第4話 彼女の裏表
「授業中に余所見など、鷲ノ宮家の長男ともあろう方が気を抜き過ぎです。校庭の様子が気になったのは分かりますが、先生に見つかれば悪印象を与えます。そのような行為は、将来的にプラスになりません。いくら権力があり成績が良かろうと、先生方は平等に評価されるのですから。もっと真面目に授業を受けてください」
『5月17日(金曜日) 天気・曇りのち晴れ
校庭で行われた他クラス対抗のサッカーの試合が気になって、授業中に余所見しちゃう司郎様、可愛すぎる。
普段は堂々としていてカッコいいのに、なんでそんなとこは少年らしいの? 応援しているチームがシュートを決めたとき、机の下でガッツポーズとか。
可愛すぎか!
司郎様が私を悶え殺しにきていて辛い。
でも司郎様、あの先生の時に余所見はダメですよ!
鴻先生(今年40歳独身、頭皮が寂しいお年頃、イケメン嫌い)は、顔の良い男子生徒にはとにかく厳しいのですから。見つかりそうになったとき、私が先生の板書ミスを指摘して、意識を逸らしたから事なきを得ましたが。今度から気をつけてくださいね!
ああ、昔みたいに一緒にスポーツ観戦とかしに行きたいなぁ』
「テストの結果、総合一位、おめでとうございます。ですが司郎様、相変わらず現文は苦手なのですね。あまりにも他のテスト結果と、現文だけ差があります。極端すぎるのは如何なものかと。勉強方法を変えるなどして、次回に向けてすぐにでも改善すべきです」
『5月21日(火曜日) 天気・晴れ
テスト総合結果、一位・司郎様、二位・私。
ワンツーフィニッシュ! ツートップ死守!
流石は司郎様! イケメンで優しくて頭も良いとか、他の追随を許さないイイ男っぷり!
立華もまだまだ、そんな貴方に並べる女性になれるよう、勉学に励んでいきますね!
だけどやっぱり、司郎様は現文が苦手みたい。
まぁ、この時の美奈子の気持ちを答えなさいとか、知るかって感じですもんね。 前々から思っていたのですが、あの問題って作者の方に聞いて作っているんですかね? 案外、作者も美奈子の気持ちなんて分かってないかもですよね!
私も実は、現文はちょっぴり苦手です!
でもだからこそ、一緒に頑張りましょう司郎様!
美奈子のことを作者以上に理解してあげましょう! 大丈夫、私がついてますよ。次こそは全教科満点ゲットです!』
「また食堂で同じメニューですか。確か昨日も、そちらを食べていらっしゃいましたよね。栄養が偏ります。昔から好き嫌いが多いことは存じておりましたが、まだ治っていないようですね。食堂の方に無理を言って、苦手なものを抜いてもらっていることも知っていますよ。偏食はいい加減治してください」
『5月22日(水曜日) 天気・曇り
司郎様は昔から、好き嫌いの多い超偏食家。
そんな彼のために、苦手なものも美味しく&バランスよく食べれるよう、私はいつも司郎様用スペシャル弁当を作ってきているのに……今だに一度も渡せていない! 今日も渡せなかった!
我が家のシェフに教わって、毎朝早起きして作っている自信作なんだけどな。
いつもタイミングを逃すというか、上手く渡すきっかけが無いというか……。
またわざわざ中等部に行って、弟に食べさせることになってしまった。なんかもう、弟用みたいになってきてるけど違うから。あれは司郎様用だから!
そういえば、司郎様は食べたのかな? あのチワワ女子のケーキ。
……私の作るものは、いつになったら司郎様のお口に入るのかしら。
羨ましくなんかない、ないったらない!』
●●●
あの日記を手にしてから一週間ほど。
見ないようにしようと思えば思うほど、内容が気になって仕方なくなり、司郎は毎日欠かさず、例の『大道寺立華のホンネ日記』を読み込んでいた。
どうも日記は、必ずその日の夜。日付が変わる30分前の11時半に、自動更新される仕組みらしい。
寝る前に今日あった立華との出来事を思い出しながら、つい日記で可愛くない言動の裏を探るのが、もはや司郎の日課と化してきてしまった。
だが司郎的には、正直この日記を手に入れたことが、自分にとって恩恵をもたらしているとは言い難い。
だって気まずい。
可愛くない婚約者様の本音を知って、どうすればいいか分からないのが、司郎の率直な感想だった。
「なんというか……アイツがあんなに俺のことを考えていたとか、急にネタばらし? みたいなことされても、俺はどう反応すりゃいいのか。ダメだ、気まずい。すげぇ気まずい。でも気になって日記を見てしまう自分に、自己嫌悪しつつも開いてしまうこの悪循環……。あーもう、知らないままの方が絶対よかった。くそ、親父め。とんでもないもん寄越しやがって。どうすりゃいいんだ俺は……」
「なに一人でブツブツ言ってんだ? イケメンが台無しだぞ、司郎」
授業終了の鐘が鳴り、時間帯は昼休み。
数学の授業中も、一人で悩みの渦にハマっていた司郎は、いつの間にか目の前に徹が居たことも気付かなかった。
独り言まで漏らしていたことを恥じつつも、訝しげな親友に取り繕うように、司郎は「何でもねぇよ」と笑う。
「本当か? 最近、お前どっかボンヤリしてるからな。天下の皇帝様がその調子で大丈夫かよ。もうすぐ『花舞宴はなまいえん』もあるっていうのに」
「あー……そういえば、もうそんな時期か」
「やる気ないな、おい」
徹は席に座る司郎を見下ろし、柔らかなタレ目に呆れの色を浮かべた。
『花舞宴』とは、この花月学園の行事の一つで、簡単に言ってしまえば講堂を借りて行われる、交流会を兼ねたダンスパーティーである。
六月の頭に高等部の全学年合同で催され、ダンスという紳士淑女の嗜みを通して、生徒達の親睦を深めることを目的としている。
学園お抱えシェフの料理に舌鼓を打ち、歓談に興じつつ繋がりを広め、好きな相手と好きに踊る。
そんなふうに、何かと気負うことが多い良家のご子息・ご令嬢様方が、比較的気楽に楽しめるよう設定されたイベントだ。
「踊るお相手は何人でもご自由にってことで、昨年のお前の周りは大変だったよな。ダンスの申し込みが殺到してさ」
「お前だって、複数の女子から誘いを受けてただろ」
「司郎には及ばないよ。まぁ、普段は婚約者も居て近寄りがたい皇帝様に、お近づきになるチャンスだからな。みんな躍起になるか」
でも、と徹は言葉を切り、小声で司郎に耳打ちする。
「今年は立華ちゃんとは必ず踊ってやれよ? 婚約者なんだから」
タイムリーというか、まさに脳内に根を張っていた人物の名に、司郎はピクリと反応する。
昨年の舞花宴で、司郎は立華と踊っていない。
本来なら婚約者という体裁を保つためにも、一曲くらいは二人で踊るべきだったのだろうが、どちらも何も言い出さなかったため、有耶無耶のまま終了してしまったのだ。お節介な徹は「お前が誘え」と司郎を何度も小突いたが、司郎も意地になって「あいつだって好んで俺と踊りたくないだろ」と突っぱねた。
あの日記が彼女の素であるのなら、立華は本当は、司郎に誘って欲しかったのかもしれないが。
「……まぁ、そのへんは成り行きでいいだろ。たかが学校のダンスパーティーなんだし」
「またお前は……はぁ、もういいわ。そろそろ昼を食いに行こうぜ。今日も食堂だろ?」
諦めたように嘆息した徹に、司郎が立ち上がって「おう」と返事を返そうとしたとき。
タイミング良く、後ろの方でもガタリと誰かが席を立つ音がした。
思わず司郎が振り返れば、胸に桜色の包みを抱えて、教室の扉へと向かう立華の姿が視界に入る。
ここ最近の気まずさもあって、すぐに視線を逸らした司郎だったが、そこで彼はふと思い出してしまった。
例の、昨日の日記の内容を。
『彼のために、苦手なものも美味しく&バランスよく食べれるよう、私はいつも司郎様用スペシャル弁当を作ってきているのに……今だに一度も渡せていない!』
一瞬だけ見えた、あの桜色の包みは二つ。
……そこで司郎の中に、ある葛藤が生じる。
「い、いやいや、別に俺が貰ってやる必要はないだろ」
「? 急になんだよ、司郎」
突然首を横に振り出した親友に、徹は怪訝な目を向けたが、今度は司郎はそちらを誤魔化す余裕はなかった。今彼の心の中は、相反する感情が振子のように揺れている。
アイツが勝手に作っただけだろ? 別に俺は頼んでないし。勝手に作って、勝手に渡すのを失敗しているだけで、俺がわざわざ貰いに行く必要はないはずだ。
大体、何で俺が弁当のこと知っているんだってなって、面倒な話になるし。
此処は放っておけばいいよな。どうせアイツの弟が食うんだろ?
知らないフリが正解だ。正解のはずだろう。
「おーい、司郎さーん。俺の声聞こえてるか? 無視しないでお願い」
徹が耐え兼ねて、捨てられた子犬のような悲しげな声を出すが、司郎の葛藤は止まらない。
教室から出て行く彼女の背が、いつものようにピンと張っているはずなのに、どこか落ち込んでいるようにも見えて。
しかもこんな時に限って、脳裏を過るのは幼い頃の立華との記憶だ。
彼女は小さい時から、偏食家の司郎を心配していた。「シローさまが栄養失調でしんじゃう……っ!」と、不吉なことを言って脈絡なく泣かれたこともある。
そう考えたら、表の態度がキツくなっただけで、あの日記を見る限り、彼女の司郎に対する心配性自体は、そう変わっていないのかもしれない。
いや、だからって別に、どうということはないのだけど。
そんな纏まらない、うだうだぐるぐるする思考の末。
苛立ちを吐き出すように司郎は、「あー、くそ!」と、その金の髪を乱雑に掻いた。
「こ、今度は急になんだよ。もう徹さんはついていけてないぞ」
「わりぃ、徹。今日は俺、食堂には行かないから、別の奴と飯食ってくれ」
「は? じゃあ昼飯はどうするんだよ。何を食べるつもりなんだ?」
その質問に、司郎は苦虫を噛み潰したような顔で、半ばヤケクソ気味に返した。
「弁当だよ!」と。
そしてもう出て行ってしまった彼女を追うように、司郎は長い足を稼働させて走り出す。
取り残された徹は、訳が分からないといった顔で、「え、弁当って、司郎が自分で手作りでもしたのか?」など、的外れな勘違いをしていた。
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