その10

 昼休みまで、オレはこの学園に来て初めて何事もなく過ごせた。巧人が何かと恨むような目線でオレと朔夜を見ていたが、直接手や口を出したりはしなかった。オレの『悪運』が打ち消されている事をオレが望んでいて、巧人もそれをわかっているからだろうか。


「でもさすがに片手じゃ食べるのが難しいから、手を放してくれないか。触っているならどこでもいいんだろ」


 生徒でごった返している食堂の入り口に来て、オレは握られている左手を持ち上げた。

 授業中も片手しか空いてなかったから朔夜に少し手伝ってもらっていたが、食事まで手伝ってもらうわけにはいかない。傍から見ればバカップルにしか見えないだろうし。


「了解した」

 表情を変えずに頷いた朔夜はオレの左手を解放し、代わりに頭に手を置いた。


「……確かにそこが一番邪魔にならないが」

 これはこれで複雑な気分になる。だが背に腹は替えられない。


「朔夜は食事しないんだっけか」

「一日に一度、五時間の充電がニンゲンの食事と睡眠に値する」

 それだけで一日動けるというなら、かなり燃費が良さそうだ。さすがと言うべきか。


「じゃあ早い所昼食を――」

「ン待っていたぞ、二葉史勇!」


 券売機の前に仁王立ちする白衣の女――ではなく、女装した男。忘れたくても忘れられない、才音がそこで邪魔をしていた。他の生徒達が不快な表情をしながらも、才音にどいてもらおうとするどころか最低でも数メートル離れている。そんなに才音と関わりたくないのか。気持ちはわかる。

 オレも名指しされていなければ無視していた。だが名前を呼ばれた事でこっちにも注目が集まってしまったので、嫌が応にも関わらなければならなくなった。『悪運』が無効化されていてもあくまで人並みになっただけだから、巻き込まれる可能性はゼロではないという事か、この野郎。


「……どいてくれないか。昼飯が食べられない」

「この券売機を利用したくば、ン私の新たな装置の実験台となれ!」


 才音はそう言いながら手の平サイズの怪しげな金属の立方体を取り出した。無機質な外見が逆に怪しく見える。


「そんな条件を呑むわけないだろ、常識的に考えても」

「ンならば『勝負』を……お前、何だその男は」

 気付くの遅いな。今日出くわした時から朔夜はずっといたぞ、オレの頭に手を置きながら。


「史勇、もしかして彼は史勇をコマらせている?」

「まあな……って、よくアイツが男だってわかったな」

 外見や声色からはとても男だとはわからないはずなのに。


「体格とサーモグラフィで判別デキる。ハッキリと【マグナム】も感知している」

「オマエまで下ネタをさらっと口にするな!」

 この学園に在籍したらなんでみんな平気で下ネタを言えるんだ!?


「ン何をゴチャゴチャと言っている! 私と『勝負』するなら――」

「その必要はない」


 突然、頭から手の感触が消えた。

 かと思ったら朔夜が目にも留まらない早さで才音に接近していた。


「ンなあぁぁっ!?」


 そして朔夜は才音が手に持っていた金属の立方体を奪い取り、開いている窓にめがけて思い切り投げた。空の彼方に飛んでいって見えなくなるほどに。


「って、とんでもなく飛んでいったな!?」


 どこぞのアニメみたいに飛んでいった方から星みたいな光が一瞬見えた気がしたぞ。

 一瞬の出来事だったから、周りも呆気にとられてたり驚いてたりしている。


「貴様あっ! せっかくの私の装置を!」

「貴方と組み合わせる事で危険物になると判断、即座に排除した」


 凄く強引な方法だな。飛んでいった先で誰かに当たってなければいいが。


「くぅ~、ン覚えていろおっ!」


 お決まりの捨て台詞と共に全速力で走り去っていく才音。

 何というか、やられる前にやるというのは複雑な気持ちにさせるな。向こうがやろうとしてきた事を考えると、朔夜の対処は間違っていないんだが。


「史勇、彼は去った。心置きなく食事して」

「あ、ああ」


 再び頭に手を乗せてきた朔夜と共に、オレは昼食を取った。

 その際、相席した花鈴が温かな目でコッチを見ていたのが少し辛かった。事情を話しても、納得はしたみたいだがオレが望んで頭を撫でられていると結局捉えたようだ。

 もう頭を撫でられて喜ぶような歳でもないぞ、オレは。



「平穏無事に放課後になった……!」


 昼休みの才音といったハプニングはあったが、それ以外には厄介事に巻き込まれる事もなく、平穏無事に過ごせた。


「オマエの無効化する力は本当だったな、ありがとう」

「史勇の『悪運』を打ち消す事がワタシの存在意義。感謝のコトバはいらない」

「それでも言わせてくれ」


 朔夜のおかげで初めて精神的な疲労がなく帰る事が出来るんだから。


「シュー子ぉ~……」


 精神的疲労の要因ナンバーワンが悲しそうな声でオレの名前を呼んだ。

 振り向くと思った以上に落ち込んで机の上で溶けている巧人の姿があった。原因は間違いなくオレと朔夜だ。


「どうした、巧人。何か悪いモノでも食べたか?」


 だがオレは敢えてとぼけたふりをして尋ねてみた。今まで振り回された分の仕返しだ。


「良かったなぁ~、安心して一日が終わって。シュー子が幸せならオレも幸せだぁ……」


 発言と表情に落差がありすぎだぞ。せめてどっちかに合わせろ。


「まあ、今日はまだ朔夜の力に半信半疑だったから、本当に安心して過ごせそうなのは明日からだな」

「明日……そうか! この日々に終わりはないのか!」


 今更気付いたのか。

 朔夜の力はあくまで触れている間だけだから、手を放したらオレの『悪運』は復活する。だから朔夜はずっと手を繋ぐなりしてオレに触れていなければならない。


「……ん? そういや放課後はどうするんだ? オレは女子寮だが、女子寮は男子禁制だぞ」

「問題ない。ワタシはアンドロイドだから性別は無い。外見上の性別はオトコだけど、あくまで外見だけ」

「いや、多分それ駄目だぞ」

「本当に?」


 身体が女になってるオレが女子寮に住んでいるんだ、見た目が男の朔夜が入れるという事は無いだろう。


「ってか、転入前にそのくらいの話は済ませているだろ? 今どこ住まいになってる?」

「男子寮。この後交渉するつもりだった」


 相変わらず無表情なんだが、どこか困惑しているようにも見える。


「無駄に終わりそうだが、一応寮長に聞いてみるか」


 この後女子寮の寮長の所に言って、朔夜が女子寮に入れるか聞いてみた。


 結果は当然ながら拒否された。例えアンドロイドだろうと男性として造られた以上、男性扱いになるそうだ。

 なので放課後、寮に戻った後はやむなく手を放す事となった。

 実を言うとこれには少し良かったと思っている。何も起こらない事が良かったとはいえ、手を繋ぎっぱなしにしているというのもさすがに生活上不便な点があったからだ。

 授業中も片手しか使えなかったから書き取りが思った以上に大変だった。トイレだって中まで朔夜を連れて行くわけにはいかなかったから、その間だけ外で待ってもらった。

 そういえば姉は朔夜が来る前に、オレが女になったから外見を男に変えてるって言ってたな。

 ……性別を逆転させて想像してみたら、思った以上にオレが酷い男みたいになりそうなんだが。そこまで考慮出来ていたのか、姉よ。帰ってきたらその辺りも聞いておかないといけないな。



「こればかりはどうしようもないな」


 寮の前でオレは朔夜と対峙していた。朔夜がどことなく寂しそうにしているように見えるが、気のせいだろうか。


「申し訳ない、史勇。ワタシの機能が改良されていればこんな事にはならなかった」

「改良? どういう事だ?」

「ワタシの機能は試験運用段階と言える。これが実用出来ると判断された場合、触れずに対象の異能力を無効化出来るように改良される」


 異能力を無効化するってだけでも凄いのに、更に強化される予定だというのか。


「気持ちだけでもありがたいよ」


 オレがそう言って手を放そうとすると、朔夜は少しためらうように握っている手の力を強めてきた。

 しかしすぐに手を放す。オレの意志を優先してくれたようだ。


「ともあれ、明日も――」


 突然、それは落ちてきた。


「うおあっ!?」


 派手な金属音と共に、朔夜の背中に何かL字型の何かがものすごい勢いでぶつかった。当然朔夜は衝撃で吹っ飛び、目の前にいたオレはそれに巻き込まれて一緒に倒れてしまった。


「な、何だ!? 大丈夫か、朔夜!?」

「簡易スキャン……背部に損傷有り、アンチスキルエンジン破損、脚部機能停止。修理を要求する」

「ちょ、ちょっと落ち着け!」


 淡々と言ってるけど、それ思い切り危険じゃないか!


「ワタシに興奮状態はない。冷静になるのは史勇の方」

「いやそうかもしれないけど! 大丈夫か、立てるか!?」

「不可能。脚部の機能が停止している。助けが必要な状況に陥っている」

「わかった! わかったが、オレも動けない!」


 朔夜に押し倒されてるような形でオレも倒れてるんだ、助けたくても助けられない。アンドロイドだからか、明らかに普通の男よりも重いから潰されないように腕で支えているのが精一杯だ。それに今のオレだと全然力が無いから余計に辛い。



 結局その様子を目撃した他の女子生徒達が、自分達の異能力をも使って助けてくれた。

 それから朔夜は保健室に連れて行かれた。アンドロイドの応急処置ならその方が早いらしい。

 その際に確認したんだが、朔夜に直撃したのはどこかで見たようなバズーカみたいな兵器だった。何でそんなものが朔夜に勢いよく当たったのか、オレには心当たりがあった。

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