その9

 宮内新命学園は生徒も教師も皆異能力を持っているため、休み時間に時折その異能力によるアクシデントに見舞われる事がある。

 オレの場合、この学園に来ても『悪運』によって大概の事には巻き込まれたが、その大半は巧人によるものだった。



「シュー子、危ない!」

「え――」


 移動教室で校舎間の渡り廊下を歩いていたら、突然数メートル離れた場所に何かが落ちてきた。何が起こったのかわからなかったが、すぐにオレは『悪運』で何かに巻き込まれたんだとわかった。


「な、何だ、何が落ちて――!?」

「悪い、シュー子! 才音の新兵器レールガンを飛ばしたら空中に行っちゃって!」


 校舎の三階から巧人が謝りながら状況説明をしてきた。落下地点を確認したら、確かにバズーカみたいな機械がひん曲がった状態で地面に突き刺さっていた。


「またお前の仕業か、巧人!」

「本当に悪いと思ってる! でも怪我が無くて良かったな!」

「心臓に悪いわ! 何でもかんでも物を瞬間移動させるな!」

「何でもかんでもじゃない、才音の機械とオレやシュー子に危害が及びそうな物だけだ!」

「厳選すればいいってものじゃない!」


 物を飛ばした先で人が怪我する可能性を考えろっての!


「大丈夫、もしシュー子が怪我しそうになっても、俺が必ず守ってやる!」

「お前が飛ばしてお前が守ったらマッチポンプだろうが!」


 駄目だコイツ、どうにかして思考を変えないと。

 ちなみにオレを見下ろす巧人の横で文句のマシンガンを放っている才音の姿が見えていたが、全部軽くあしらわれていた。



 この学園に来てから、とにかく色んな事がひっきりなしに次々と起こっている。そして大体の事で巧人が絡んでくる。アイツが直接の原因だったり、当初無関係だったはずなのに何故かオレの前に現れたり、もはやストーカーレベルだ。オレが再三突っぱねても全く聞く耳は持たないし、周りも既に夫婦漫才扱いし始めた。

 オレの『悪運』はこの学園に来てから、その能力を強めたらしい。オレの周りだけじゃなくオレ自身にまで厄介事を持ってくるようになった。


【おねーちゃん】もしかして、通うのが嫌になった?


 その事を姉にメッセンジャーで愚痴ったら、心配するような言葉が返ってきた。

 しかし、あんなに色んな事があっても、オレは不思議と学園に通いたくないという気持ちは出てきていなかった。何だかんだでこんな慌ただしい状況にも慣れてしまったという事だろうか。


【史勇】そうでもない。気にしなくていいよ。

【おねーちゃん】それなら良かったわ。

【おねーちゃん】もう少ししたら史勇へのプレゼントが完成するから、それまで頑張ってね。


 プレゼント? オレの誕生日はまだ先だし、入学祝いにしては既に六月に入った今じゃ遅すぎる。


【史勇】プレゼントって何だ?

【おねーちゃん】そうね、もういい頃だし教えてあげる。

【おねーちゃん】実は、今アンドロイドを作っているの。史勇と同い年くらいの見た目の男の子。


 アンドロイドだって?

 確かに人型ロボットは実用化されて何年も経っているけど、それでも安価な量産はまだ実現出来てなく、一体につきサラリーマンの年収数年分くらいの値段がする。オーダーメイドならさらにその倍以上だ。

 とはいえ姉ならそんな高価なものでも買えるだろうし、そもそも研究のためとか何とかいって費用を出してもらってるかもしれない。

 だけどそんなアンドロイドをオレへのプレゼントにしようとしているって、どういうつもりだ?


【史勇】何でアンドロイドをオレに?

【おねーちゃん】史勇のためよ。この子が完成したら、きっと史勇の未来が明るくなるわ。


 全く意味がわからない。何でアンドロイドがオレの未来に関係するんだ。


【史勇】もっと具体的に教えてくれ。

【おねーちゃん】これ以上はこの子が完成して、史勇の所に行ったら、ね。

【史勇】もったいぶらないでほしいんだが。

【おねーちゃん】ひ・み・つ。


 向こうの発言の後ろにくっついてる、奇妙なゆるキャラが投げキッスをしているイラストが余計にイラッとさせた。

 変な所で秘密にしたがるのは姉の悪い癖だ。オレは覚えてるぞ、中学校の入学祝いにくれた十五分の一サイズの自立可動フィギュアに、下ネタな意味で世話をする機能が入ってたのを。

 もしまた変なものだったら、即行で送り返してやる、着払いで。


【おねーちゃん】それと、この子とは別の日にあたしも帰国するわ。詳細が決まったらまた連絡するね。


 それを言う方が先じゃないか? そこまで大した事じゃないから構わないが。


【史勇】余計な土産はいらないからな。

【おねーちゃん】ああん、いけず~。


 これ以上何かされる前に釘を刺しておかないとな。



 それから約二週間後。

 姉が言ったとおりアンドロイドがオレの所に来た。


「『菱川朔夜ひしかわさくや』。史勇をマモるために造られたアンドロイド。製造番号はRCX-02M。コンゴともよろしく」


 ……オレのクラスの転入生として。

 外面はどこかの男性アイドル事務所に所属していそうなイケメンだ。無表情だしオーバル型の眼鏡が少しずり落ちているが、それでもカッコよさが落ちていない。おかげでクラスの女子から黄色い声があがっている。

 その目線はずっとオレの方に向いている、ような気がする。姉に造られたアンドロイドだからだろうか。多分何かオレにまつわる事を言い聞かされている。



「おい、シュー子。あの朔夜ってヤツは一体何なんだ?」

「本人が言ってた事以外はオレもよく知らない」


 休み時間になって早々に巧人から質問された。だが答えたとおりオレも姉から詳しい事を聞かされていないから、アイツの事はわからない。


「史勇」

「ん?」


 振り向くとそこに噂の菱川がいた。教室に入ってきた時からずっと表情が変わってないが、その辺はプログラムされていないのか。


「手」

「手? 手がどうか――」


 左手に温かい感触。

 いきなり手を握られた、菱川に。


「な……」

「なあぁぁぁぁぁっ!!?」


 この叫びはオレじゃない、巧人だ。菱川がオレの手を握った姿を見て巧人が絶叫した。


「いや、菱川。何でオレの手を握ったんだ?」

「朔夜。そう呼んで」


 まずオレの質問に答えてからにしてほしい。


「朔夜、オレの質問に答えろ」

「こうしろと命令されたから。手を握るコトが最も自然」


 回答も意味がわからない。言われた事しか出来ないのか、コイツは。


「さ、朔夜! シュー子の事が好きなのか!?」


 色ボケな質問をするな、巧人。絶対に違うだろ。


「そう見えるならそうとらえていい」

「いやおかしいだろその答え!?」

「うおおぉぉぉ、恋のライバル出現!」

「オマエは黙ってろ! 話がややこしくなる!」

「何だって、二葉を巧人と転校生が取り合ってる!?」

「巧人の話に乗っかってくるなあ!」


 巧人のせいで話が横道を全力疾走している。このままじゃ聞きたい事を今すぐに聞けなくなる。


「朔夜、手を握る事に何の意味があるんだ!?」


 周りが騒ぎ出し始めてる中でオレは朔夜に何とかもう一度質問を投げかける。


「ワタシには『アンチスキルエンジン』が搭載されている。その効果を発揮するためには、ワタシが対象に触れているヒツヨウがある」

「アンチスキルエンジン? 何だそれは?」

「異能力を無効化する機関」


 朔夜の口から淡々と出てきた言葉は、オレに電流を走らせた。そしてそれは巧人を始めとして、朔夜の言葉を耳にしたクラスメートを固まらせた。


「何……だと……!?」

「じ、じゃあ……オマエが姉さんから命令されたコトって……何だ?」


 もしかしたら、もしかするかもしれない。そんな期待通りに、朔夜は答えた。


「史勇の異能力『悪運』を無効化するコト。それがワタシの受けた命令」



「あ、あのー、菱川さん?」


 志摩先生は教壇に立つなり戸惑いの声をあげた。オレと朔夜の光景を見たからだろう。


「その、授業中に仲睦まじく手を繋ぐのはやめてほしいのですが」


 あれから朔夜はずっとオレの手を繋いでいる。

 朔夜の席はオレの席と離れているから、オレや他のクラスメートが座っている中、朔夜は立ったままだ。それが余計にオレと朔夜の状況を目立たせている。そして巧人の睨むような目線がオレと朔夜に突き刺さっている。


「気にせず授業を続けてほしい」


 俺が再三放してくれと言ったにもかかわらずこれだから、先生の言葉でも聞かないだろう。


「そういうわけにもいきませんー。志摩先生の言う事を聞かないのであれば、『お仕置き』しちゃいますよ」

「もしそれが異能力によるものならば、それはデキない――」

「問答無用、えーい!」


 朔夜が言い終わる前に先生が手を振り上げた。

 瞬間、オレの手が解放された。朔夜がオレではなく先生の腕を握ったからだ。


「……あ、あれー?」


 先生が素っ頓狂な声を出した。何も起きない。


「先生の異能力を無効化した。ワタシが触れている限り、先生は異能力をツカえない」

「え、ど、どういう事ですかー?」


 朔夜は戸惑っている先生にオレの時と同じ説明をした。

 一方のオレは、一連の事を目にして朔夜の言っていた事が本当なんだと実感した。

 それならば、朔夜と手を繋いでいる間はオレの『悪運』は発揮されない。オレが今までずっと望んでいた、厄介事に巻き込まれない生活を送る事が出来る。

 代償は朔夜とずっと手を繋いでいなければならない事だが、それが些細な事で済むかどうかは朔夜次第だろう。


「わかりました、菱川さん。シュー子さんと手を繋いでいる事を許可します。蒼馬そうまさん、席を替えてあげてください」

「なあっ!?」


 オレの左隣に座っていた蒼馬が変な叫び声を上げて仰け反った。すまない、蒼馬。これもオレのためだ、許してくれ。


「ちょ、先生! 朔夜がシュー子の隣に座れるんなら、オレも隣にすホゲラッ!?」


 巧人が奇妙な声をあげた。ウサギのかぶりものを被せられたからだ。


「それは認められません。よって春日井さんには『お仕置き』です」


 楽しそうに言うなあ、先生。


「フガホゲフーバー!?」


 巧人が必死にかぶりものを外そうとしているが、どういうわけか全く外れないらしい。何か喋っているがこもっていて全然わからない。

 なるほど、これが先生の『お仕置き』なのか。

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