第3章「チェンジ・スクール・ライフ」

その8

「――というわけで、シュー子さんは女になってしまいました」

「先生までそのあだ名で呼ばないでください」


 始業式後のホームルームで生徒一人ずつ簡単な自己紹介をしていたら、オレの扱いがコレだった。ってか何で先生まであだ名を知ってるんだ。


「この志摩寛奈しまひろな先生に知らない事はないんですよ」


 うふふ、とわざとらしく笑い声を上げる志摩先生。


「そして嘘をついたり悪い隠し事をしたりしたら、めくるめく『お仕置き』が待っていますから、皆さん覚えておいてくださいね」


 その言葉によって笑顔から感じ取れる印象が一気に変わったんですが。この学園の教師である以上、『お仕置き』に秘められた意味が普通とは違うはずだ。


「あ、これを体罰だと思っている人もいるかもしれませんが、志摩先生の『お仕置き』は肉体的にも精神的にも傷がつかない、だけどしっかり反省出来る斬新な『お仕置き』なんですよ」


 全く想像がつかないし、そう言われても恐怖心が無くならない。

 しかし、その『お仕置き』の対象に一番なりそうなアイツは平然としている。既に『お仕置き』を受けてた事があるのか、受けたとしてそれが本当に先生の言葉通りなのか。

 ――いや、何を気にしてるんだ、オレは。アイツとクラスメートになったってだけでうんざりしているはずなのに。


「さてさて、自己紹介を続けましょう。次は――」



 自己紹介もホームルームも終わり、今日はこれでお終いだ。


「よっす、シュー子」


 オレが帰り支度をしていた所に、何十年も前のロックミュージシャンみたいな髪型をしたクラスメートの男が話しかけてきた。


「そのあだ名はやめてくれ。えっと――」

「『東条丈留とうじょうたける』だ。丈留でいいぜ」


 そう言いながらニカッと歯をむき出しにした笑顔になった。


「じゃあ、丈留。オレには二葉史勇という名前があるんだ。オレも史勇って呼んでいいから、あだ名は使わないでほしい」

「わかったよ。似合ってるのにな、シュー子って名前」

「嬉しくないんだよ」


 嫌が応にも女になっている事を自覚させられるし、思い出したくなくてもアイツの顔がちらつく。


「俺の事を呼んだか、シュー子!?」

「呼んでないからさっさと帰れ」


 人の心を見透かしたかのように現れるな、コイツは。


「よう、巧人。史勇が女になったのはお前が原因なんだって?」

「そうだ。それについては悪いと思ってるんだが、俺はそれ以上にシュー子に惚れた!」


 悪いと思ってるなら俺の言う事を聞いてつきまとうのをやめてほしい。


「そういう事か。史勇、ご愁傷様」

「どういう意味だよ、それ」


 こっちはこっちでオレを助けてくれる気がないのか。


「しかし巧人が目を付けてなけりゃ、俺が口説いてたかもしれないな。何せこんないい尻をしてんだから」

「ぎゃあっ!?」


 コ、コイツ、今オレの尻をなでたぞ! 気色悪い!


「シュー子、気をつけろ。丈留は尻フェチだ。そのこだわりは顔よりも尻で一目惚れするくらいだ」

「いい尻を持った女こそ元気な子供が出来そうないい女だと、じいちゃんに言い聞かされていたからな。その点、史勇は俺が今まで惚れた女の中で五指に入るレベルだ」

「全く嬉しくない! ってか気持ち悪い!」


 何でオレの周りはこんな奴ばかりなんだ!


「二人とも、シュー子にセクハラするのをやめなさい」


 渡りに船、花鈴が味方になってくれた。でもそのあだ名は口にしないでくれ。


「悪い悪い。でもこれ以上史勇にちょっかいは出さないぜ。巧人と『勝負』するのはごめんだからな」

「俺は構わないぜ。どんな奴だろーと正面から全力で相手するさ!」


 そしてそこにオレの意志は介入出来ないんだろ、わかってる。


「シュー子も気をつけなさい。貴方自信は男のつもりなのでしょうけど、少なくとも春日井君以外は女になっている今の貴方しか知らないのだから、同性同士の感覚で接すると余計ないさかいを作る事になるわ」

「忠告ありがとう、花鈴」


 しかし精神的には男のままであるから、男と一緒にいる方が気が楽……いや、そうでもないな。


「……確かにコイツらといるとろくな目に遭わないだろうな」

「そりゃないぜシュー子!」


 当の災厄本人はショックを受けたようなリアクションをしてるが、あまり本気には見えない。


「だから、これから私に付き合ってくれない?」


 疑問形なのに何故オレの腕を抱いて引っ張る。オレの返事も聞かずに強制連行ですか、そうですか。

 花鈴もやっぱり巧人達と同類な気がしてきた。


 ちなみにこの後、オレは花鈴に「男の子は何をプレゼントされたら嬉しいか」と聞かれた。花鈴には好きな相手がいるらしいから、その相手の気を引くためのアドバイスが欲しかったらしい。

 一応、『男』として頼られたという事で、強制連行の件はチャラにしておこう。



 学園での生活が始まった。

 女になってしまったとはいえオレはどうにか普通に過ごそうと努力しようとした。が、それが徒労になるとわかったのは数日経過してからだった。


 まずオレは、体育の授業を前にして早速困った事態に陥ってしまった。


「どうしたの、二葉さん? 早く着替えないと間に合わないよ」

「ああ、そう、だけど……」


 右を見ても、左を見ても、同級生女子の下着姿。十人十色とはよく言ったもので、下着の色は大半が白だが中にはパステルブルーだったりピンクだったり、派手なのだと黒だったりと個性が出てる……って、何しっかりと見てんだオレは!


「もしかして、着替えを見られるのが恥ずかしいのかしら?」

「その逆だよ。何でみんなオレがいるのに平然と着替えが出来るんだ?」


 ってか、花鈴もキャミソール姿で話しかけてくるな、さっさと着替えてくれ。


「だって今の二葉さんは女の子でしょう?」

「オレが男に戻った時の事とか考えてないのか?」

「……ああ、そういう事ね」


 わかってくれたか、花鈴。


「つまりシュー子は、私達の下着姿をしっかりと目に焼き付けて、男に戻った時に【自家発電】する際のオカズに使うぞ、って言っているのよ」

「そこまで言ってねえ!? あと下ネタを平然と口にするな!」


 その可能性を考えてくれと言いたかったんだ、オレは!


「なるほど、つまり二葉さんには私達がエロく見えるんだね」

「エロいとか自分で言うな」


 だいたい、うちのクラスの女子は全員綺麗だったり可愛かったりするんだ。男としての自分が理性よりも勝ってしまう。


「気にする必要はないわ、シュー子。見られるのはお互い様よ」

「そうそう」


 いいのか、それで。


「だから、貴方も早く着替えなさい」

「おわあっ!?」


 いつかと同じ様にオレは花鈴に一瞬で服を剥ぎ取られた。


「ちょ、いきなり何するんだ!」

「着替えの手伝いよ」


 しれっと言うな!


「あ、二葉さん可愛い下着を着けてるね」

「こ、これは仕方なく着けてるんだ! 趣味じゃない!」


 何日も身に付けるようになって慣れてしまった事に気付いた時なんか、本気で落ち込んだりもしたくらいだ!


「恥ずかしがる事ではないわ。それとも、おっぱいが小さい事を気にしているのかしら?」

「そっちは本当に余計なお世話だよ!」


 せめてもう少し大きければとか思ったりした……いやいや!


「大丈夫だよ、二葉さん。これから大きくなるから」

「なる前に男に戻るつもりだからな!」


 こうしてオレはセクハラを受けながら着替える羽目になった。どうしてこうなった。



 しかし困った事態はそれだけじゃなかった。


 別の日、オレは別のクラスの男に呼び出されて部室棟の裏に来ていた。

 何故か巧人もついてきていたが、アイツは隠れて尾行しているつもりのようだ。でも何の訓練も気配を察知する異能力も無いオレが気付くくらい、全く隠れていない。現に今も植え込みから頭を上半分出してオレと男を睨んでいる。


 それはさておき、オレがここで何をした――いや、何をされたかというと、


「僕と付き合ってください!」

「無理」

「二文字でお断り!?」


 典型的な告白だった。そしてオレは即行で断った。


「せめて「ごめんなさい」の六文字くらい欲しかったのに、まさかの二文字!?」


 何かかなり大げさにショックを受けてるようだけど、無理なものは無理だ。


「知ってると思うが、オレは男だ。身体は女になっても、精神まで女になったつもりはない。だから付き合うのは無理だ」

「僕は中身が男でも構わないのに……」


 オレが構うんだよ。巧人といいコイツといい、何で男と付き合おうだなんて考えられるんだ。あと人の事を考えられないなら、男だ女だ言う前の段階でお断りだ。

 用も済んだからオレはさっさと帰ったが、途中でわざとらしく巧人が声をかけてきたのでまたうんざりした。さっきの様子を見ていたからいつも以上に上機嫌で余計に鬱陶しくなっていたし。



「男は貴方みたいなタイプを好きになるのよ。特に今の貴方は可愛いから余計にね」


 寮に帰ってきて告白の事を花鈴に語ったら、こんな事を言われた。

 確かに、自分で言うのもなんだが顔立ちは元々のオレの顔をベースに、画像編集ソフトで女顔かつ可愛く仕上げたような感じになっている。


「でもオレは男だぞ、今は身体は女だけど」

「それはむしろ個性とか性格とかで捉えるのではないかしら。同い年の男の子は盛っているから、身体が女であれば心は関係無いかもしれないわ」

「寒気がするからそういう事は言わないでくれ」


 オレも精神的には同じ立場だからわからなくもないが、いざその対象が自分となると気持ち悪くて仕方ない。


「いずれにせよ貴方は人気があるのよ。きっとこれからも告白されるのではないかしら」

「うわ……」


 巧人だけでもうんざりしているというのに、他の男からも言い寄られる日々が作られてしまうのか。これも『悪運』のせいか。


「いっその事、春日井君と付き合ったらいいわ。男の子達は寄りつかなくなるし、春日井君のアプローチも変わるはずよ」

「それでもオレの気が休まる気がしないぞ」


 下手すると悪化するからその選択肢は絶対に取らない。それだったら告白されてもきっぱりと断る方がはるかに楽だ。


「仕方ない、面倒だが何かあったら必ず断るようにするよ」

「それは構わないけれど、くれぐれも襲われないようにしなさい。そういう時こそ春日井君は役に立つわ」

「どっちの意味だろうと襲われるのは勘弁だな……」


 確かにボディガードとしては頼りになりそうだ、巧人は。


 これ以降もオレは何度か男から告白され、その度に断るようになった。花鈴の忠告通り脅迫めいたように強制しようとしたヤツもいたが、勝手に付いてきた巧人がソイツを文字通り飛ばしたおかげで事なきを得た……と思う。その後の巧人がやっぱり鬱陶しかったが。

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