鳶岬
縁綬
始めの景色
「お、あれ鳶だな」
講義棟の雑踏の中。春特有の賑やかさをかき分けて歩く中で、最近知り合った友人が目に留まる。
「ほんとだ。鳶君だねえ。おや?隣にいるのは…?」
廊下のベンチに座って急場のお昼を食べているらしいすぐ隣に、薄目を開けてスマホを持つ女の子が見えた。
「ほほう、あれはみさちゃんだ。…あの様子、いい仲なのかな」
鳶は右手にコンビニおにぎりを持ってほおばりながら、隣に「座らせている」らしい岬のほうをちらちらと見る。岬も、もぐもぐと口を動かして一緒に急ごしらえをしているようだった。しかし、岬は鳶の様子も何となく視界に入れながらも、つんとした表情のまま、右手指でカロリーメイトを口へ放り込む。
「そうだったのかよあいつら。…くっついて座ってる割には、ちっとも目を合わせねえな」
鳶はニカッとして何か話しかけるが、岬は目線だけ鳶にやったあと、一言二言だけしゃべってまた戻る。
「あ、なんか触ろうとしてる」
間違いなくわざと空けている左手が、おそるおそる岬の髪に近づいて。いかにも触りたそうに指を伸ばす。と。
岬の右手がさっと伸びて、鳶の手をはたき落とす。雑踏の中でも、ぺちっ、という音が聞こえてきそうだった。
「えっ!おいおい、手はたかれたぞ」
思わずけらけらと笑いが出つつ、立ち止まって遠目からこの友人達を見物する。
「ミサのやつ、なんて言ってんだろなあ?」
なんとなくつぶやいてみると、
「ええと、『人前で触らないでって言ったでしょ?バカ』かな」
さらりと推理した説明が来てぎょっとする。
「…よく聞こえたな?」
「聞こえてはいないよ。口の動きで分かったよー」
授業で正確無比な質問をするものだから絡んでおいたこの物静かな縁なし眼鏡の男は、予想以上にものを観察しているらしい。
「しかしまあ、男の手をはたき落とす女の子とはおもしれえな。ミサはそういうタイプか。あの野郎、気の強い子と付き合ってんのな、クク…」
「よう!元気か?」
二人で仲睦まじく?腹ごしらえをしているところへ、最近見知った友人が声をかけてくる。一緒に顔を上げると、楽しそうにニイッと笑う男と、上と下の縁がない眼鏡をかけた半目のおとなしい男が立っていた。
「ん、櫂か?それと、あと」
おにぎりを平らげて指を舐めながら鳶が名前を思い出そうとして、
「トイマル、だったよね?二人ともおつかれさま」
岬が鞄にスマホをしまって、下からひょいと人差し指を突き出してトイマルを指す。
「鳶、あんたもちゃんと覚えたげなよ?」
鳶を見て軽くクギを差してやる。
「どうも。覚えてくれて嬉しいね、みさちゃん」
「ん?岬、お前もうあだ名で呼ばれてんの?」
驚いた顔で鳶が岬のほうを向くが、
「別にそんくれえいいだろよ。てめえ、自分のもんだからってそれも許さねえのか?なあ、ミサ」
「そうそう。あたしはこういうふうがいいの」
岬は櫂たちと鳶のほうを交互に見て、得意げにニコッと笑ってみせる。
「ほお、否定はしねえのな」
「え、何が?」
「おはよーみさちゃん!」
遠くから呼びかける女子の声がして、廊下の先を見る。
「わ、れっちゃんに令ちゃん!」
岬が立ち上がって手を振り、迎えに行く。わざとらしくばっちり決めた派手な女子が大きな口を開けて呼びかけ、その横に少々癖のある黒髪の女子が静かについてきていた。
「みさちゃん、きのうはごめんね!返事しないまま寝ちゃっててさ」
烈未が口やかましくしゃべりだし、
「いーのいーの、あたしも眠かったし」
「お昼食べちゃったんだっけ?今から令ちゃんと行くから一緒にって思ったんだけど」
「また今度誘ってよー?」
一通りの挨拶が終わったところで、
「あの、岬ちゃん」
烈未に連れられていた令果が、おずおずと口を開く。
「ん?どしたの令ちゃん」
「あっちのみんなから抜けちゃって大丈夫?」
「ああ、あれね」
「なんだよぉ、女連中で急ににぎやかになったな、ええ?」
櫂が楽しそうにわざとらしい愚痴を言う。
「んだよ、飯食ってねえなら俺らも混ぜろよ」
トイマルに指で促し、平気で合流しようとする。
「こら、男子は入ってこないでよ、レディースの話なんだから」
「はは、なんだそりゃ」
烈未が呆れた口調で櫂にストップをかけ、櫂がやや突っかかり気味になったのを、
「まあまあ、おさえておさえて」
「いや、お前に言われてもな!?」
トイマルが相変わらずの無表情でいさめ、総突っ込みを食らう。
「こりゃ失礼。はははは」
笑っているのかもよく分からない顔で、口だけで笑い声を上げてみせる。
「…もう俺ら行こうか?時間あれだしさ」
鳶がベンチからようやく立ち、スマホの時計を気にしつつ移動の準備をする。
「あれ、やば、もうこんな時間じゃない。急がなきゃ」
岬が手首内側の腕時計を見て、ベンチに戻って鞄をとる。
「ごめんねれっちゃん令ちゃん、もう行かなきゃだ。続きは後でlineに流すから」
「はいはーい」
「岬ちゃん、まだ間に合うから気をつけてね」
岬が服のしわをとり、軽く髪を手で梳いたあと、
「ほらあんた、さっさとして。何やってんのもう」
前を歩き始めた鳶の襟を引っぱって直し、頭の後ろをトントンとたたく。
「お、おう。じゃあな、みんな」
鳶は後ろからの岬の世話焼きにきょろきょろしながら、その左手をそれとなくつかもうとし、
「ん、ばいばい」
岬はその左手をあげて烈未たちに手を振り、見事に空振りになった。
「ハハハ、よけられてらあ!」
櫂の笑い声を鳶が少々にらみながら、廊下の向こうへふたりは消えていった。
「ふふん、仲のいいこった」
「さあ、どれくらい続くのかな」
「はあ、進学してから鳶の話増えたんだよね」
「まだ、ぎこちない、のかな?」
おのおの勝手な感想を漏らし、意気投合し始めていく。
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