その11

「シュー子! 一人で来たって事はあいつと……どうかしたのか?」


 さすがにオレの表情を見て察したらしい『心当たり』、巧人がオレの呼び出しに応じて保健室の前まで来た。


「巧人、さっき才音の機械を飛ばさなかったか?」

「ああ、あいつがさっき作り直したレールガンを見せてきたからな。また才音の家に飛ばしたんだ」


 正解だ。


「……ソレが朔夜に直撃したんだよ」

「なっ……!?」


 さすがの巧人も驚いたようだ。という事は、今までこういった事故は起こっていなかったのだろう。


「あいつは無事なのか!?」

「今応急処置を受けている。先生が言うには大丈夫らしいが、それでも大怪我したのは事実だ」


 巧人がいつになく真剣な表情だ。さすがに怪我人が出たとなってはポジティブ思考も出来ないんだろう。その感覚をオレの時にも見せてほしかったが。


「……ごめん。オレが悪かった」

「それは朔夜に言うんだ」


 自分のせいで誰かが被害を受けたとわかったら素直に謝るのは巧人の長所だな。


「終わったぞ、とりあえず生活に支障がない程度までの修理は出来た」


 先生が保健室から出てきた。よかった、治りはしたんだな。いや朔夜はアンドロイドだから「直った」の方が正しいか。


「しかし、先生は修理も出来たんですね」

「この学園には何人かアンドロイドもいるからな、応急処置程度なら出来るさ。ただ――」


 先生が言いよどむ。何か問題でもあったのだろうか。


「どうかしたんですか?」

「菱川は特注だろう。完全にブラックボックスになってる機関があったんだが、それは直せなかった」


 ブラックボックスになっている機関って、もしかして異能力を無効化するアレか。

 確かにアレは姉の独自開発だろうし、先生じゃどうにもならないかもしれない。


「仕方ありませんよ。後々開発者当人に修理してもらいます」

「そうしてやってくれ。私が施したのはあくまで応急処置だしな」

「史勇……」


 ベッドの方から当の朔夜が来た。


「お、おい、動いて大丈夫なのか?」

「適切な処置を受けたから問題ない。アンドロイドだから休んでいる必要もない」


 確かにそうかもしれないが、外見が人間そっくりな以上やはり気になってしまう。


「それより、史勇。申し訳ない、史勇の異能力を無効化できなくなった」

「すまない、朔夜! 俺の異能力で飛ばしたものが朔夜に当たったせいで――」


 巧人が土下座して謝っていた。さっきも朔夜がいない場で謝ってはいたが、その時よりも謝罪の意思の表し方が大きくてオレは驚いてしまった。


「あの衝突は貴方によるもの?」

「そうだ。そのせいで朔夜の機関が壊れてしまった。本当に悪いと思っている」


 ゴンッ、と鈍い音が響く。巧人が謝る勢いで額を床にぶつけたらしい。


「オレに出来る事なら何でもする。殴らせろと言うなら殴られるし、パシれと言うならパシる」

「ワタシには報復をする理由も賠償を受ける事も無い。貴方の誠意で十分」

「いいのか? 今回の事はコイツに非があるんだから、コイツの気が済むように何かさせても誰もとがめないだろ」


 その方が少しは大人しくなると思うしな。


「……だったら、一つ提案をする」

「何だ? 何でも言ってくれ」


「髪型をポニーテールにしてほしい」


「よしわかっ……へ?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる巧人。おそらくオレも同じ様な顔をしていただろう。横では先生が眉をひそめて頭上に疑問符を浮かべている。


「朔夜、オマエ今何て言った?」

「髪型をポニーテールにしてほしい」


 朔夜が一言一句違わず繰り返す。うん、聞き間違いじゃなかったようだ。聞き間違いであってほしかった。


「いやわけがわからないぞ!? 何で巧人にポニーテールをさせようとするんだ!?」

「不明。ワタシのAIに浮かび上がった」


 どういう事だよ。


「先生、朔夜に一体何が?」

「私にもわからない。ただ――」


 先生がオレの方をじっと見てくる。


「もしかしたら、二葉がポニーテールだからかもしれない」

「はあ!?」


 確かに今のオレはポニーテールだけども、それが関係するのか?


「……史勇」


 ギクリとした。朔夜の表情はずっと変わっていないはずなのに、オレの方を向いた途端に視線が熱いように感じられた。


「な、何だ、朔夜?」


 朔夜の返答を聞くのが怖い。嫌な予感しかしない。


「……ポニーテールを触らせて」


 当たってほしくなかった予想通りだったよ!


「落ち着け朔夜! オマエは今おかしくなっている!」

「可能性は否定できない。だからポニーテールを触らせてほしい」


 何てこった、接続詞の前後が全く繋がってない!


「ポニーテールを触ってどうするつもりだ!?」

「何も無い。安心してポニーテールを触らせてほしい」


 さっきから同じ事ばかり繰り返して言ってるのが怖い!


「徐々に近づくな! 表情が変わってないから軽くホラーみたいになってる!」

「ワタシは幽霊やモンスターの類いでは無いから、ポニーテールを――」

「それはもういい! 先生も見てないで助けてください、ってか保健室から出ようとするな!」

「邪魔したら悪いと思ってな」


 むしろ邪魔してくれ先生! この場にいる中で最年長なのに事なかれでいいのか!


「朔夜! ポニーテールにしたぞ!」


 その時、巧人がオレと朔夜の間に割り込んできた。朔夜のリクエスト通りポニーテールにして。

 あまり髪の毛が長くないから無理やりやっているのが一目でわかるが、それでも一応形にはなっている。


「っ……!」


 朔夜はすかさず巧人のポニーテールを優しく掴み、なで始めた。


「良好とは言えないが十分なポニーテールになっている」


 まるで鑑定テレビ番組の鑑定士の様にしげしげと眺め、手触りを確認するようになでている。


「どうだ、気に入ったか!?」

「……いや」


 朔夜はぽつりと言って巧人のポニーテールから手を放し、


「うひあっ!?」


 オレのポニーテールをなでてきた。

 自分でまとめてる時や花鈴にすいてもらってる時は気づかなかったが、不意打ちで触られると背筋に寒気が走る事をその時にオレは実感した。


「……やはり予測通り、史勇のポニーテールが最も感触が良い」

「褒めてるのかもしれないけど、全く嬉しくないぞソレ!」


 どうしてこうなったんだ!? どうして怪我してそれを直したらポニーテール狂いになるんだ!?


「わははは! 面白いな、朔夜!」

「笑ってないでどうにかしろ! オマエが一因だろ!」


 アイツは朔夜への謝罪の意志よりも好奇心の方が勝ってしまったぞ、おい!


「気にしないでいい。ポニーテールを触る以外の行為はしない」

「その唯一の行為が気になるというか寒気がするんだよ! いつまでポニーテールを触っているつもりだ!?」

「………………不明」


 せめていつまでとか答えてくれよ!



 その後、必死に訴えかけてもやめようとしない朔夜を、笑って見ていた巧人がようやく止めた事でこの騒動にケリがついた。

 せっかく朔夜のおかげでオレの『悪運』が無効化されて平穏な日常を遅れるようになったかと思ったら、それが壊れて効かなくなってしまうなんて。おまけにそんな幸運を運んできたはずの朔夜が、今度は逆に騒動を巻き起こす側になってしまうなんて。

 これも『悪運』のせいだとしたら、それは厄介事に巻き込まれる事から厄介事の中心になる事にパワーアップしている。

 まったく、おかげで息つく暇なんて全くないも同然だ。



【お姉ちゃん】それは、困った事になっているわね。

【史勇】早く朔夜を直してあげてくれ。


 部屋に帰ってきてからオレは早速姉に今日の事を報告した。

 ポニーテール狂いとなった朔夜を直せるのは、先生曰く朔夜を作った本人だけらしい。だったら姉に頼む以外に方法は無い。


【お姉ちゃん】私もすぐに直したいところだけど、今は忙しいの。帰国した時に必ず直してあげるから、それまでは我慢してね。

【史勇】帰国を早める事は出来ないのか?


 駄目元で聞いてみる。

 あの勢いだと顔を合わせる度にオレのポニーテールを触ってきそうだし、そうなるとクラスメートである以上必ず毎日触ってくる事になる。そんな日々は出来れば短縮したい。


【お姉ちゃん】ごめんなさい、予定は変えられないの。ちょうど一週間後に帰国するわ。


 やはり駄目だった。これでオレは、最低でも一週間は朔夜のポニーテールコミュニケーションから逃れられない事が確定した。

 それに、朔夜の異能力無効化が無いからこれまでと同様に『悪運』には見舞われるし、朔夜が手を繋いでいた事で結果的に大人しくなった巧人も元通りだ。


【お姉ちゃん】ところで、朔夜ちゃんを壊しちゃったのも春日井君なのよね?

【史勇】またアイツのせいだよ。本当にトラブルメーカーだ。


 全部巧人のせいだ、と言いたくなるほどにオレはアイツのせいでろくな目に遭っていない。朔夜がポニーテール狂いになった一因だし、そのせいでオレの気苦労が増えてしまった。

 この調子で酷くなっていったら、卒業までには全校が巧人みたいな事になってしまうんじゃないか。そんな恐ろしい想像をしてしまい、余計にげんなりしてしまった。


【お姉ちゃん】その春日井君でも困ってるなら、お姉ちゃんが何とかしてあげる。


「何とか、って……?」


 何をするつもりなのだろうか。余計な事をしては無しを更にこじれさせなければいいんだけど。


「……念のために、巧人にメールしておくか」


 オレのせいで巧人が何かしらの被害を被るというのも嫌だからな。


「ラブメールでも送るつもり?」

「んなわけないだろ!」


 オレの独り言を変な解釈して拾うな、花鈴!


「冗談はさておき、何かあったのかしら?」

「姉がもうすぐ帰国してくるんだが、巧人に何かしそうでな」

「お姉さん? 貴方、お姉さんがいたのね」


 そういえば学園に来てから姉の事は話してなかったっけか。その事を話題にする暇もなかったくらい色々ありすぎたからな。


「そうだよ。『二葉理子ふたばりこ』って言う名前だ。もしかしたら聞いた事あるかもしれないが」

「二葉理子……もしかして、ロボット工学の? 貴方、あの人の妹だったのね」

「弟だ」


 そこは譲れない。

 しかしさすがに花鈴は知っているか。ちょくちょくテレビにも出ているしな。


「そんな人が春日井君に目を付けたの?」

「らしい。オレが愚痴ったら巧人について何とかするって言ってな」

「まさか……貴方から寝取るつもり?」

「どうやったらそんな発想になる!?」


 大体オレは巧人と付き合ってすらいないぞ! 今までもこれからもそれはあり得ない!


「何にせよ、オレのせいで巧人が良くない目に遭うのは嫌だからな、注意喚起としてメールしておくつもりだったんだ」

「そういう事だったの。そこまで春日井君の事を想っているのね」


 とりあえず納得はしてくれたようだが、その言葉は否定する。


「だけど危害を加えるような事はさすがにしないでしょう?」

「まあな」


 犯罪者だったらとっくに縁は切ってるだろうし、社会的制裁も受けさせる。

 いずれにせよ用心に越した事はない。そう思いオレは巧人にメールを出した。

 その後すぐに鬱陶しいくらい長文の返事が返ってきたが、最初と最後だけさらっと読んで終えた。

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