待ち合わせ:すっぽかし

「鳶ー?」

 夕暮れ時の大教室。入り口前の席でだべっている鳶のところに、カバンを提げた女子が姿を見せる。

「時間だよ。用意した?」

 右腕の時計を見て退屈そうに呼びかけるが、鳶は振り向かない。

「おい、誰か来てるぞ。女の子」

 友人や先輩に言われて会話が途切れたところを、

「こら、返事くらいしてよ」

 つかつかと歩いてきて、座っている鳶の頭の後ろを左手人差し指で、つん、と気持ち強く押す。

「いて」

 鳶が振り返ると、岬はやや半目で、責めるような目つきで鳶を見下ろす。

「ごめんな、岬、つい話し込んでて」

 苦笑いしながら謝る鳶を見て、岬はふーん、と息を漏らし、

「約束してきたのはあんたでしょ?このトリ頭」

 鳶の頭を柔らかい手で掴んでぐしぐしと回しながら、わざとらしい悪態をつく。

「まあ皆さんとの話を邪魔するのも悪いし。先帰るね」

 手を離すと、そのまま大教室から出ていく。

「おい待てって、すぐ行くから」

 鳶が慌てて用意をしながら背中に話す。

「さよならー」

「あー、ったく」

 さっき撫でられた頭をかいて、カバンを肩にかける。

「おい鳶、今の誰?」

「めっちゃかわいかったな」

「あんなベタベタして、まさか彼女?」

 しまった!と思いながら、鳶はこれを避けるために集合を選んだことを思い出した。

「まあ、そんなところです」

「うわ、お前があんな子と?」

「うらやましいな!どこで知り合ったんだよ」

「幼なじみっすよ…。ずっと同級生で」

「は?ふざけんなしね!」

「ほーう、付き合って何年くらいだ?どこまでしたんだ?ヤったのか?おいおい」

「もういいでしょ!まだ1年っすよ!」

 ゴシップ扱いで面白そうにする友人たちを見ないようにし、最初の一ヶ月は手もつないでもらえなかったよ!と内心叫びながら、

「あいつに手出したら先輩でも殺しますから」

 とりあえずカッコはつけて、さっさと大教室を出ていく。


「岬、待てよ」

 鳶は夕暮れの日が差し込む通路を早足で歩き、ちょっと前を振り返りもせず歩く岬を追いかける。

「悪かったよ。ごめんな」

 左に並んで顔を覗きこむが、岬はまたもわざとらしくぷいっと背ける。頭の後ろ、バレッタでまとめて結んである髪がふわりと揺れる。

「さて、どこ寄ってく?」

 ニコニコして尋ねてみるが、岬は切れ長の目をつまらなそうに細め、前をじっと見る。

「そうだ、甘いもの食べようぜ。アイスクリームとかエクレアとか」

「…お腹冷えるし、ダイエット中だし」

 棒読みで白々しく言う岬に、「お、返事したな?」と鳶は感触を探る。岬が半目の様子も気に入っているが、機嫌を直さないとまずいのはわかっている。しかし、

「昼にもりもり食べといてなんだよ」

 と、つい口から出たのが言い終わらないうちに。岬が立ち止まり、鳶のほうを眉をひそめて睨む。

「…バカ。デリカシーってあんた知らないもんね」

「マジすまん。悪かった」

 鳶はなぜかここで、思いついた本音を言った。

「怒った顔がかわいくてさ、久々に見たかったんだ」

 岬は眉にしわを寄せたまま、唇をはむと噛んで、また前を向いてスタスタと歩き、先に行ってしまう。しかし、

「あんたのおごりね。お昼にお弁当作ってあげたんだし、お返し」

 歩きながら、さっきよりは少しだけ高い声で注文をつけた。

(はーあ。まだまだこんなもんじゃ、許してあげないんだから)

 ちょっとずつニヤついてきた顔を、意識して険しく直していくつもりだったが、

「おう。じゃ、行こう」

 鳶が追いつき、岬が手ぶらにしていた左手をとる。

「何してんのさ」

「振り払わないのか?」

 岬は荷物を持った右手で思わず口を隠そうとしたが、

「それも持ってやる」

 鳶の左手が伸びてカバンをひょいと手からかすめとられ、その様子をはっきり見られてしまう。すぐ近くで、窓からの日に照らされて見つめ合う。

「…夕日が赤すぎるな」

 そのまま廊下の真ん中で、数十秒立ち止まった。

「…ん、何すんのさ!」

「はは、つい」

(ほんといきなりなんだから…。歯磨きしてなかったのに!)

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