その4

 『勝負』が終わった後、オレは改めて保健室で先生に診てもらった。何故か巧人もついてきたが、先生が外で待ってるようにと強制退去させた。


「――病院で精密検査しないと断定は出来ないが、生物学的に完全に女になっているな。中途半端に男の状態が残っている事はない」

「やっぱり、そうですか……」


 わかっていた事とはいえ、改めて宣告されるとショックだな。しかもオレより確実性がある保健教師にだと余計に。


「ま、加賀見の作った薬でそうなったというのなら、まず間違いはないだろう。加賀見は行動こそ問題があるが、作るものは確実だ」


 そういう面では信頼があるんだな、あのマッドサイエンティスト。


「元に戻る方法ってわかりますか?」


 一応、ダメ元で聞いてみる。巧人曰く元に戻せるのは才音だけらしいんだが。


「残念ながら、薬を作った本人に聞かないとわからないな。性転換する手段は幾つもあるし、その内の数パターンは私でも戻す事が出来るが、インフルエンザに有効な薬がインフルエンザの型によって異なるように、それぞれ対応した方法でないと元には戻せない」


 性転換とインフルエンザを同列に扱っていいのか、先生。


「特に加賀見の作るものは厄介だ。今回の薬の場合だと、通常の薬学の知識に加えて魔術と呪術も組み合わせている。特に呪術は使う本人が暗号の鍵みたいになっているから、かけた本人が解呪するのが最も手っ取り早い。私でも解読に時間がかかる」


 そういう意味でも、オレが被った薬はアイツ専用というわけだったのか。だったら自分にしか効かない様にすればよかったのに。


「男になりたいというのであれば、男になる手段を用意してやってもいい。ただし外見は変わるがな」

「いえ、結構です」


 整形手術を望んでいるならともかく、見た目が変わったら性別が元通りでも意味がない。


「ならば加賀見に頼み込むしかないな。もしくは加賀見と『勝負』をするか」

「どちらもオレにとってはハードルが高いんですが」


 前者だと例え聞き入れてくれたとしても、先程の『勝負』で向こうが出した条件を聞く限り、オレがろくな目に遭わないだろう。後者はオレが勝つ見込みがない。


「だったら、しばらくそのままでいるしかないな。なに、この学園じゃ性転換もそう珍しいものではない。手続きさえきちんとこなせば、女として学園生活を送る事が出来る」


 改めて、この学園が普通じゃない事を思い知らされる説明だ。


「やっぱり、そうするしかありませんか?」

「それが嫌なら、さっき言ったとおりの事をするしかない」


 そんな二者択一だったら、不本意だが選択肢は決まっている。


「……わかりました。しばらく女として過ごします」


 妥協でしかないが、自分の『悪運』で嫌が応にも厄介事に巻き込まれる以上、アイツみたいに自ら厄介事に突っ込んでいく必要はない。


「ああ、思い切りは大事だぞ。必要な書類や手続きの方法は職員室に行けばわかる。私もなるべく早く元に戻せるように努力するよ」

「よろしくお願いします」


 こうして、オレは高校生活の出だしを『女』として過ごすことになった。

 本当に、自分の『悪運』が恨めしい。これまでに数々の厄介事に巻き込まれてきたが、ついに自分がその厄介事の中心になってしまった。

 これから先、これ以上の事が無いように祈るしかない。自分ではどうしようもないから神頼みするしかないのも歯がゆいが、そうでもしないと心がざわついて仕方ない。



「はぁ――」

「シュー子、大丈夫か!?」


 厄介事を持ってきたトラブルメイカーがいたのを、保健室の扉を開けた所で思い出してしまった。


「……女になってしまった事が一番大丈夫じゃない」

「そうか、なら大丈夫だな!」


 なんてこった、コイツと会話が成立しない。


「それで、結局これからどうするんだ? 才音と『勝負』するなら手伝うぞ!」

「しないし、するとしてもオマエの手は借りない。先生に元に戻る方法を作ってもらうまでは女として通学する事になった」

「それはつまり俺と付き合うって事だな!」

「どこをどう解釈したらそんな考えに至るのか、オマエの方が才音に調査されるべきなんじゃないか?」


 そうすればオレはコイツに絡まれなくて済むし、一石二鳥だ。まあ、オレの『悪運』がそれを許しちゃくれないだろうけど。


「今一度言うが、オレは男だから、オマエと付き合う気なんて一切ない。オマエだってオレが元に戻ったら、付き合う気にならないだろ?」

「別にそんな事はないぞ? 例えシュー子が男に戻ったとしても、オレは変わらないぜ」


 本当かよ、やめてくれ。オマエが良くてもオレが駄目だ。


「それを聞いて、オレはオマエと関わる事自体も拒否したくなった」


 出来る事なら記憶からも抹消したい。いや、この学園ならもしかしたら出来るかもしれないけど。


「……もしかして、俺の事が好きじゃないのか?」

「最初からそう言ってるだろ」


 やっと理解してくれた事にため息が出る。


「なら、これから俺の事を好きになればいい!」

「それはないってさっきから言っているんだが」


 前言撤回、コイツやっぱり理解していない。ってか何があろうとも自分にとって都合のいい解釈ばかりしているし、これからも都合のいい事ばかり起こるとしか考えていないようだ。


「遠慮するなって、シュー子! 同じ学園に通うんだから、仲良くしていこーぜ!」

「じゃあ、オレの半径一キロ以内に入らないでくれるか」

「ひでー!?」


 普通の学園生活は送りたいが、コイツと仲良くしていくなんてお断りだ。出来るなら近寄ってくる事すらやめてほしい。絶対にコイツが突っ込んでいくトラブルに巻き込まれる。

 これから先、女になった事とトラブルメイカーに目を付けられた事で、不安しか感じない。大丈夫だろうか、オレの学園生活。

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