第3話 婚約者様の本音?

『5月15日(水曜日) 天気・晴れ


 今日も司郎様は素晴らしかった。

 太陽の光りにも負けない輝く金の髪。透き通る水晶のようなブルーの瞳。立場ある方なのに気取らず、少年らしさを残す明るい性格。若干偉そうなところも可愛くてまた良し。


 イッツァ・パーフェクト!

 立華は今日も、司郎様の婚約者で幸せです!


 ああでも、昼休みの廊下での件は頂けないわ。

 あんなに人目を集めたら、後々変な噂がついちゃうかもしれないし。


 てか何なの、あのチワワ系女子。カップケーキとかあざといわ。

 私だって作れるし! てか調理実習で作ったし! 私だって渡そうと思ってたのに、うだうだ渡し方をシミュレーションしてたら先越されただけだし! おまけにまた勢いであんなことまで言って……あんなやり取りしちゃったら、後で渡せるわけないじゃん。自分で食べる羽目になって虚しい。


 というかさ、婚約者いる男に渡すとかないわー。

 そこは私に気を使えよ。遠慮しろよ。空気読めよ、日本人だろ!


 まぁ私も? 少し言い過ぎたかなーとは思うけど、間違ったことは言ってないはず。たぶん。


 司郎様も断ってくれてもいいのに。心の中でずっと「こっとわれっ! こっとわれっ!」ってコールしてたのに。手拍子付きで。

 けど女の子の気持ちを無下に出来ない、そんな優しい司郎様も素敵!


 午後からの授業も、司郎様をいっぱい見れて嬉しかったなぁ。体育の時間とか最高だよね。走っても飛んでもボールを追いかけても麗しいとか、何なの?

 バスケでシュートを決めた司郎様に、はしたなくも黄色い声で叫ぶとこだった。危ない危ない。


 でも司郎様はお洒落さんだから、またネクタイを緩めていらっしゃった。それはそれで似合うし、本当は黙認したいとこだけど、此処は多少厳しくても、婚約者としてビシッと注意しないと。

 男子にも人気の司郎様。けど騒ぎすぎもいけないわよね!


 しかし! またしてもこの口は、言わなくても良い余計なことまで言いやがる!


 昔みたいに拙くて口下手なのもダメだけど、よく口が回るようになったのも考えものね……。これ以上、司郎様に嫌われたくないのに。難しい。ああ、昔みたいに手を繋いで一緒に遊びに行ったりしたいなぁ。今彼と手なんて繋いだら、確実に手先から真っ赤になって蒸発するだろうけど。

 司郎様の横で死ねるなら本望です!


 あとあと、司郎様ってば髪伸びた? 切らずに暫くおいといてくれないかな。髪を結ぶ仕草とかやってみて欲しい。絶対カッコいい!

 いつもは司郎様に気付かれないよう、彼のカッコいい動作は10秒しかガン見しないって決めてるけど、そんな動きしてくれたら15秒は固いね。絶対瞬きなんてするものか。むしろ私の両目よ、今すぐ録画機能を備えろってなる。


 あ、明日はテストがあるんだった。もう寝ないと。

 明日も司郎様が健やかに一日を過ごせますように。テストもまた私と二人で、ツートップを取りましょうね! おやすみなさい、司郎様!』


 


「――――――なんだこれ」


 司郎はベッドに転がりながら日記を読み、そのあまりにもアレな内容に、半ば呆然とそう呟きを漏らした。


 起き抜けにふと日記帳が目に止まり、そういえばこんなモノがあったなと、寝惚け頭で開いてみたら驚愕。確か眠る前の時点では、ページには雪原の如き一面の白が広がっていたはずなのに、今は隙間なくびっしりと黒い文字が踊っていた。


 一体どういうトリックだと、恐る恐る内容に目を通せば、二度目の驚愕。


「これ、マジで立華の本音日記なのか……?」


 ――――そこに綴られていたのは、可愛げのない婚約者様の、キャラ崩壊もいいところな内面だった。


 何度読み返しても、あの凍てつく風を吹かせる立華と、日記の中の人物が繋がらない。

 むしろ誰だお前。

 最早知らない人レベルで別人だ。


 しかし、そこで繰り広げられている日常は、廊下での件といい、教室での事といい、司郎にも覚えのあるものだ。伸びた髪を、立華の前で煩わしげに掻いていた記憶もある。


 これは確かめる必要があるなと、司郎は神妙な顔で日記を閉じた。



●●●



「おはよう、司郎。珍しいな、こんな早い時間に教室に居るの」

「はよ、徹。偶には早朝一番乗りも悪くないと思ってな」


 高等部二年生である司郎の教室は、複雑に入り組んだ城のような校舎の、二階の端にある。普段ならホームルームが始まる直前に、悠々と車で登校してくる司郎だが、今日は碌に寝れずに早起きしたため、誰よりも先に教室に来ていた。


 静かな空間で窓際の席に座り、澄み渡る外の青空を眺めながら、思考に耽けること数十分。いつの間にか続々と増え出したクラスメイトに交じり、登校してきた徹に声を掛けられ、彼はようやく現実へと引き戻された。


 もちろん、彼の思考を埋めていたのは、斜め右後ろの席に今ちょうどやってきた、立華のことである。


「ん? それにどうしたんだ、その髪ゴム。やけに可愛いな」


 目敏く徹は、司郎の手首に嵌めらた『それ』を見つけた。

 フェルト製の丸々としたウサギの顔が、愛らしさを演出する髪ゴムは、司郎が昨日のうちに使用人の若い女性から借りたものだ。


 言わずもがな、例の日記が本物であるかどうかを、確かめるためのちょっとした小道具である。


「いや、髪が伸びたんだが、どうも切る暇が無くてな。ちょっと、こう、今日は一日縛っておこうかと……」


 チラッと後ろの立華の様子を確認して、司郎は僅かに結べる量の金の髪を、手で掬い上げてゴムを通した。ウサギの耳が嵩張って、若干結びにくい。本来ならもっとシンプルなゴムが欲しかったのだが、急遽仕入れたので此処は仕方ないところだ。


 そうやって不慣れな動作で髪を結んでいたら、頭部に感じる熱い視線。


 1、2、3……昨日の日記に書かれていた通り、きっちり15秒。

 『司郎が髪を結ぶ仕草をしたらガン見する宣言』を、日記の中でしていた立華は本当に、司郎の動きを瞬き一つせず見つめていた。


 かと思えばすぐに彼女は、ハッとしたように色の無い瞳に戻り、ツカツカと司郎に近寄ってきて「そのゴムは校則違反ですよ」と、常である冷え冷えとした態度で注意して行ったが。

 結んですぐ外す羽目になっても、司郎にはこの検証結果だけで十分だった。


 さて残るは帰って、この出来事があの日記に書かれるのか、司郎は確かめる必要がある。


 そしてその後。

 司郎は慣れぬ早起きの弊害で、眠い目をこすりながら、それでもテストを難なくこなして、滞りなく帰宅した。

 日記の2ページ目に文字が浮かび上がったのは、昨日と同じ日付が変わる30分前。

 夜の11時30分。

 そこには――――



『5月16日(木曜日) 天気・晴れ


 神様は私の望みを聞き届けてくれたのでしょうか。

 司郎様が! 髪を結んだ! しかもピンクウサギの髪ゴムで! ピンクウサギの髪ゴムで!


 カッコかわいい何なのアレ!


 司郎様がしなやかな腕を上げて、髪をまとめる動作だけでもヤバイのに。ウサギゴムは卑怯すぎる。あれ渡したの誰だ。グッジョブ、グッジョブだよ! 

 渡した方をただただ讃えたい。


 でも、あれは残念ながら校則違反。泣く泣く注意しなくてはいけない、そんな自分が恨めしい……。誰でもいいから写真撮ってませんかー! 撮ってたらデータください! 編集するんで! あれのおかげでテスト超頑張れた!


 危うく司郎様の婚約者としても、大道寺家の娘としても、素行的に完全アウトな萌え転がる行動を取りそうになったけど、そこは我慢してテストも無事終わって良かったわ。


 本当、司郎様は魅力に溢れ過ぎていて、毅然とした態度を貫くのも大変です!』



 ――――そんな昨日と同様、或いはそれ以上にテンションの可笑しい文面が、ページには所狭しと並んでいた。


 他にも『今日のテストは現文で引っ掛け問題があった。司郎様は大丈夫だったかな?』とか、『テストお疲れって、気軽に司郎様と肩を組める徹様が羨ましい。今すぐ私と替われ!』だとか、日記には司郎のことばかり。


 だけどもう、此処まで来たら認めざるを得ないだろう。

 この日記は紛れもない本物だ。


 そして日記に浮かび上がった内容が、間違いなく彼女の…………『大道寺立華の本音』なのである。


「マジか……」


 俺はもしかして、とんでもない代物を手にして、知ってはいけないことを知ったんじゃないか?


 そう妙な冷や汗を浮かべながら、司郎は自室の赤い絨毯の上に、バサッと日記を落とした。


 その際に偶然、開いてしまったラスト一ページ。


 そこには表紙と同じ、何処の国の言語かも分からぬ難解な文字で、とある『注意書き』が書かれていたのだが、幸か不幸か、司郎にはその字は読めなかった。



 ――――こうして司郎は、否が応にも可愛くない婚約者様の、予想もしなかった本音を知ってしまったのである。

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