その14

『――終了時刻となった。参加者は十分以内に体育館に戻るように。十分を過ぎても戻らなかった場合は失格となる』


 全校に終了のアナウンスが流れた。


「よっと」


 それと同時にオレと巧人は瞬間移動して体育館に戻ってくる。

 既に体育館には結構な数の生徒が戻ってきていた。だけどその手にはあまりフラッグの数が無い。早々にあきらめたヤツらという事か。まあ、それを言ったらオレなんか巧人に振り回されてまったくフラッグを取れていないけどな。


「春日井巧人、さすがに優勝を狙っていると豪語するだけあるな」


 桐野先輩が巧人の持ってる無数のフラッグを見て感心していた。ぱっと見だと明らかに巧人が一番多くフラッグを持っている。


「本当に疲れた……」


 そんな事はさておき、散々巧人に連れ回された疲労感が、落ち着いた事で襲ってきた。


「お疲れ様、史勇」

「ああ疲れてるんだだから抱きつくな!」


 姉がいる事を一瞬でも忘れてて油断してたよ! おかげで余計に疲れる!


「どうだ、お姉さん。これならオレの優勝は確実だろ」


 巧人が姉に向かってフラグを見せつけてきた。姉はそんな様子にも特に表情を変えずにいる……が、オレにはわかる。


 姉が『何か』を考えているのが。


「そうね、きっとあなたが優勝よ。だ・け・ど――」


 姉の手がゆっくりと上がり、巧人を指さす。


「その前に、あなたに『勝負』を申し込むわ」

「なっ!?」


 何を言い出すんだ、と思ったけど、ようやく姉の真意を理解した。そしてオレは思い出した。


「どういうつもりなんだ、お姉さん?」

「簡単な事よ。あなたは史勇にとって悪い存在なの。だ・か・ら、『勝負』であきらめてもらうわ」


 姉もオレに対して両親とは違う形で過保護だという事を。


「そういう事か、二葉女史」

「いいでしょう、審判委員会委員長さん?」

「春日井巧人が受けるならば、成立だ」


 『勝負』の成立には双方の同意が必要だ。だからオレは――


「当然、俺は――」

「受けちゃ駄目だ、巧人」


 巧人を止めないといけない。


「どうした、シュー子。まさかオレが負けると思ってるのか? それとも、オレがお姉さんを傷つけるなんて――」

「そうじゃない。この『勝負』は罠だ」


 巧人を陥れるための、姉が合法に巧人をオレから引き離すためのものだ。


「罠だろうと何だろうと、俺は負けないぜ!」

「それは合意とみていいのか?」

「応!」

「おい……!」


 本当にオレの話を聞かないヤツだ。しかも今回の場合はそれが致命的だ。


「ならばここで二葉理子女史と春日井巧人の『勝負』を行う」


 桐野先輩の宣言と共に体育館がざわつく。

 学園で有名なトラブルメイカーである巧人と世界的権威である姉が『勝負』を行うとなれば、注目されない理由が無い。


「今回の『勝負』での条件を確認する」

「俺は決まっている! 俺が勝ったら、俺とシュー子の仲を応援してくれ!」


 やっぱりそうなった。だが今回ばかりはそれにツッコむ気はない。


「私が勝った場合は、春日井君は私の助手になってもらうわ」


 そう来たか。だけど納得できる条件だ。

 オレと巧人を付き合わないようにするとか一切話してはいけないとかにしても、同じ学園に通い同じクラスで授業を受けるのだから、それは困難だ。オレをこの学園から転校させるのは、オレが入学する前に姉自ら出した提案を反故にする事になる。巧人を転校させても、通い詰めてくる可能性は十分にある。

 ならば巧人を自分の手元に置いておくのが、監視にもなっていいという考えだろう。


「……双方とも、その条件で構わないな? ならば『勝負』の内容を伝える」


 そう言いながら桐野先輩が取り出したのは、トランプだった。


「今回は『神経衰弱』だ」


 よりにもよってそれか。


「巧人、『勝負』を放棄しろ」

「それは認められない、二葉史勇。ここで放棄した場合、自動的に二葉女史が勝者となり、条件が認められる」


 マジか、オレが止めるのが遅かったか。


「心配するな、シュー子。こう見えても神経衰弱は得意だぜ!」

「そういう問題じゃ――」

「カードを並べ終えた。双方とも準備はいいか?」


 いつの間にか巧人と姉の間に机が置かれ、五十二枚の裏向きのトランプが無造作に広げられていた。


「それじゃ、先攻後攻を決めようぜ」


 二人がじゃんけんし、先攻は巧人となった。


「よし、行くぜ!」


 気合いを入れながら巧人がトランプを二枚めくる。

 スペードの一とハートの十二と当然ながら数字は揃わず、巧人はめくったカードを元に戻した。


「私の番ね」


 姉が巧人のめくっていないトランプを開く。だけど出てきたのはスペードの一だった。


「あら、これはどういう事かしら?」

「悪いな、お姉さん。俺の異能力で場所を変えさせてもらったぜ」


 アイツ、元に戻した瞬間に他のトランプと場所を入れ替えたのか。

 外野からはさかしい真似だという声も聞こえるが、そんなの姉に対しては意味がない。


「この学園での『勝負』なのだから、このくらいはするわよね。だ・け・ど――」


 姉がもう一枚めくる。それはハートの一、ペアが出来た。


「私には関係無いの」


 よどみなく次々とトランプをめくっていく。


「な、何……!?」


 姉は一回もミスする事なく、まるで全てのカードの配置を把握しているかのように次々とペアを作り上げていく。通常ならあり得ないその光景に、生徒達がどよめいた。


 オレはこうなるのがわかっていた。この異様な状況は、姉の異能力によるものだ。


「はい、これで十四組のペアが出来たわ。過半数を取ったから、私の勝ちね」

「くっ……!」

「この『勝負』、二葉女史の勝利だ」


 姉が『勝負』に勝った。


「だから言ったんだ、受けるな、って」


 こうなる事が目に見えていたんだ。だけど、今思えば巧人が『勝負』を受けるのも必然だったかもしれない。

 姉の異能力がそうさせた可能性が十分にあるからだ。


「そ・れ・じゃ、決めたとおり春日井君は私の助手になってもらうわ」

「……わかった」


 巧人は納得していないような表情をしているが、了承はした。審判委員会の取り決めがあるのだから、巧人といえど反故には出来ない。例えそれが不本意な事だとしても。


「早速春日井君には手伝ってもらうわ。明日の講演の準備を今からするの」


 そう言いながら姉は体育館の出口に向かっていき、巧人もそれについていった。

 途中で巧人はオレの方に振り向いたが、オレは何も言葉を発さなかった。


 アイツにかける言葉が見つからなかったし、引き留める理由も持っていない。それにアイツがいなくなるのなら、オレの学園生活も落ち着いたものになる。朔夜も直った事だし、何一つ問題はない。これでよかったんだ。



 ――オリエンテーションの優勝者は、この場からいなくなった巧人となった。『勝負』の前に獲得したフラッグの申請が通ったから、授賞式の時にいなくとも有効だったようだ。



「なあ、一つ聞いていいか」

「何かしら?」


 学園の敷地内をゆっくりと歩きながら、巧人は理子に質問を投げかけた。


「お姉さんが俺との『勝負』に勝ったのは、お姉さんの異能力のおかげか?」

「ええ。せっかくだから教えてあげるわ」


 理子は近くのルーレット付き自販機で、電子マネーを使いジュースを一本購入した。それにより自販機のルーレットが回り出し、すぐに当たりを示した。

 理子はもう一本ジュースを選ぶと、再度お金を支払って更にもう一本購入する。またしてもルーレットが当たりを示す。


「連続で当たり……!?」

「これが私の異能力『フォーチュンクッキー』よ。私に様々な幸運を運んでくれる。しかも私の意志でどのくらいの幸運に出来るかをコントロール出来るの」


 巧人は理子の説明を聞いて、驚くと同時に脅威を感じていた。

 理子の説明が事実であれば、理子にとって都合のいい事が簡単に起こせるし、幸運という形であらゆる危険から身を守る事も出来る。その気になれば、宝くじを当てたりギャンブルを行って一攫千金もあっさりと行えるだろう。


「あ、言っておくけれど、今の私の地位は実力よ。ロボット工学に関しては、幸運で得たのは論文発表のチャンスだけ」


 実力があってもチャンスをつかめなければ、正当に評価される事はない、と理子は付け加えた。


「お姉さん……恐ろしい人だな」

「それは本人を目の前にして口に出してよかったものかしら?」


 理子は笑顔ながら、目は笑っていなかった。巧人はその様に感じて更に戦慄を覚えた。

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