交流会:畳敷きの広間で
畳敷きの広間、交流会を兼ねた緩い宴会の席。
「よ、岬。飲んでるか」
端に座って壁に背をついて、足を投げ出してぼうっと休んでいる沖島岬に、翼鳶がからかうように声をかける。
「…とんび?」
少し上からの聞き慣れた声に、岬が眠そうにとろんとした目をこすって、見下ろす鳶に返事をする。
「見て分かんない?きゅーけいちゅうだから」
目の前の宴会机に置いてある紙コップには、軽く残った酒。いつもは仲間内で楽しそうにひたすらしゃべっている岬も、今日は疲れたのか、賑わいから少し離れている。髪をほどいて、ベージュのセーターの背中まで黒が届いている。
「じゃ、俺も」
鳶は手に酒の入った紙コップを持ったまま、わざと距離を詰めて岬の右隣に足を立てて座る。飲みかけを傾けきって干した後、岬に顔を近づけて尋ねる。
「水飲むか?」
いつもなら、顔の近さに岬の眉がぴくりと動いたりする。が、今回は特にそんな厭味な反応もなく、ただ鳶の目をじっと見ただけで、
「ううん、ありがと」
軽く笑ってみせ、視線をさっきまでのほうへ向き直した。またぼうっと眺めながら、くあっ、と一つあくびをする。その様子に、鳶は珍しくしおらしい岬の横顔を見た気がして、
「なんだよ岬ぃ、可愛い顔しやがって」
ふざけながら、岬の左肩へ手を回して、セーター生地を撫でるようにつかむ。
「ちょっ…」
鳶の腕がそのまま、岬の体をぐいっと抱き寄せる。岬の視線は周囲を見渡しながら、それでも鳶の手を振り払うようなことはしない。
「あったかいな。柔らかい。最高」
「バカ。みんなに見られるって」
岬は右手で口を軽くこすって照れを隠し、眉を曲げて嫌そうなふりはしても鳶のするように任せる。鳶の手が岬の肩から二の腕、首筋とうなじにかけて撫でていく。岬は薄く目を開けつつ、鳶の感触に照れと安心をないまぜに、自分から抱きしめられにいく。
岬の右頬、目のすぐ下に、ちゅ、と鳶の軽く突き出した口が触れる。右目を閉じて、その優しさを肌で味わう。
「ふふ…」
鳶の胸で軽く笑ってみせる岬の隙へ、いたずら好きがまた出てくる。
肩から差し込んだ手が、器用に指の形を変え、するりと岬の下着の紐を外しにくる。
「って…あっ」
岬もこのくらいは慣れて、右手でなんでもなく手をはたいて、仕方ないやつ、と言わんばかりに鳶の顔へ目をやった。
「へへ」
ところが、それだけでは収まらず、
「ひゃっ!」
背中にすぐ手を回し、服の上から力を込めてホック外しを繰り出した。
「ばっ…あんた、この!」
ブラを引っ張る鳶の手を引きはがし、胸元を押さえて顔を赤くする。酒の酔いも混じって耳まで一気に染まり、振り返って鳶を睨む。
「はは、手が滑った」
「(みんないるんだって!わかってんの?)」
「悪いな。大丈夫か?今の感触だと、外れただろ」
「…よくわかるね、ほんと。エッチ」
「つけなおしてやろうか」
「けっこう。殴るよ?」
「あ~?」
賑やかそうにしゃべっていた烈未が、鳶と岬の様子に気付いた。
「まあ~ったアンタらは、仲好さそうにしちゃって!」
耳年増の噂好きが、これでもかと厭味ったらしく、かつ楽しそうに言いだす。
「え、ちょ、待ってよ、そんなんじゃないって」
岬が慌てて言いながら皆のほうを向き、それとなく背中を直そうとするが、焦ってうまくいかない。
「あらら、あの子ら!人前でもお構いなしかあ」
「みたいですねー。全くお熱いことで」
引率替わりの顧問、玉木茜先生も面白そうに鳶たちのほうを向く。
「よっと、けっこうなことで!」
櫂が酒瓶ごと持って笑いながら近づき、どっかと正面に座る。
(やば!)
(おい、ったく)
岬が押さえた下着へ鳶が再度手を加え、ようやく直る。櫂はそれには気づかず、変わらず手酌で注いでかっくらいつつ、
「ではみんなで質問攻めと行こうか!」
いきなり企画を持ち出す。
「は!?」
「おー!」
酔ったテンションとあって、当事者たちのことは丸無視で乗り気になる。
「さあ、なにもねえならまずおいらが性癖から聞くが?」
「おいふざけんな!」
「ねえ鳶君、きみさ、岬ちゃんのどこが好きなの」
真っ先に手を挙げたのは玉木先生。
「聞いてみたーい」
「確かに。かわいいっていったいどこがどうなんだろねえ」
女子連中が囃したて、顔を見合わせてにやにやとする。
「どうせあれでしょ?うなじがえっちだからとかでしょあいつ」
雑多な話の中で、烈未がちょっと得意な顔でつぶやく。
「うなじ?」
玉木先生が聞き返し、薄赤色の眼鏡を指でつまんで顔に押し上げながら尋ねる。
「ふふふ、先生あいつね、うなじフェチなんですよ。岬ちゃんったら、そのあたりばっかりされて痕ついちゃって。首筋とか湿布はって隠してるんですよ。だってあれですよ?肩しゃぶられるとか」
面白いネタを披露できる!というノリノリの口調で、烈未が大親友のヒミツをつらつらと口から滑らせ、
「れっちゃん!それダメだって!」
顔を赤くした岬が慌ててストップをかける。
「ほー、鳶君そんな趣味あるのか」
面白い研究対象を見たような口調で玉木先生に目線を向けられて、
「待ってください、それだけじゃないんで!」
鳶は急いで否定するが、
「それはあるんだ?」
「ぐ…」
玉木先生から何気ないダメ押しの一言を食らって、何も言い返せなくなった。
「ねえ、もういいでしょ」
「…はは、みさちゃんがギブしちゃった。ごめんね」
これはもうやめようか、と烈未が謝る。しかし。
「…あー」
鳶が考えながら声を上げる。
「ん?どしたよ鳶」
真ん前に座って手酌を傾けた櫂がいぶかしむ。すると。
「岬のことは、全部好きです」
ちょっと伏せがちな笑顔で、鳶が模範解答を繰り出した。
「え…あ、ちょっとあんた、いきなり何?」
「だから、好きなところだよ」
びっくりして聞き返す岬のほうを向き直して、鳶は再度答えてみせた。
「おおーよく言った!男だね鳶くん!」
「先生、何喜んでるんですか…」
烈未が苦笑いしながらツッコミを入れる。
「いやー私も久々に旦那に言われたいなあ、こういうの」
「とんび、あんたこのお…♡」
「みさちゃん、声がめっちゃ嬉しそうだよ?」
女二人がやたらテンションを上げている様子に、ゴシップ好きは呆れてしまう。
「よし、岬ちゃんは?」
自分の番が来ることを予想していなかった岬は、急なフリに眉を詰める。
「さあミサ、とびっきりあめえこと言ってやれ!こいつ涼しい顔してるけど、楽しみにしてやがるぜ?」
今度は櫂がわざとらしい大声で囃したてた。
「そんな…鳶の好きなところって…。だってえ、こいつさ、うるさいし、バカだし、スケベだし、あたしが何かお膳立てしたげないとちゃんとやらないし。すぐあたしのこと今みたいに引っ張って撫でてくるし、そのくせにこっち見てくれないし…。好きなところなんて…」
本人はいかにも不満だ、と訴えてみせる口調のつもりだったが。
「…みさちゃーん?」
「あれ?」
岬がはっと気づくと、周りが(あーあ全く…)と言わんばかりに静まり返っている。
「もういい。十分わかったよ」
端に座って黙って聞いていたトイマルが、四角い銀縁眼鏡をかけ直して岬たちのほうへわざとらしく視線を向け、微笑ましそうにうなずく。
「へっ、ちきしょうめ。久々になかなかの威力だったなオイ」
櫂が酒のペースを続けながら鳶のほうを指さし、くっくっと笑う。
「あれだけ愛おしそうに愚痴られたらこっちが困っちゃうねえ。若いってのはいいわー」
最後に玉木先生がしみじみとつぶやいた。
「え?」
自分の発言でみんながお腹いっぱいになったとようやく悟り、岬は恥ずかしそうに口へ手をやってごまかす。
「ちょっと、そんなつもりじゃなくってぇ…ああもう!」
「ね?話してると半分以上は鳶のやつのことなんですよ」
仲良したちのノロケで、お楽しみ会は更けていった。
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