いよ」
「はぁ?」
「もう開始時刻が迫っているのに、まだ来てないってことは、立華ちゃんは今も休んでるってことだろ。体調の悪い彼女が心配なら、様子見も兼ねて行って来いって」
「なんで俺が。大体別に、心配とかしてねぇし。放っておいても来るなら、迎えなんていらないだろ」
「そんだけソワソワしといて、何が心配してないだ。いい加減、素直になれ捻くれ皇帝」
呆れた眼差しを向ける徹に、司郎はグッと言葉を詰まらせた。親友様も色々とお見通しなようで、どうも居心地が悪い。
大体、本音を隠して素直じゃないのは、立華の方だろ。
俺はいつだって自分の気持ちに正直だし、捻くれてなんかいない。
本当はそう言い返してやりたかったが、そんなことを徹に言っても仕方がないことは、司郎だって分かっている。
そして行き場の無いもやもやを呑み込んで、彼は短く悪態をついた後、さきほど入ってきたばかりの扉へと足を進めた。
背中越しに「ちゃんとお姫様を連れてこいよー」と軽口を叩く徹に、「姫じゃなくて女王だろ」とだけ機嫌悪く返して、司郎は保健室へと向かったのだった。
●●●
校舎から離れたところに立つ講堂と、本校舎の二階にある保健室は、わりと距離がある。
司郎はタキシードの裾を靡かせ、目的地を目指して長い廊下を闊歩していた。
視界を掠める窓の外は、今にも降り出しそうな曇天だ。
湿った重苦しい空気を振り払うように、司郎は歩みを速めた。のんびり歩んで立華とすれ違いにでもなったら、それこそ無駄足だ。
別に立華の事が心配だから、急ぎ足になっているわけではない。
断じて違う。
そんな誰に対してかも分からない言い訳をしつつ、どんどん廊下を突き進み、司郎がようやく保健室のプレートが見えるところまで来たとき。
――――バンッと乱暴にドアの開く音がし、誰かが保健室から飛び出してきた。
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