その17

「………………」


 史勇と巧人、そして才音が去って行った部屋の中で、理子は考えを巡らせていた。


「それでは、私はこれで失礼します」


 瞬兵が一礼し、部屋から出て行こうとする。だがドアの所で立ち止まり、理子の方へ振り向いた。


「春日井巧人の事は、もうよろしいのですか?」


 それだけは聞いておきたかったからだ。理子は更に少し考える仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。


「……そ・う・ね。私自身も驚いてるんだけど、春日井君なら史勇を任せられるかもしれないわ」

「どういう意味ですか?」


「史勇にこの学園への入学を薦めたのは、史勇を特異な目で見ない環境に入れるためと、アンチスキルエンジンを持っている朔夜を無理なく史勇の傍に居させるためだったのよ。だから女の子になっちゃった事や、春日井君の存在は想定外」


 確かに性転換するなんて考えもしないだろう。巧人については人となりを知る者ならば想定内だが、理子が学園を卒業したのは巧人が入学する前の事であり、いくら彼が学園内で有名とは言っても、外にまではそれほど知られていない。常に世界を巡っている理子が知らないのは無理もない。


「それでも私の想定は変わらないと思っていたし、そのためには邪魔になる春日井君を史勇から離せば上手くいくと思っていたわ」

「ですが、結果はご覧の通りです」


 史勇は自分の意志で巧人を連れ戻しに訪れ、理子は巧人と『勝負』を行い、巧人が勝利した。どれも理子が考える事すら無かった事だ。


「一番の想定外は、史勇が『勝負』をしてきた事ね。前の史勇からはとても考えられなかったわ」


 瞬兵は入学前の史勇の事は知らないが、おそらく今日までの厄介事に巻き込まれようとすまいとする態度はその一端だったのだろう。それから考えると、確かに想定外だったかもしれない。


「史勇が変わったのは春日井君によるものかもしれないし、そ・れ・に、彼が私との『勝負』で見せた異能力――」

「春日井巧人の新たな異能力、ですか?」


 瞬間移動させる力が、物体だけでなく異能力さえも可能になったと史勇が語っていた。


「あれがコントロール出来るようになったら、きっと史勇の『悪運』も無くなるわ」


 それは理子が実現しようとしていた事なのだろう。もしかしたら、同様に異能力を無効化出来る朔夜より完全な形で実現するかもしれない。


「――ワタシはどうすればいい?」


 その朔夜が表情を変えずに理子に尋ねてきた。今から何をすればいいのか、だけではなく、今後史勇に対してどう接すればいいのかというニュアンスも含まれているように瞬兵は感じ取った。


「好きにしていいわ」

「……詳細の説明を請う」


 彼の存在意義は史勇の異能力の無効化だ。それをこれまで通りに行うならそう言ってもらいたかったのかもしれない。

 しかし理子はそれを命じなかった。それは巧人という新たな選択肢が出たからだろう。


「今まで通り史勇と手を繋いでいるもよし、あなたが今やりたい事をやるもよし。朔夜、これからあなたは史勇の異能力の無効化に全てを捧げなくていいの。私はあなたに自己判断が出来るだけの知能を与えたつもりよ」

「……了解した」


 朔夜はうなずくとそのまま踵を返して部屋を出て行こうとする。


「逆に聞くけれど、これから何をしたいの?」


 理子の質問に、朔夜は表情を変えずに答えた。だが無表情でも目に輝きが宿った、その様に瞬兵は感じた。


「史勇のポニーテールをワタシの気が済むまで撫でる」


 その瞬間、理子が腹を抱えて呼吸困難に陥るまで大笑いした。

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