おままごと
「あれ、何してるのみんな」
休日の朝、散歩がてら広場に来てみると、近所の子供たちが集まってレジャーシートに座っていた。
「岬ねえちゃん、こんにちは」
4人ほど、4~6歳の子供が、ニコニコとして岬を見上げ挨拶をする。見ると、ピンクや水色のおもちゃの食器が点々と広げてある。
「こんにちは。おままごとかなー?」
「ねえ、岬ねえちゃんもやろうよ」
秋次が立ち上がって岬を引っ張り、嬉しそうに自分のそばへ座らせる。この子は両親の都合でこの土地に長期滞在していて、岬は母の茜と交流がある。そのかかわりで、このさびしがりな7歳に懐かれていた。
「ええと、何をすればいいのかな?」
子供たちをざっと見渡し、何の役が空いているんだろうと思いながら尋ねてみるが、
「お母さんやって!」
子供からすれば完全に大人の歳の岬は、自動的に年長者の役になる。
「はいはい、でもごはんはみんなで一緒に作るんだよー。お母さんは大変なんだから」
すべて任されては子供たちのごっこ遊びもおかしくなるので、まあ無難に盛り上がりを作っていく。
「はーい」
エプロンは小さすぎてつけられないのでとりあえず腕まくりをして、既に結んである髪の上に、ハンカチを取り出して三角巾かわりにつける。ご飯を作る素振りを、子供たちと一緒にしていく。すると、
「おお岬さん。なんだ、チビッ子と遊んであげてるのか」
近所に住んでいる水江先生が来て、声をかけてきた。
「あ、先生、こんにちは。はい、おままごとなんて何年ぶりかって感じです」
つとめて優しい笑顔を見せ、チビッ子たちの相手をしていく。
「どうもっす。ん?」
そこへやってきた鳶が、岬に気付く。
「岬?お前何やってんの」
「へ?あれ」
鳶の声で名前を呼ばれて、子供向けの優しいお姉さんの顔のまま前を見たのが、一気に表情が変わる。
「鳶?…あんたわざわざ広場まで来て、何か用なの」
子供たちの面倒を見ているところで腐れ縁彼氏がやってきて、岬はむしろクールダウンして応じる。
「用事があってな。面倒だけどさ、ほら」
鳶は頭をかきながら、広場の奥を親指で指す。
「ああ、水江先生と?なるほどね」
「そりゃ、おままごとか?」
目の前のどこか懐かしい雰囲気に目を落とし、尋ねる。
「なんか乗せられちゃってね」
苦笑いしながら岬がごっこ遊びに戻ろうとすると、
「鳶にいちゃん!にいちゃんもやろうよ!」
女子のこまちが、面白そうなものを見る目で鳶を呼んだ。
「へ?」
予想外の誘いに、鳶が目を丸くする。
「入って入って」
女の子ふたりが立ち上がって一緒に鳶を招き、座らせる。それも岬の隣へみごとに案内した。岬も目を丸くしていたが、子供の勢いにはかなわない。
「おいおい、何の役でだ」
呆れた顔で、それでも一応相手をしてやらなければと思ったのか、鳶も自分の役を聞いた。そして、
「お父さんやって!岬ねえちゃんとふーふで!」
直球の要求が、無邪気な口から飛んでくる。
「ちょっ、こらみんな、何言ってんの」
岬は正直予想していたが、いったんは諭してみる。鳶も困り顔で岬と目を合わせた。しかし、鳶を座らせた子のうち、こまちが楽しそうに言う。
「鳶にいちゃんと岬ねえちゃん、らぶらぶなんでしょ?みんないってるもん」
耳聡い世間のこと、鳶と岬のうわさくらいはちびっ子の耳にだろうがとうに入っているようだった。ましてや古い友人の妹であるこまちはよく知っている。
「岬ねえちゃん、照れてる?」
「ええー…と」
まいったなあ、と耳周りの髪をいじりながら、うまく次の言葉が出てこない岬を見かねて、
「おいおい、…ったく、しゃーねーな」
鳶がごっこ遊びの続きをしゃべり始める。
「じゃ、お父さんは仕事行くぞ。行ってきます」
正直面倒だからか、鳶はもうさっそく立ち上がって<玄関>へ行こうとする。
「鳶、あんた逃げるの」
「居づらいだろ」
いきなり離脱しようとする鳶に岬が小言を言ってみるが、鳶の言うことも確かにそうだった。大の男が子供のおままごとに駆り出されても、動きようがない。しかし、
「ちがーう!ふーふはなかよくするの」
もうひとり、見慣れない女の子がこだわりを見せる。
「どうすりゃいいんだよそれ」
頭を軽くかいて、鳶が女の子に訊くが、ただ不機嫌そうな顔をするだけで何も言ってくれない。親の仕事の都合で最近滞在している子だろう。慣れないから余計に分からない。すぐ向かいにいる<お母さん>岬のほうに目をやるが、
「あたしに聞かれたって困る」
腕をまくって三角巾もどきをつけたまま、お母さんとは思えない冷たさであしらわれる。
「…分かったよ」
鳶はそう言って、何か方向性を固めた。
「何が」
眉を曲げていぶかしむ岬へ、
「岬。こっち」
顔を近づけさせる。
「?」
そのまま、一切前ふりもなく、きょとんとする岬の頬におもむろに近づき。
ちゅっ、とキスをした。
「…行ってくるよ、お前♡」
固まる岬の耳元へ、いたわるような優しい声でわざとらしくささやき、すっくと立って<仕事>へ行った。
「わあー!いってらっしゃいのチューだ」
居並ぶ子供たち、とくに女の子ふたりから歓声が上がる。男の子からははやし立てるような歓声が来た。
「すごーい!おにいさん、すてき!」
後ろの反応にはわざと目もくれず、鳶はそのまま靴を履いて広場中央に向かう。
「…!!鳶、あんた!!こんな、子どもの前でっ!」
いきなりのことに、岬は頬を両手で押さえて目をぱちぱちさせ、怒った様子と照れが混ざった声を出す。大胆なことをしてきたあいつの背中に、立つ余裕もなく言葉にならないことを言う。
「おねえちゃん、お顔真っ赤だよ?」
こまちにそう言われなくても、岬本人が顔の熱さで嫌というほどもう気づいている。まあ、嫌ではないかもしれないが。
「みさきねえちゃん?」
秋次が顔を覗き込んで訊いてきて、ようやく返事をする。
「ああ、ごめんね、あたしもちょっと何が何だか」
(あの、バカ…♡)
岬はそう小さくつぶやきつつ、内心ドキドキして仕方なかったのが自分でもにくらしかった。
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