その6

 学園の寮から歩いて十五分くらいの距離に、正木(せいぼく)アクシオンショッピングモールは鎮座している。食料品や各種ファッションのショップはもちろん、魔術用具やカスタムオーダーらしき機械が並ぶ店など、怪しげな店もある。それは学園が近いからなのか、土地柄なのか。全国展開しているショッピングモールなのに、触れてはいけない謎が多い気がする。


「あまりキョロキョロしていると、不審者にしか見えないわ」

「わかってるけど、どうしても気になってしまうんだよ。あっちには店員がみんな着ぐるみを来ている店があるし」


「ああ、あのお店は着ぐるみじゃないわ、全員『グルミー族』よ」

「マジかよ!? アレ着ぐるみじゃなかったのか!?」

「ええ。ほら、朝の『あけよう!ピーキーズ』に出演しているあの彼もグルミー族よ」

「マジかよ!?」


 思わず同じリアクションをしてしまうほどの衝撃だぞ、その事実! だからあんな色々なチャレンジが出来たのか!


「グルミー族は国営放送の教育番組にもたくさん出ているわ。みんな子供が好きだから」

「だからなのか、着ぐるみ……じゃなくてグルミー族が教育番組でよく見かけるのは」

「たまに初等部低学年の子達のために、学園に来る事もあるの」


 そんな事もあるのか。まあ、小学校に値する初等部から大学まで揃っている巨大な学園だから、そのくらいの事は日常茶飯事なのかもしれない。

 他にもグルミー族について、花鈴から色々話を聞きながらオレ達は目的地に向かった。

 でもあの店が何を売っている店なのかは、結局わからなかった。



 オレと花鈴は目的のショップに辿り着いた。


「おう……」


 わかってはいたが、ショップから醸し出されるどころか溢れんばかりの近づきがたいオーラを感じて、思わず一歩引いてしまった。男のままだったらまず来なかっただろう場所だし、仕方ないんだ。

 『ランジェリーショップ』という場所は。


 色とりどりのブラジャーやパンツが立ち並ぶ様はランジェリーショップならではだろう。男の下着が十把一絡げにしか扱われていないのと正反対だ。


「いらっしゃいませ」

「この子に合う下着を見繕ってくれるかしら。あ、正確なサイズがわかっていないからサイズも測って」

「かしこまりました。さ、こちらへどうぞ」


 ちょ、オレが介入する隙もなく流れるように試着室につれてかれたぞ。何だこの店員は。



「……A、か」


 いや昨日自分で直に大きさを確認したから小さいとはわかっていたけど、Aカップだったのか、オレ。男に戻りたい気持ちは変わらないが、かといって小さいとか言われるとショックだ。男で例えるならアレが小さいと言われているようなものか。さすがに巨乳になるのは勘弁願いたいが。


 そして今のオレは、更衣室で女性用の下着をまとっただけの姿になっている。店員に言われるがままに下着を渡され、されるがままに着け方を教えられ、それでも戸惑ってたら半ば強制的に着せられた。それはもうこっちが抵抗する間もなく。何なんだよあの店員、忍者か何かか? オレが男から女になってしまったって話を花鈴から聞いても、表情一つ変えるどころか納得していたようだったし。


「しかし――」


 それはさておき、こうして男の時は着ける事がなかった下着をまとっているわけだが、思ったのとは違って違和感が無い。今朝来ていた肌着とボクサーパンツとは全然違う。初めて身に付けたはずなのに。


「――って、感心したらダメだろ、オレ!」


 これに慣れてしまったら、着実に男に戻りたい感情が薄れてしまう! だから女性用下着を着けていても、慣れてしまうな!

 そんな決意を固めようとしても、鑑に映る自分の姿が嫌が応にも打ち砕こうとする。Aカップでもスポーツブラじゃなくてキチンとしたブラジャー着けるんだな……って、ダメだ、負けるな、オレ。決して女としての自分に屈したりするな。


「いかがでしょうか、お客様?」

「うひゃあっ!? あ、だ、大丈夫です!」


 いきなりカーテンの外から声をかけるからビックリしたじゃないか。気配も全然感じなかったし、やっぱり忍者じゃないのか?

 とりあえず、さっさと買ってしまおう。値札見たら、デザインが凝っている割りには意外と安いし。



「――次はここで服を揃えましょう」


 目の前にあるのは、いわゆるファストファッションの店舗だった。


「さすがに花鈴が着ているような服は買わないよな」

「なに、こういう方が良かったの?」

「いいや、カジュアルな方が色々と気が楽だ」


 花鈴のファッションはゴスロリという奴だ。黒というよりは暗い藍色をベースカラーとして、随所に純白のフリルがあしらわれている、ロングスカートのワンピース。こういうのが花鈴の趣味らしい。オレは見る分には構わないが、自分で着たいとは思わない。スカートだし。


「もし着たくなったら、色々と教えてあげるわ」


 そんな日が来ない事を祈る。


「それはさておいて、何着か選びましょう」

「そういや、ファッション誌に載ってるような服じゃなくていいのか?」

「貴方が着飾りたいのならそうするけれど、ラフな格好でいいのでしょう」


 確かにそうだ。聞きかじりだが、ああいった服はそれ相応に高いようだし。

 それに普段着なんだから、そんな高いモノは使えない。見せる相手がいるんじゃなし。


「噂の春日井君に見せるのなら、もっとしっかりしたものを選んであげるけれど?」

「やめてくれ」


 アイツのためとか天地がひっくり返ってもあり得ない。アイツと関わるとオレの『悪運』が何倍にも効力を増したように思え――


「シューーー子ーーーーー!!」


 ……噂をすれば影どころか台風がやって来た。あとそのあだ名でオレを呼ぶな、恥がものすごい勢いで伝播している。


「シュー子もここに来てたのか! 何をしてるんだ?」

「耳元で大声を出すな、うるさい。ここは公共の場だ」


 ボリュームのデカすぎる声のせいか、コイツが現れたせいか、頭痛がしてきた。

「ご機嫌よう、春日井君。「シュー子」って何かしら?」

「愛称だ! 俺がつけた!」」

「オレは認めてないぞ」

「いいじゃない、シュー子。可愛いわ」

「早速使うんじゃない、花鈴!」


 浸透してたまるか、そんなあだ名!


「私達はシュー子の服を買いに来ていたのよ。この子、男物しか持っていないから」

「当たり前だろ」

「そーいう事だったか。だったら、俺がシュー子に似合う服を見繕ってやるぜ! もちろん、俺が金を出す」

「遠慮する」

「即答!?」


 当たり前だ。そんなもの受け取ったらますます図に乗るだろ、オマエ。


「自分の服は自分で選ぶ。オマエはそのまま帰れ」

「つれない事言うなよ、シュー子。それとも照れ隠し?」

「絶対にノー!」


 寒気が走ったぞ、その勘違いに!


「とにかく遠慮するなって。大丈夫、俺のセンスだからな!」

「何だよその自信……っておい、だから早く帰れって!」


 人の話を聞かずに売り場を進んでいくな、流れるように服をピックアップしていくな、そしてそれを俺に渡すな、戻すの大変だろうが。


「戻さず試着してみろって。絶対に似合うから!」

「試着くらいならしてあげたらどうかしら。減るものではないのだから」


 誰か助けてください、オレの味方をしてくれる人がいません。


「試着して服を買って、その代わりに付き合えとか言うんだろ」

「言わない。そんな事をしたらただのミツグ君だし、それでシュー子が心から付き合ってくれるとは思ってないしな。これは俺の純粋な好意だ」

「ミツグ君っていつの時代の言葉だよ」


 しかし、巧人の言葉には驚いた。何が何でも付き合う形にしたがっていると思ってたから、こうやって物を使っての交換条件を出したのかと考えてた。


「本当に、服を買ってやったから付き合えとか言わないだろうな?」

「それは私からも保証するわ。春日井君は学園一のトラブルメーカーだけど、誠実さも学園一よ」


 トラブルメーカーなのは学園中に知れ渡っているのな。しかしそれと合わせて良い方の人柄も知られているのか。


「……なら試着くらいはするよ。ただし、金は自分で払うし、気に入るかどうかは別の問題だ。施しを受けるほど金に困っているわけでもないしな」

「わかった。きっと似合うと思うぜ!」


 ビックリするほど明るい笑顔になったな、コイツ。そんなにコイツが選んだ服をオレが着るのが嬉しいのか。

 まあいいや。さっさと試着して買うかどうか決めよう。手に取ったものを見た限りは悪いセンスじゃなさそうだし。



「………………悪くない」


 巧人が選んだ服を着た、鑑に映る自分の姿を見て思わず出てしまった感想がコレだ。

 確かに巧人の言うとおり、今のオレによく似合っている。ほぼ無地のシャツに空色のパーカー、黒のジーンズ。ファストファッションだから目を見張るようなものがあるわけじゃないが、上下の組み合わせも色合いもちぐはぐじゃないし、オレが言ったとおりスカートじゃなくてジーンズを選択してくれている。


「自分で言うだけの事はあるな」


 さすがにアイツのセンスは認めざるを得ない。敢えて言うなら、下ろしっぱなしの髪型が少し合っていないくらいだ。

 ちょうどいいから、後で髪ゴムでも買ってまとめる事にしよう。何となく、切るのはもったいない。


「……少しはアイツの事を認めてもいいか」


 花鈴がアイツを誠実だと言っていたのは事実のようだし、多少は見直してもいいだろう。


「どーだ、シュー子! よく似合ってるだろ!」

「満面の笑顔でカーテンを開けるな!」


 前言撤回。誠実さを帳消しどころかマイナスまで持っていく、この色んな意味でズケズケと侵入してくる精神がある限り、オレはコイツを拒む。

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