第5章「サプライズ・エンディング」

その15

 巧人がいなくなってから三日が経過した。


 姉の助手になった事で授業が免除されている扱いらしく、休んでいてもテストさえ受ければ進級できるらしい。これはこの学園に通う芸能人と似たような扱いのようだ。

 巧人というトラブルメイカーがいなくなった事で、俺の学園生活は急激に静かになった。

 何かにつけて俺の周りで起こっていた騒動が嘘のようにピタッとなくなり、更に朔夜のおかげで事件や厄介事に巻き込まれる事もなくなった。

 オレが今までずっと求めていた、平穏無事な学園生活がここにある。そう思うと逆に問題ないのか不安が迫ってきた。


 いや、大丈夫だ。何もない毎日が初めてだから、戸惑っているだけなんだ。よし、気分を切り替えていこう。今度こそ楽しい学園生活の始まりだ。



「――どうしたんだ、変な顔をして」


 丈留が唐突に話しかけてきた。

 気がつけば既に放課後になっていたようだ。何か今日は授業の内容が全く頭に入らなかった。これが平和ボケというものか……違うな。


「……そんなに変な顔をしていたか?」

「していた。そんな顔してたらせっかくの尻も台無しになるぜ」


 ストレートに言うな、丈留は。だが二言目は因果関係を全然見出せないぞ。


「やっぱり、巧人がいなくて寂しいのか?」

「何で巧人が出てくる?」

「そりゃあ、巧人と一緒の時の史勇と比べたら今の史勇は月とすっぽん、桃尻と硬球だぜ」


 その例えの意味はわからないが、巧人がいた時と全然違うというのはわかった。

 ……いや、そんなに違うのか?


「史勇は今、落ち込んでいる」


 朔夜が唐突に話に割り込んできた。今までずっとオレの手を握りながらオレのポニーテールを器用に片手ですいていたから少しびっくりした。

 しかし、朔夜から見ても違うというのか。オレはせっかく気分を切り替えて新たな学園生活にのぞんでいるというのに。


「オレは、巧人がいなくてむしろ期が楽になっているんだけどな」

「本当にそうなのか? このクラスは巧人が来ないから静かになっちまってるってのに」

「いい事じゃないか、落ち着きがあって」


 周りが静かになったとはオレも実感しているが、それはメリットだと思っている。賑やかというよりやかましいという状態だったからな。


「落ち着きよりも活気がなくなった感じだぜ。みんなどこかやる気も減ってるしな」

「………………」


 巧人がそれだけクラスの中心となっていたという事を言いたいのか、丈留は。

 大方それでオレの気を変えさせて、巧人を連れ戻させようと言うつもりだろう。だがそうはいかない。オレはこの平和を少しでも長く味わいたいんだ。



「――どうしたの、変な顔をして」

「オマエもか」


 花鈴が寮に帰ってくるなり、花鈴も同じ事をオレに言い放った。


「貴女の今の顔、不機嫌と困惑が入り交じった表情になっているわ。他人が見てもあまりいい気分になれない表情よ」


 そう思うんなら見ないでくれ。


「……オレはそんな気分じゃないぞ」


 何でどいつもこいつも同じ事を言うんだ。


「だったらキチンと心情に合った表情をしなさい。それとも、貴女は自分の本心に嘘をついているのかしら?」

「そんなわけないだろ」


 そう、あるはずがない。

 巧人がいない方が平和なんだ。だから今の方がオレにとって良いんだ。


「それなら明るい顔をしなさい。今それが出来ないなら、障害を取り除くようにしなさい」

「障害って何だよ」

「貴女が一番わかっているでしょう?」

「………………」


 花鈴の言葉に対して、何故かオレは何も言い返さなかった。

 自分でもそれがよくわからなかった……いや、本当はわかっていたのかもしれない。

 だけどそれは『今までの自分』に対しての不義理になると、どこかで思い込んでいるのかもしれない。自分の心ながら、そこがハッキリとはわからない。


「悩むくらいだったら、春日井君みたいに行動するのが一番よ」

「何故そこで巧人の名前が出てくる?」

「春日井君の事を考えていたのでしょう」


 肯定はしないが、否定もしない。


「どうして春日井君を連れ戻そうとしないの?」

「……アイツがどうなろうと、もうオレには関係無いだろ」

「そういうわけにもいかないわ」

「だったら花鈴や他のヤツが連れ戻しに行けばいいじゃないか」


「貴女は連れ戻さないの?」

「っ……!」


 オレが行ったって、連れ戻せる手段が無い。

 姉の異能力がある限り、姉に『勝負』を申し込んだって勝つ事が出来ない。実力行使なんて論外だ。

 だいたい、巧人はオレにとってオレの『悪運』を助長する厄介事でしかないんだ。もうこれ以上厄介事に巻き込まれたくない。これは入学前からずっと思ってた事なんだ。

 だから――


「あきらめるつもりかしら?」

「は……?」


 あきらめる? 何をだ?


「これは私の勘だけれど、春日井君を連れ戻せるのは貴女しかいないわ。他のみんなも同じ事を思っている」

「何でだよ。オレには――」


「……『変わった』のは、性別だけではないでしょう?」

「っ!」


 言葉が詰まった。


「とにかく、もう一度しっかり考えなさい。春日井君の事と、貴女自身の事を」


 それっきり、花鈴は朝になるまで俺とは何も話さなかった。オレ自身も何を話せばいいかわからなくなったというのもある。

 まったく、アイツはどうしていなくなったらいなくなったでオレを悩ますんだ。



「――ンどうした! 変な顔をして!」

「オマエがいきなり出てきたからだ」


 翌日の昼休みに、今度は才音にまで言われてしまった。だがこっちの原因は才音自身だから意味が違う。例え傍目からは同じに見えても。

 それに朔夜がいてもこんな風に厄介事が飛び込んでくるとなると、本当に朔夜の無効化が効いているのか疑わしくなってくるじゃないか。


「大方あの春日井巧人がいなくて落ち込んでいたのだろう!」

「揃いも揃ってそんなにオレと巧人をセットにしたいか」


 入学して以来、アイツは何かとオレにつきまとっていたからわからなくもないが、オレという当人が嫌な気分になるだけだ。


「そんなに春日井巧人と一緒にされるのが嫌ならば、ン大人しく私の実験台となれ!」

「それはワタシが阻止する」


 手を繋いだままオレと才音の間に立つ朔夜。


「ン貴様は『勝負』せずに私をくじかせるから好かん! 欲しいものは正面から奪う! 護るも同じ事!」


 妙なところで誠実なのは才音もか。


「二葉史勇! ン貴様が私の『勝負』を受けないのは結果が見えているからだろう! だがそれを言い訳に最初からあきらめているなぞ愚の骨頂! ン私は貴様があきらめるまで追い続けるぞ! 春日井巧人がいない今なら尚更だ!」


 もはやストーカーレベルだぞ、それは――


「――ああ、そうか」


 ようやくわかった。何故オレが厄介事に巻き込まれ続けるのかを。

 『悪運』のせいだけじゃない、オレ自身の問題があったんだ。それを解決しなければ、厄介事はいつまでも俺の前に現れ続ける。

 だったら、覚悟を決めるしかない。


「どうした! 何を一人で納得している!」

「いや、オマエのおかげでやっとわかったんだよ。だから――」


 決戦に向けての準備だ。


「『取引』しよう」



 宮内新命学園の研究所、その一室を理子は帰国した時の拠点として利用している。

 巧人は両手に抱えていたトランクを、理子の机の近くに下ろした。


「ご苦労様、春日井君」


 後から部屋に入ってきた理子が巧人に労いの言葉をかける。


「オレの『転送』を使った方が早かったと思うぜ」

「確実性が無いじゃない。史勇から聞いているわ、たまに狙い通りに行かないって」


 どうやら史勇は自分の事を色々と理子に語っていたらしい。そう思うと嬉しくなった。


「ところでオレはいつまでお姉さんの手伝いをすればいーんだ?」


 もう三日も学園に通っていない。理子や志摩先生曰く、テストさえ受けて合格点を取れば出席日数が少なくてもいいらしい。だからそれについては心配していない。


 しかしシュー子――史勇にはオリエンテーション以来全く会えていない。

 理子の手伝いは登校するよりずっと早い時刻から、日が落ちて寮の門限ギリギリまでずっと時間を取られている。内容は講演の準備といった雑用から、知識が無くても行える実験のデータ収集まで行っている。おかげで移動時間くらいしか休む暇がなく、史勇と一緒にいられる時間が全く取れていないのが不満になっている。


 故に期限が気になった巧人は質問を理子に投げかけた。


「言わなかったかしら?」


 椅子に座ってパソコンを起動させながら、理子は答えた。


「『ずっと』よ。だから春日井君にはテストの時以外は私に付き添ってもらうわ」

「は!?」


 巧人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 理子の言っている事は、つまりテスト以外では学園に通う事を許されない、史勇に会う事は叶わないという事だ。


「……まさか、俺をシュー子に会わせないために!?」

「やっと気がついたのね」


 巧人はようやく理解した。理子は史勇の傍に巧人を置きたくないから、あの時に『勝負』を仕掛けたのだ。しかも史勇のキスという商品をちらつかせ、巧人が優勝目前という状況まで上り詰めた後に叩き落とすという趣味の悪いオマケ付きで。


「シュー子と違って悪い性格してるな、お姉さんは」

「褒め言葉として受け取っておくわ。だ・け・ど、春日井君のせいで史勇が悩んでいたから、私はその悩みを解消してあげたのよ」


 理子がにこやかな笑顔を見せてきた。だが理子の言葉を聞いて、巧人は逆にある事を確信した。


「シュー子のお姉さんなのに、案外シュー子の事をわかっていないんだな」

「……どういう事かしら?」


 理子の表情が急変して真顔になった。


「俺の方がよっぽどシュー子の事をわかってるって事さ」


 学園に入学する以前の事は知らないが、少なくとも今の史勇の気持ちは理子より理解している。巧人にはその自信があった。


「何故なら――」

「勝手にオレの事をわかったつもりでいるんじゃない」

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