その3

「いつもいいタイミングだな、桐野きりの委員長!」

「審判委員会の勤めだ。それよりも、今回の『勝負』は春日井巧人と加賀見才音で双方共に相違ないな?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。審判委員会って一体何だ?」


 聞いた事のない単語が出てきて、段取りを始めようとして、当事者の一人なのに置いてかれるのはさすがに困る。


「君は高校入学者か、ならば説明しよう」

「ン説明より早く『勝負』を!」


 そう言いながら才音が機械の腕をワキワキと動かすが、眼鏡の委員長はそれを無視して俺に説明をしてくれた。


「俺は桐野瞬兵きりのしゅんぺい、高等部の三年だ。審判委員会の委員長を務めている。審判委員会とは、この学園での揉め事を穏便に解決するために作られた委員会になる」

「具体的には何をする委員会なん……ですか?」


 今更ながら先輩だし敬語にしたが、遅かっただろうか。桐野先輩がまったく表情を変えずに続けるものだから、どういう感情を抱いているかわからないのが少し怖い。


「今みたいに学園内で揉め事が発生した時、そのいさかいを当委員会が預かり、『勝負』を行ってもらう」

「勝負?」

「必ず勝者と敗者が決定する戦いだ。事前に勝敗が決した時の取り決めを行い、それぞれの合意の下で行われる。内容は当委員会が決定し、それを受け入れられない場合は自動的に受け入れられる方が勝者となる」


「何故そんな事をするんですか?」

「この学園は異能力を持つ者が集っている。そのため過去には揉め事によって多大な被害が発生していた。それを防ぐために審判委員会が発足し、被害の出ない形で雌雄を決するようにした」


 確かに異能力があれば、ただのケンカでもその被害は普通より大きくなる事が多い。それを防ぐために、その審判委員会が出来たという事か。


「審判委員会は『勝負』において審判の役割を担う事、そして当事者が暴走した場合はそれを制止する事が仕事だ。今回の場合は春日井巧人と加賀見才音の間で発生したいさかいを止め、解決するために私が来た」


 とりあえず、その説明で一応審判委員会については理解した。


「なお、ルールに基づいており、あらゆる被害を出さなければ、『勝負』中の異能力の使用に制限は無い。例え『勝負』の内容がコイントスでもな」

「それは人によっては常に勝てるんじゃないですか?」


 少なくとも、オレは何が来ようとも絶対に勝てそうな異能力を知っている。


「それが起こらないよう、審判委員会が『勝負』の内容を厳選する」


 本当に厳選出来るんだろうな。オレにとっては疑わしいぞ。


「ン説明は終わったか? ならば早く『勝負』を!」


 マッドサイエンティストがさっきより一層激しく機械の腕を動かしている。もはや気持ち悪いレベルにまで達していて引くが、手を出さずに大人しくしているあたり律儀なのかもしれない。


「物事には順序というものがある、加賀見才音。まずは互いの条件の確認だ」

「私の条件は決まっている! ン私が勝てばそこの元男を徹底的に調査する!」

「オレが勝てばシュー子は俺のものだ!」

「いやちょっと待て!?」


 そこはオレを元に戻す事だろ! なに自分の欲望を優先させてんだ!


「受理した」

「受理するなよ!?」


 オレの意志の介入余地はどこにもないのか!? どいつもこいつも人の話を聞かない!


「それでは『勝負』の内容を伝える」

「いやだから待てって!」

「シュー子、審判委員会の決定に逆らうと一番軽くて一週間のトイレ掃除だぞ」

「このぐらいは聞く余地あるだろ!?」


 どれだけ強権なんだ審判委員会!

 結局オレの制止もまったく聞かず、桐野先輩は尻ポケットから巻いていた紙を取り出して二人に見せる様に広げた。

 誰かコイツらに聞く耳を持たせてくれ……。


「今回の『勝負』は、『叩いて被ってじゃんけんぽん』だ」

「………………は?」


 今なんかバラエティ番組で聞くような言葉が耳に入ってきた気がする。気のせいだよな、そうだと言ってくれ。


「よし、『叩いて被ってじゃんけんぽん』だな、負けないぜ!」

「ン勝つのは私の方だ! 『叩いて被ってじゃんけんぽん』の必勝法を私は持っている!」


 気のせいじゃなかったよ畜生!


「何でそんなくだらないゲームで決めるんだ! もっとマシなのあっただろ!」

「内容を厳選した結果だ」


 さっきとは違う意味で疑わしくなったぞ、それ。


「双方異論は無いな。ならば用意」


 そう言いながら、桐野先輩はどこからともなく取り出したハリセンとヘルメットを床に置いた。巧人と才音はそれを中心に対峙する。


「本当にやるのか……」

「心配するな、シュー子。俺が必ず勝つ」


 いや、オマエが勝ってもオレの気が休まる事はないし、心配事の内容が変わるだけなんだが。


「――せーの!」


 桐野先輩の威勢のいい掛け声が廊下に響き渡る。


「「叩いて被ってじゃんけんぽん!!」」


 巧人はグー、才音は機械の腕でパーを出した。


「ン貰った!」


 才音が勝利宣言をした瞬間、オレの目の前で一瞬にして状況が変わった。

 結果から言えば、巧人は叩かれずセーフ判定だった。


「ンおおおあああああっ!!?」

「言ったろ、俺は負けないって」


 巧人の言うとおり、確かに巧人は負けていない。何故なら才音の機械を消したからだ。

 才音がじゃんけんに勝った瞬間に機械の腕で巧人を叩こうとしたらしいのだが、それを上回る反応速度で巧人が機械に触れ、機械を消した。オレにはそう見えた。


「い、一体何をしたんだ?」

「これがオレの異能力『転送トランスポート』だ。触れたものを別の場所に瞬間移動させるってだけのものだけど、俺自身も瞬間移動出来るから結構便利だぜ」


 つまり、あの一瞬で才音の機械をどこかに瞬間移動させたって事か。

 ……いや、ちょっと待て。


「それじゃ、アイツの機械はどこに瞬間移動させたんだ?」

「才音の自室に」

「ンそれはやめろといつも言っているだろうが! たまに座標がズレて壁の中に埋まってる事もあるんだぞ!」


 うわあ、何という迷惑。その場にいなくてもトラブルを作るとか、もはやそっちの方が異能力なんじゃないか?


「さあ、決着はまだついていないんだから続けよーじゃないか!」

「ぐぬぬ……!」


 才音が凄く悔しそうにしているが、無理もない。見た限りだと才音の方は真面目にじゃんけんに勝って叩くしか手段が無さそうだ。しかし対する巧人は瞬間移動の異能力がある。才音は何かしらの隠し球を持っていない限り、負けが確定している。


「行くぞ! 叩いてかぶって――」

「「じゃんけんぽん!」」


 今度は巧人がパー、才音が自分の手でグーを出した。


「ッ!」

「ンあ痛っ!?」


 その瞬間に巧人がハリセンを掴み、それで才音の頭をはたいて綺麗な破裂音を立てた。才音は反応が完全に遅れており、ヘルメットに手を伸ばした所で叩かれていた。

 巧人が才音の機械を飛ばした時点で予想はついていたが、二つの意味でこうも綺麗に決まるとは。


「それまで。この『勝負』は春日井巧人の勝利だ」

「よっしゃー!」

「ぐぬぬ……ン覚えていろ!」


 典型的な悪役の捨て台詞を吐いて、才音が走り去っていった。そんなベタな事するヤツ、初めて見たぞ。


「これで春日井巧人は提示した条件が認められる」

「シュー子、これで俺達は恋人同士だな!」

「いやそんなわけないだろ!?」


 オレの感情を完全無視して勝手に決め込むな!


「……『勝負』するか?」

「しません!」


 真面目な顔で冗談みたいな事を言わないでくれ、先輩。本気なのかふざけているのかわからないから反応に困るし。

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